願い
善悪の判断も出来ない子供や俗世に疎い村民を哀れみ、私は『どうか、ご慈悲を』と願う。
徹底的な復讐を望まない私に、旦那様は思わずといった様子で目を見開いた。
「あれだけのことをされたのに、人間たちを庇うなんて……メイヴィスは優しいね」
『もっと重い罰を望んでもいいくらいなのに』と零す旦那様は、小さく肩を竦める。
感心しきりといった様子の彼を前に、私はフルフルと首を横に振った。
「そんなことはありません……天界に来た当初の私だったら、こんな風には考えられませんでした……周りに目を向けられるようになったのは、皆さんのおかげです」
恐れ多いと言わんばかりに苦笑いする私は、ふと周囲を見回した。
見慣れた家具や調度品を一つ一つ眺めてから、私は信頼する人々に目を向ける。
胸の奥底から湧き上がってくるのは、ポカポカとした温かい気持ちだった。
私には安心して休める場所があって、支えてくれる人が居て、過去と向き合うための時間があった。
だからこそ、人間達の裏切りを受け入れることが出来たのだ。
さすがに当事者たちを許すことは出来ないけれど、『連帯責任だ!全員死ね!』とも思えない。
私の発言一つで救える命なら、救いたかった。
絶望に染まった心が浄化され、前向きに物事を考えられるようになった私は、真っ直ぐに前を見据える。
『誰かの助けになりたい』と切実に願う中、旦那様は困ったように笑った。
「そっか。そう言って貰えて、僕達も嬉しいよ。でも────世界の崩壊を止めるのは、難しいかもしれない……メイヴィスの願いであれば、出来るだけ叶えてあげたいんだけど」
申し訳なさそうに眉尻を下げる旦那様は、やんわりとこちらの要求を断る。
どこか含みのある言い方に、私はコテリと首を傾げた。
難しい……?『しない』じゃなくて、『出来ない』ってこと……?
「理由をお伺いしても……?」
おずおずと質問を投げ掛けると、旦那様は大きく頷いた。
「ああ、もちろん。結論から言うと、あの世界は元々────聖女を昇天させたら、消える運命だったんだ」




