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冷たい玻璃  作者: 和奏
緋鯉
9/13

花葬


 ――むせかえるような、甘い芳香。


 花柄(かへい)。……花首で斬り落とした梔子の白花を、かさねて詰めた籠を手に、独り。柳並木の間に佇む孝史は、水路を眺め下ろす。

 ちょうどそこは、樹と名乗った少年が立っていた場所だった。

 孝史の足許より下には、深い緑の水が、ゆるりと無音で流れている。

 穏やかな水の流れに身を委ね、しなやかな青緑(あお)い水草は、軽薄に揺れ動いている。

 水面に暗緑色の影を浮かべる孝史は、水底の泥地に、(みち)を探している。


 樹と最後に会った夜。樹を追って水路に飛び込んだ後から、孝史は彼の姿を見ていない。

 すぐに水路から上がって警察に届けるも、結局それらしい少年は見つからず。

 ……そもそも、近所に樹という名の少年は、いないとのことだった。

 夜空に小魚の舞う不思議な景色を見たその日を最後に、『樹』は、ぱたりと姿を消した。


 孝史は、籠の中から一輪の梔子を掬い上げて、掌のそれに視線を落とす。

 温度のない滑らかな梔子の花弁と、手に遺る少年の白肌に触れた時の冷たい感触を重ねて、静かに独りごちる。

「……梔子の花、探すって約束したから」

 約束というほど確かなものでもなく、ただの話の流れ。

 今となっては、この道を通るたびに見かけた緋鯉を探す少年も、彼の探していた緋鯉も、水の底(ここ)にはいないのだと。孝史は、なんとなくわかっていた。

 緋彩の尾鰭を持つ少女は、彼女を探していた少年と共に、どこか別の――。綺麗な場所へと旅立ったのだと。

 だから。

 梔子の花を探したのは、孝史がそうしたかったからだ。


 そよ風にさらされ、ことりと傾く梔子の花が、孝史の手から離れてゆく。

 まばゆい陽光を受けて輝く純白の花弁は、強い香りを孝史のそばに残し、水面に小さな波紋を立てて暗色の水を華やかに彩る。

 ぽつり、……ぽつりと。

 一輪ずつ籠から放たれる梔子の花は、水面に(とも)る小さな白い(ほのお)となって、ゆらゆらと漂う。

 ――ゆっくりと流れていく。


『その人は、だめだよ』

 耳に遺る樹の声は優しいけれど、つけ入る隙のない毅然とした響きがあった。

 一線を画す一言が、孝史の胸に一抹の哀しみをのこして、淡く儚い泡となって消える。

 自分には路を見つけることは出来ないだろうと、孝史は微笑した。

 

 残された甘やかな香りが初夏の空気に馴染み、とけてゆくのを感じた孝史は、大きく息を吸い込んだ。

「届くかな」

 少しずつ遠ざかる白い燈を目に映しながら、寂しいと言葉を零した少年を想う。

 どこからか水路に迷い込んだという小さな緋鯉の泣き声が、少年のもとへ届いたというのなら。

 梔子の花と、その香りも。いずれ、少年や緋鯉の少女のもとに届くのかもしれない。

 流した花が、彼らの心を癒し、和ませてくれることを切に願う。


 少年は、――あの日。

 俄雨と共に地上に降り立った、水に宿る死者の魂(しょうりょう)だったのではないか、と。

 孝史には、思えてならない。


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