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MIXミックス〜詩と音の物語  作者: 西川笑里
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詩の決意と肩透かし

 詩の部屋で和音は先日袖を通した詩のワンピースに着替え、再びリビングへ向かう。

「あら素敵ねえ。センスいいわあ」

 詩の母が大袈裟なほど和音が着ている服を褒めちぎる。まあ、そもそもこの服を選んだのは詩であるが、そこは黙っておいた。


 何日前から準備したのかというほどの煌びやかな飾り付けの部屋で振舞われた料理は、それは和音が見たこともないほど豪華なものだった。オードブルひとつとってもいく品目あるのかわからないほどで、聞けばお手伝いの葉子さんは「伝説の家政婦」と呼ばれるほどの料理の達人らしい。次から次に新しい料理が運ばれてくるのだ。

 和音がひとつだけ意外に思ったのは、招かれたのは自分ひとりだったということだ。

 西園寺グループの一人娘の誕生会だ。きっと大勢の人たちがお祝いにくるのかと思っていたが、このパーティには和音のほかは、詩とその両親、そしてとても楽しそうに料理を運ぶ葉子さんだけだったのだ。


 詩は本当に楽しそうだった。つられて和音も詩の家族に混ざっておしゃべりを楽しんだ。こんなに喋ったのはいつだったっけ。

 中学で誰とも話さなくなってから、もう何年経つんだろう。

 私の服を着たら、あなたの声はきっと完璧だって。詩がそう言ってくれなかったら、自分は今日ここにはいない。こんなに楽しい日曜日なんて、何年経っても来なかったはずだ。

 そう、きっと詩は正しかったのだと思う。


「音さんはお歌が上手いと詩から聞きましたが」

 詩のママがふっと話を振った。

 反射的に「僕がですか——」と言いそうになって、慌てて口をつぐみ、代わりに大きくかぶりを振り、

「歌うのは好きだけど、上手いかどうかは……」

と謙遜しているところへ、詩が割って入った。

「そうなの。ほんと上手いの! 私が伴奏するから歌って見せて。みんなびっくりするわ」

 詩に肘を取られて和音は立ち上がった。

「でも詩ちゃん、恥ずかしいよ」

「大丈夫だって。ねえ、何がいい? 好きな歌でいいよ」

 好きな歌って言われても。

「下手だったらごめんね。じゃあ、『君に、届け』がいい」

 詩が目を見開いて和音を見つめた。

「覚えてくれたの? 本当に?」

「うん。すごくいい曲だと思うから」

「ありがとう」という詩の目が潤んでいた。

 そして、詩はリビングの真ん中に置いてあるピアノの前に座った。


 他人の前で歌を歌ったのは初めてだった。詩の両親に見つめられて緊張もしたが、詩のピアノが上手く導いてくれる。その安心感に包まれながら、詩が作った「君に、届け」を最後まで歌い切った。

 大仰な拍手をしながら、詩のパパがソファから立ち上がった。

「いや、これは素晴らしい。詩の言う通りだね」

 ほめられて和音も嬉しくないはずがない。

「息がぴったりね、2人とも。とてもよかったわ」

 ママからも褒められて、和音はもちろん、詩が一番うれしそうだった。


「実はさっきのはね、私が作った曲なの」

 紅茶で一息つきながら、詩が意を決したように言った。

「ほう、これは驚いた。本当かい?」

 詩のパパが眉を上げて、詩を見た。

「はい。本当です」詩が頬を赤く染めた。

「いや、お世辞抜きにいい曲だと思うよ。ねえママ」

 ママはニコニコと笑って頷いた。

「それでね、実は私、音ちゃんと2人で今みたいな音楽をやりたいの。小さい頃から習ったピアノだけど、クラシックじゃなくって、こんな音楽をやりたいの。パパとママが悲しむのはわかってるけど……」

 詩の突然の告白だった。これには音も驚いた。


「別にいいわよ? 詩さんがやりたいならやれば?」

 詩のママがさらりと言った。こんな答え、詩は全く予想していなかったらしい。

「えっ、で、でも。ほ、本当にいいの?」

「いいに決まってるじゃない。なんでダメだと思うの? 詩さん、あなたの人生なのよ」

 何を迷ってるの? そんな顔で。

「でも、でも竹村先生にも言ってないし。ピアノできなくなっちゃうし」

 竹村先生とは、どうやら詩のピアノの先生らしい。

「大丈夫です。先生には私から言っておきます」

 詩からママは怖い人だと聞いていたけど、ちょっと違った和音は思う。

 そして、よっぽど緊張していたのか、詩はトイレへ駆け込んで行ったのだった。

 詩のママは、その後ろ姿を見送って、振り返った。

「わがままでしょ?」

 和音に向かって微笑んだ。

「詩ちゃんは学校じゃわがままなんか言わないです。明るくて、優しくて、いつもみんなの真ん中にいて、友達もいっぱいいて」

 うらやましと僕は思っていた——

「でも、うちに友達を連れてきたのは幼稚園の時以来かな」

 意外だった。

「そうなんですか?」

「詩が小さい頃、あなたもいつか会社を継ぐんだから、友達はちゃんと選びなさいって、私がそんなことを言ったことがあってね。あの子が今まで心を許せる友達を作らなかったのは、たぶん私のせいね。詩には呪いの言葉みたいなってたのかな」ふっと俯いて笑った「だから、どうしても今日はあなたに会いたくて。あなたが詩の心を溶かしてくれたから。ありがとね」

「違うんです」和音は思わずそう言った。「ぼ——私が、友達になってもらったんです。詩ちゃんは私の大事な友達なんです」

 和音がそういうと、ママはうれしそうに笑った。


 パーティが終わり、和音は丁寧に礼を言い、ちょっと遊んでこようと詩と2人で外に出た。

「ねえ、さっきママと何を話してたの?」

 探るように詩が言う。

「なんでもないよ。それよりさ、一緒に音楽をやるって、そんなこと僕は一言も聞いてないからね」

「えー、いいじゃん」

「却下」

「ケチ!」

「それよりさ、またあのカフェに行かない? ラテが美味しかったから、もう一度飲みたいの」

「一緒に音楽やってくれるならいいよ」

「それはなし。ぜーったいなしね」

 日曜日の昼下がり、ダラダラとおしゃべりをしながら、あのカフェへ向かったのだった。そして、その手はしっかりと繋がれていた。


 

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