浴衣の娘と十五夜ドライブ
十五夜と土曜日が重なり、夜の天気も晴れの予報。加えて久々に土曜出勤から解放されて時間的にも精神的にも余裕があった。
だから「今夜はお月見ドライブしようか」と妻と子供たちに持ちかけた朝食の席。
子供たちが小さかった頃、よくそんなささやかなイベントを設けた。
しかし中3の娘は勉強がしたいと言うし、小6の息子は面倒くさいと言う。妻は子供たちだけで留守番させたくないと言い、結局その話は流れた。
そして午後は妻は友人たちとお茶会、子供たちは塾で、私は一人仕方なく投稿サイトにアップする小説の執筆。
寂しかった。
夕方前、娘が帰宅するなり私に告げた。
「やっぱり今夜、お月見ドライブに行きたいな」
娘は成長とともに私と距離を取るようになっていた。そんな彼女からの申し出は意外だったが、私は無性に嬉しくなった。
夕食後、娘は外出の準備。
浴衣を着て行きたいとかで、妻が着付けの手伝いをした。
十五夜に、しかもドライブに浴衣とは?と疑問だったが、無理もないとも思った。
2年前に買った浴衣はまだ一度も袖を通していなかった。コロナ禍で夏のイベントが2年続けて中止となり、さらに今年は彼女自身がコロナに感染して自宅療養を余儀なくされた。
彼女の成長とともに浴衣もいよいよサイズアウトしそうで、今夜が最後のチャンスかもしれないとの事だった。
浴衣姿の娘は親の私から見てもハッとするほど大人びていて、キティちゃんの甚平を着て笑い転げていた10年前が大昔のように思われた。
目的地は、都市の夜景も楽しめる稜線上のドライブウェイにした。
しかしせっかくの2人きりのドライブだというのに、互いにほとんど無言。
いや、娘と2人きりになっても無言なのは、もういつもの事だから別に何とも感じなかった。
彼女にしてもそれは同じだったろうが、車が稜線上に出て大きく丸い月がフロントガラス越しに現れると、「わぁ、きれい」と歓声を漏らした。
途中、展望台に立ち寄った。
「寒くない?」
私は聞いたが、娘は「ううん、ちっとも」と首を振った。
眼下には煌びやかな都会の夜景、振り向けば凛とした秋の月。
「わぁ、きれい!」
今度は大きな声で歓声を上げる娘。
私も娘と並んで柵にもたれる。
そこに娘の方から話しかけてきた。
「お父さん、あのね・・・」
「何?」
しかし彼女はしばらくの沈黙ののち、「なんでもない」と答え、今度は月に目を向けた。(了)