紹介
「────何でもないよ。ただ、仕事の話をしていただけ。どうしても知りたいなら、後でヘレスに教えてもらって」
淡々とした口調で、『ここでは、話せない』と告げると、旦那様はこちらに歩み寄ってきた。
先程までの素っ気ない態度が嘘のように、柔らかい笑みを浮かべ、優しく振る舞う。
『特別なのは君だけだよ』と全身で表し、そっと包み込むように私の手を取った。
「立ち話もなんだし、まずは座ろうか」
『疲れただろう?』と、こちらの体調を気遣う旦那様は少しだけ狡くて……でも、凄く優しい。
エスコートされるまま、応接スペースのソファに腰を下ろした私は、思わず苦笑いした。
殺されたかもしれない云々の話を誤魔化された気がして、ならないけど……まあ、いいわ。
旦那様にだって、秘密の一つや二つあるでしょうし……無理やり聞き出すのは、野暮というものよ。
かく言う私も隠し事をしているのだから。
『お互い様だ』と割り切る私は、早々に追求を諦める。
『詮索しません』とでも言うように口を噤む中、旦那様は私の隣に腰を下ろした。
そして、向かい側のソファに腰掛けるアイシャさん達を視界に捉える。
「紹介するね。まず、そこに居る黒髪の男は史上最悪の破壊神であるヘレスだよ。一応、地獄の管理者でもある。口も態度も悪いから、気をつけてね。気に入らないことがあると、直ぐに怒るから。何かされたら、直ぐに言うんだよ?」
紹介というより、警告に近い言葉を紡ぎ、旦那様はニッコリと微笑んだ。
『本当に野蛮な男なんだ』と繰り返す彼の前で、ヘレス様は少しだけ身を乗り出す。
「いや、なんつー紹介してんだよ!?まあ、概ね事実だけど!」
あっ、概ね事実なんだ……。事実を誇張した訳でも、嘘を言った訳でもなかったのね……。
というか、ヘレス様って神様だったのね。それは知らなかったわ。
『だから、旦那様とも接点があったのか』と納得しながら、私は深紅の瞳を見つめた。
こちらの視線に気がついたヘレス様は、気持ちを切り替えるようにコホンッと一回咳払いする。
「アイシャの夫のヘレスだ。まあ、よろしく」
ガシガシと後頭部を掻くヘレス様は、ぶっきらぼうな口調でそう言った。
『やっぱり、アイシャさんの夫だったんだ』と確信しながら、自分も名前を名乗る。
そして、簡単な自己紹介を済ませると、『こちらこそ、よろしくお願いします』と頭を下げた。