黒髪の男性
アイシャさんと共に建物の中へ戻った私は、最上階へ上がった。
窓から吹き込む涼しい風に目を細めながら、執務室の前まで歩み寄る。
そして、いつものように扉をノックしようとするものの……アイシャさんが勢いよく、扉を開けてしまった。
『あっ……』と思った瞬間にはもう遅くて……中の様子が見えてしまう。
まず視界に入ったのは────夜空のように美しい黒髪と血のように真っ赤な瞳を持つ男性の姿だった。
「────はぁ!?人間共に殺されたかもしれない、だと!?」
勢いよくテーブルに手を叩きつけ、身を乗り出した男性は、荒々しい口調で捲し立てる。
端整な顔立ちに怒りを滲ませる彼は、殺気にも似たオーラを放った。
人間共に殺されたかもしれないって、どういうことかしら……?そもそも、この方は一体……?
両目を吊り上げて憤慨する男性に見覚えのない私は、困惑気味に眉尻を下げる。
なかなか状況を呑み込めずにいると、先に部屋へ飛び込んだアイシャさんが男性の肩を叩いた。
「ねぇ────ヘレス、何の話をしているの?」
心底不思議そうに首を傾げるアイシャさんは、何の躊躇いもなく男性に話し掛ける。
どこまでもマイペースな彼女は、殺伐とした雰囲気の中でも一切物怖じしなかった。
『肝の据わった人だな』に感心しつつ、私は黒髪の男性に目を向ける。
ヘレスって、確か────アイシャさんの夫の名前だったわよね……?
「あ?あぁ……アイシャか」
視界の端にアイシャさんの姿を捉えると、黒髪の男性は一気に態度を軟化させた。
殺気にも似たオーラをしまい、声色や表情も優しいものに変える。そして、慣れた様子でアイシャさんの腰を抱き寄せた。
「わりぃ、驚かせたな……」
「それは別にいいけど、一体何があったの?」
素直に謝罪する男性を前に、アイシャさんは『どうして、怒っていたの?』と尋ねる。
至極当然の疑問に、黒髪の男性は快く答えようとするものの……旦那様に言葉を遮られた。
「────何でもないよ。ただ、仕事の話をしていただけ。どうしても知りたいなら、後でヘレスに教えてもらって」




