黒い感情《レーヴェン side》
メイヴィスに忠誠を誓ったハワードは、他の天使に連れられて執務室を後にした。
きっと今頃、城の案内と仕事の説明をされていることだろう。
シーンと静まり返った室内で、僕はカシエルと顔を見合わせる。
「────さて、僕の愛する花嫁に手を出した愚かな人間共をどうしてやろうか……」
地を這うような低い声でそう呟き、僕は内側に溜め込んだ黒い感情を解放した────と同時に家具や調度品がカタカタと揺れる。
どうやら、感情に引き摺られる形で、一部の力を放出してしまったらしい。
ハワードの前では何とか堪えたけど、もう限界みたいだね……まあ、ここにはカシエルしか居ないし、別にいいか。
無理をして溜め込むより、いいだろう。
『適度に発散させておかないと、後で大変なことになる』と過去の経験で学んでいるため、僕は暴走した力をそのまま放置した。
付き合いの長いカシエルは慣れているのか、気にする素振りも見せない。
それどころか、人族の愚行に腹を立てる余裕まであった。
「どうもこうも、復讐あるのみですよ!今すぐ、下界へ行って、世界を滅ぼしましょう!」
グッと拳を握り締めるカシエルは、一瞬の躊躇いもなく天罰を提案する。
憎悪にも似た闘志を燃やし、彼は『正義の鉄槌を!』と叫んだ。
「メイヴィス様の清廉潔白を示すためにも、きっちり制裁すべきです!わざわざ、濡れ衣を晴らす必要はないかもしれませんが、誤解されたまま……というのも納得いかないので!」
「確かに罪を自覚させる必要はありそうだね。変に逆恨みされても、面倒だし」
まあ、メイヴィスのせいだと騒ぎ出した時点で、想像を絶する苦しみを与えるけどね。
とは言わずに、ニッコリと微笑む。
物騒な考えに取り憑かれる僕を他所に、カシエルはバサリと翼を広げた。
「では、今すぐ下界に乗り込んで真相を明るみにし、復讐を始めま……」
「いや、それは少し待っておくれ。どうせなら、時間を掛けて、じわじわ追い詰めて行こう」
思い立ったら即行動のカシエルに『待った』を掛け、僕はゆるりと口角を上げる。