地獄絵図《ロゼッタ side》
トリスタン王子が凶行に及ぶ少し前────私は治癒院で、ひたすら平民達の世話を焼いていた。
焼け爛れた皮膚に薬を塗り、食事を与え、着替えを手伝う。
本来であれば、高貴な身分にある私がやるべき事ではないのだが、点数稼ぎのために頑張った。
その甲斐あってか、平民達の反応も良くなって来ている。
塗り薬片手にボロい建物の廊下を歩く私は、今後のことについて考えていた。
もういっそのこと、トリスタン王子に全ての罪をなすり付けてしまおうかしら?
彼が異様なまでにメイヴィスに執着していたのは公然の事実だし、彼一人の命で解決するなら安いものでしょう。
貴族や平民達もバカ王子が居なくなって良かった、と安堵するでしょうし。
でも、問題はそのあとよね……。
トリスタン王子を処刑しても、異常現象が収まらなければ、私もただでは済まない……。
メイヴィスから奪うような形で聖女になった以上、処罰は免れないわ。
はぁ……そもそも、平民達が『元聖女メイヴィスの祟りだぁ!』って騒がなければ、こんな事にならなかったのに……。
想像力豊かな下民達には、困ったものね。
零れそうになる溜め息を押し殺し、私は廊下を進む。
────ここまでは、昨日と変わらなかった。そう、ここまでは……。
「きゃー!誰か来てぇ!!」
「急に母さんの容態が急変した!」
「なんだ、これ!?何で兄貴の体が光って……!?おい!早く誰か来てくれ!」
「いやぁ!!パパ、死なないでぇ……!」
突然何の前触れもなく、各部屋から人を呼ぶ声が聞こえた。
必死さを感じる声色から、只事ではないことを理解する。
い、一体何が起きているの……?こんなにも大勢の人が同じタイミングで、症状を悪化させるなんて……普通じゃない。
もしかして、これも疫病の影響……?
私は嫌な予感を覚えながら、一番近い部屋に飛び込む。
そこには────地獄絵図が広がっていた。
「何よ、これ……」
症状の悪化で、患者達の焼け爛れた皮膚は崩れ落ち、骨や神経がむき出しになっている。
室内は肉の焼けた嫌な匂いで包まれており、あちこちから断末魔のような叫び声が聞こえた。
その中でも、一番目を引くのが……体が徐々に光の粒子に変化していく人々。
患者の中でも、特に症状が重い人から順番に光の粒子となって、消えていく……。
これは比喩表現でも何でもなく、本当に光と共に消えていくのだ。
一体、何がどうなって……?死体すらも残さず、死んでいく病気なんて前代未聞よ!何をどうしたら、こうなるの!?
目の前に広がる光景に衝撃を受け、私は呆然と立ち尽くす────が、民達は状況を整理する時間すら、与えてくれなかった。
「嗚呼!!聖女様!!良いところにいらっしゃいました!!」
「どうか、お願いです!父の病気を治してください!このままでは、父も他の皆さんと同じように消えてしまいます!」
「頼む!!聖女様!!もうアンタしか頼れる人が居ないんだ!」
異常現象のせいで治癒魔法を使えなくなったことも忘れ、彼らは縋り付いてくる。
必死に助けを求めてくる民衆を前に、私に出来ることなど一つもなかった。
ど、どうしよう……!?パニックを起こす彼らを宥めようにも、切羽詰まった状況で落ち着ける訳ないし……。
カオスと化した空間で、どう対応しようか思い悩んでいると────突然、ドシンッと何か大きなものが落下する音が聞こえた。




