神の花嫁について
しばらく日向ぼっこをして遊んでいた私達は、旦那様に呼び戻され────執務室で雑談していた。
カシエルの持ってきてくれたクッキーを食べながら、話に花を咲かせる。
一通りお互いのことを話し終えたタイミングで、アイシャさんが何か思い出したようにポンッと手を叩いた。
「あっ!そう言えば────メイヴィスちゃん達はまだ婚礼式をしてないの?紋章がまだハート十字のままだけど」
「婚礼式……?」
ピタリと身動きを止めた私は、聞き覚えのない単語に首を傾げる。
すると、アイシャさんはルビーの瞳をこれでもかってくらい、大きく見開いた。
「メイヴィスちゃん、もしかしてまだ婚礼式の説明を受けていないの!?」
「は、はい……」
「まあっ!大変!レーヴェンったら、何をしているの!」
カチャンッと勢いよくティーカップをソーサーに戻したアイシャさんは、『ダメでしょう!』と叱りつける。
懇々と説教される旦那様は、バツの悪そうな顔で視線を逸らした。
「……後で説明しようと思ってたんだよ。うるさいな」
「もう!何よ、その言い方は!レーヴェンったら、本当に性格が悪いわね!」
一切怯むことなく、旦那様を叱りつけるアイシャさんはムッとしたように口先を尖らせる。
どうやら、婚礼式というのはかなり重要な行事らしい。
『怒るほどのことなのか?』と首を傾げる中、アイシャさんは気持ちを切り替えるように一つ息を吐く。そして、こちらを真っ直ぐに見つめた。
「あのね、メイヴィスちゃん、婚礼式って言うのは────下界で言う結婚式みたいなものなの」
……へっ?結婚式!?
いくら鈍感な私でも、結婚式がどれだけ大事な行事なのかは知っている。
だから、自然と婚礼式の重要性についても理解することが出来た。
「まあ、結婚式と同じって言っても、中身は全くの別物だけどね。婚礼式は神の花嫁の能力を目覚めさせる儀式で、権能などを与えられるの。私たち神の花嫁は権能を与えられて、初めて一人前となり、神の仲間入りを果たすの」
「え……えっ?神の仲間入り?」
神の花嫁は神様と別物だと考えていた私は、困惑気味に瞬きを繰り返す。
オロオロと視線をさまよわせる私の前で、アイシャさんはゆっくりと言葉を紡いだ。
「私達に与えられる権能や能力はヘレス達と比べて少ないけど、それでも立派な神よ。下界で新しい宗教を発足することも出来るし、特定の相手に加護を授けることも出来るわ」
なるほど……だから、アイシャさんも神の力を行使できたのか。
宙に浮いた紅茶のことを思い出し、私は『謎が解けた』と言わんばかりに頷いた。
────と、ここでアイシャさんは何を思ったのか、ドレスを少しズラして胸元を露わにする。
これにはヘレス様もビックリして慌てて止めようとしたが、彼女が何をしたいのか理解するなり、手を引っ込めた。
まあ、表情はかなり険しいが……。
「それから、婚礼式を終えるとハート十字の紋章が変化して、夫の紋章とよく似た印が浮かび上がるの。それが夫と正式に結婚した証になるわ。ちなみにこれが私の紋章よ」
アイシャさんは体を前のめりにして、胸元に刻まれた紋章を見せてくれた。
彼女の紋章は剣に蛇が巻きついたもので、戦神の奥様らしいデザインだった。