選択《ハワード side》
ある意味屁理屈とも言える理論に、私は度肝を抜かれる。
『確かに神の教えに背いたことはないが……』と困惑するものの……このまま、大人しく引き下がる訳にはいかなかった。
「で、ですが……!レーヴェン様は先程……」
「僕は『償う機会を与える』と言っただけで、『罰を与える』とは一言も言ってないよ」
「っ……!」
レーヴェン様の話術に翻弄される私は、反論の言葉を呑み込む。抵抗するだけ無駄だと悟ったからだ。
なかなか思い通りにいかない現実に不満を抱く中、レーヴェン様はゆるりと口角を上げた。
「で、どうするの?メイヴィスのお世話係になる?ならない?僕はどちらでも構わないよ。でも────メイヴィスのためを思うなら、引き受けた方がいい。彼女はきっと、君の死を気にしているだろうから」
『元気な姿を見せたら、きっと喜ぶよ』と語り、レーヴェン様はニッコリと微笑んだ。
最初から最後までメイヴィスのことしか考えていない彼に、私は脱帽する。
全く、困ったな……そんな風に言われたら、断れないじゃないか。
『優しくて、ずるいお方だ』と苦笑いしつつ、私は頭を垂れた。
「……分かりました。私のような半端者にどこまで出来るか分かりませんが────誠心誠意、聖女様に……いえ、メイヴィス様にお仕えします」
聖女だからではなく、メイヴィスだから仕えたいのだと示すように、私は呼び方を改める。
確固たる覚悟を固める私の前で、レーヴェン様は満足そうに微笑んだ。
「君なら、そう言ってくれると思っていたよ」
そう言って、レーヴェン様は一歩前へ出ると────私の頭に手を載せた。
『撫で……られるのか?』と血迷った考えが思い浮かぶ中、彼は手のひらから何か暖かいものを放出する。
その“何か”はじわりじわりと侵食するように、体の中へ入ってきた。
でも、不思議と不快感はなく……むしろ、心地良いとさえ思う。
なんだ?この感じ……まるで、日向ぼっこをしているな気分だ。まさか、これが────神の力なのか?
状況証拠を掻き集め、冷静に考えた私は『神聖力の一種だろう』と判断する。
どうしても、ただの温もりとは思えなかった。
体内を循環する力に思いを馳せる中────突然、背中から翼が生える。
バサリと音を立てて広がったソレは、雪のように真っ白で美しかった。
「────さあ、これで君も立派な天使だ。メイヴィスのこと、よろしく頼むね。もちろん、お世話係として」
『変な気は起こすなよ』としっかり釘を刺したレーヴェン様は、ニッコリと微笑む。
そして、ここで話したことは他言無用だとも付け加えた。
見え隠れするレーヴェン様の本性に怯えつつ、私はコクリと頷く。
『この方だけは敵に回したくない』と思案する中────私は宙に舞う白い羽根をじっと見つめた。
カシエル様と同じ白い翼……。
私は本当に天使になったんだな。唐突すぎて、あまり実感は湧かないが……。
床に落ちた羽根を一枚拾い上げ、私は『幻じゃないんだな』と呟く。
ふわふわとした羽根の感触に目を細めつつ、私は黄金に輝く眼を見つめ返した。
試行錯誤しながら何とか翼を畳むと、しゃんと背筋を伸ばす。
「メイヴィス様のお世話係として、これからよろしくお願いします」
そう言って、私は深々と頭を下げた。




