慌ただしい人々《トリスタン side》
聖女就任式から、二日後の今日────王城内は珍しく慌ただしかった。
普段は『はしたない』とか『危ない』とか言って、廊下をゆっくり歩いている貴族や文官たちが急ぎ足であちこちに散らばっていく。
彼らの表情には、何故か焦りと不安が垣間見えた。
どうしたんだ?皆して、顔を真っ青にして……何か問題でも起きたのか?
つい先ほど起きたばかりの私は、挨拶もそこそこに走り去っていく大人達の背中を見つめる。
ここまで騒がしくなる城内を見るのは、元聖女メイヴィスが生まれたとき以来だ。
家臣たちの慌てように首を傾げていると、側近候補の一人がこちらへ駆け寄ってきた。
「トリスタン王子!探しましたよ!!」
『ぜぇぜぇ』と肩で息をする彼は、額に滲んだ汗を拭う。
今日は涼しい風が心地いい天気だと言うのに、こいつの周りだけ真夏のように蒸し暑かった。
汗の臭いが凄いな……さっさと帰って、風呂にでも入れ。清潔さの欠片もないぞ。
「大変です!トリスタン王子!王都に────“謎の疫病”が蔓延しています!」
あまりの臭いにハンカチで鼻を覆っていると、奴の口からとんでもない単語が飛び出してきた。
面倒事の匂いしかしない報告に、私は思わず眉を顰める。
「疫病……?疫病だと?この王都で、か?他の街ではなく?」
「はい!その通りです!」
下水道の整備や街の治安維持活動に一番力を入れている王都で、疫病……?そんなこと有り得るのか?とてもじゃないが、信じられない……。
王都より環境汚染が酷い街なんて、幾らでもある。それこそ、数え切れないくらい……。なのに、何で……?
「その疫病は、どんな症状なんだ?過去に事例はあるのか?」
「残念ながら、過去に事例はありません。症状は火傷を負ったような痛みが全身に走り、内側から少しずつ体が焼け爛れていくとしか……」
「内側から、体が焼けるだと……?」
今までにも様々な疫病が王国を襲ったが、そのような症状は初めて聞く。
体が腐敗していく病気と少し似ているが、火元もないのに体が焼けるなんて有り得るだろうか?
朝から城内が騒がしかったのは、これが原因か……そりゃあ、得体の知れない疫病が王都で蔓延すれば、騒ぎになるよな。
「治療法はもう見つかったのか?」
「いえ、まだ完治させる方法は見つかっていません。ただ定期的に治癒魔法を掛けてあげれば、延命は可能とのことです。謎の病気ですが、症状は所詮怪我……と言うか、火傷なので」
「そうか。それなら、まだ安心だな。患者と死者の数は、どうなっている?」
参考までに聞いておこうと、具体的な数字を尋ねると、彼の表情が曇る。
彼は言い出しづらそうに視線を右往左往させるものの……意を決したように顔を上げた。
「患者の数は、およそ一万。そして、死者の数は────三千人です」