悪巧み
礼儀正しく振る舞う私を他所に、旦那様はチラリとアイシャさんに目を向ける。
「で、そっちがヘレスの……」
「私の紹介は不要よ!もういっぱいお話ししたから!」
勢いよく旦那様の言葉を遮り、アイシャさんは『ねっ?』と同意を求めてくる。
期待の籠った眼差しで見つめられ、おずおずと頷くと、彼女は自慢げに胸を反らした。
「ほらね?私達はもう友達なんだから!そのうち、レーヴェンより仲良くなるかもしれないわよ!」
「ふーん?そっか。まあ、せいぜい頑張りなよ。どうせ、無理だろうけど」
自信ありげに笑う旦那様は、余裕をひけらかすように、のんびり紅茶を淹れる。
『出来るものなら、やってみろ』と言わんばかりの態度に、アイシャさんは頬を膨らませた。
「何よ、その言い草は!本当にムカつくわ!やっぱり、レーヴェンなんかにメイヴィスちゃんは勿体ないわよ!」
『この腹黒男!』と叫ぶアイシャさんは、ドンッとテーブルに拳を叩きつける。
────と同時に、大きな振動を受けたティーカップはカタリと揺れ、中身が溢れ出した。
でも、テーブルが濡れることはなく……水滴一つ垂れていなかった。
何故なら────零れた液体が宙に浮いているから。
「危なかった……せっかくの紅茶を台無しにするところだったわ」
安堵の息を吐くアイシャさんは、前方に向けた人差し指をそっと下ろした。
すると────宙に浮いた液体は時間を巻き戻すかのように、ティーカップへ戻る。
目を疑うような光景を前に、私は『アイシャさんも神の力が使えるのかしら?』と驚いた。
「茶葉を無駄にせずに済んで、本当に良かったわ。食べ物を粗末にすることは出来ないもの」
『紅茶一杯でも無駄にできない』と主張するアイシャさんは、グッと拳を握り締める。
人間寄りの考えを示す彼女の横で、ヘレス様はティーカップに手を伸ばした。
「まあ、確かに自然の恵みって、大事だよなぁ……」
うんうんと大きく頷くヘレス様は、紅茶に口をつける。そして、『あっ』と声を漏らした。
手に持ったティーカップを見下ろし、彼はニヤリと口元を歪める。
「自然の恵みを奪われたら、あいつらはどんな顔をするんだろうなぁ」
『いいことを思いついた』と言わんばかりに目を細めるヘレス様は、楽しそうに笑った。
機嫌良さげに鼻歌を歌う彼の前で────旦那様はゆるりと口角を上げる。
互いに顔を見合わせる二人は、視線だけで意思疎通を図った。
言葉のないやり取りに首を傾げる私とアイシャさんは、『あれで通じるのか?』と疑問に思う。
『あいつら』って、一体誰のことかしら?そもそも、二人は何の話をしているの?もしかして、また仕事の話……?
深入りしていい話題なのか分からず……私はパチパチと瞬きを繰り返すことしかなかった。