苦い記憶《ハワード side》
ここから先の話を聞けば、カシエル様は怒りで我を忘れるかもしれない……それほど、酷い話だから。でも────今更口を噤むことなど、出来なかった。
「武装した状態で現れた彼らはあろう事か、聖女様に────偽聖女の濡れ衣を着せました。言い伝えもハート十字の紋章も全て無視して……魔法も使えない聖女など有り得ない、と勝手に決めつけたのです」
「なっ……!?」
衝撃のあまり言葉を失うカシエル様は、呆然と立ち尽くす。
ある意味暴論とも呼べる言い分に、度肝を抜かれたようだ。
「彼らはさんざん聖女様を罵倒したあと、そのまま城へ連行しようとしました。なので、私は必死に抵抗し、聖女様を庇いました。そんな筈はない。何かの間違いだ、と。でも、教皇聖下の作成した書類を見せられて……どうすることも出来ませんでした」
無力感に苛まれる私は、次々と甦る苦い記憶に顔を顰めた。
「それでも、私は聖女様を逃がそうとしました。けれど、力及ばず……無様にも、命を散らしました。忠誠を誓ったお方がまだ敵の目の前に居るというのに……何も出来なかった」
ギシッと奥歯を噛み締める私は、追い縋るメイヴィスの姿を思い出した。
助けたいのに、届かない。逃がしたいのに、動けない。守りたいのに、戦えない。
私はただ、泣き喚く彼女を慰めることしか出来なかった。情けないにも程がある。
『自分だけ、先に死んで楽になるなど……言語道断だ』と、己の行いを恥じた。
「客室で倒れた以降の記憶はありません。なので、ここからは私の推測になりますが……恐らく、聖女様は────トリスタン王子達の策略によって、命を落としたのでしょう。偽聖女として処刑されたのか、現状に耐えかねて自殺したのかは分かりませんが……」
『どちらにせよ、原因は彼らにある』と語り、私は感情を押し殺す。
私情を挟まないよう気をつけながら、淡々と言葉を重ねた。
「事故死も一応考えられますが……可能性はかなり低いでしょう。せっかく、手に入れた玩具をみすみす手放すとは思えませんから……トリスタン王子は特に」
人間離れした美貌を持つメイヴィスにえらくご執心だった第一王子を思い出し、私は嘆息する。
『あの執着心は凄まじかったな』と思い悩む中、レーヴェン様は長い長い溜め息を零した。
「なるほど。つまり────人間達はメイヴィスを……いや、神を裏切った訳だね。実に愚かだ」
「神に仕える教会まで、この有様では救いようがありませんね……!本当に腹立たしいです!」
腰に手を当てて憤慨するカシエル様は、『聖書も読めなくなったんですか?』と嫌味を零す。
同じ聖職者としては、耳に痛いお言葉だが……甘んじて受け入れた。




