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鳴かぬなら 信長転生記  作者: 大橋むつお
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71『兎の角』

鳴かぬなら 信長転生記


71『兎の角』市   





 南に折れて卯盃ぼうはいへの一本道に入ると、城門のうさ耳はいやましに大きく迫って来る。



 おお!


 軍団の中からもどよめきが起こる。


 中軍が一本道に入るころにはうさ耳の間に『歓迎曹茶姫御一行様』横断幕が上がったのだ。


 横断幕は『曹茶姫』の部分が貼り付けてある。『曹茶姫』のところだけ貼りかえれば使いまわしができる仕組みだ。


 ちょっと無礼にも興ざめのようにも思えるが、茶姫自身は平気な顔をしている。


 城門そのものが大きいので距離感が狂う。遠目で見たよりも一回り大きいのが分かって来る。


 城門の上に屹立するうさ耳も、予想以上の大きさだ。


 縦に12メートル、横幅は2メートルほどだろうか。うさ耳本体は書割のようだけど、内側にはしっかりした心棒が通っているようで、少々の風では揺るぎもしない感じがする。


 耳の先端の3メートルほどは可愛く手前に折れている。


 おや?


 可愛いと思った折れ耳の先端にはいかついカギづめが忍ばせてあり、単なるオブジェや歓迎のディスプレーではないような気がする。


 卯盃の名にふさわしい設えなのだが……思っているうちに城門を潜ってしまう。



「注目しろ!」



 全軍が入りきると茶姫は馬首を巡らせて、声を上げた。


「見上げすぎて首が痛くなった者もおるだろう。あのうさ耳は『兎角』という。兎角とは兎の角のことである。本来はありうべからざる物を表す言葉だ。卯盃は三国志西端の都市であり、卯は兎の事であって、実に似つかわしいオブジェである。しかし、単なるオブジェではないぞ。先端の折れの先には鉄のカギづめが付いており、万一、敵の攻城車が寄ってきた場合には、あの兎角が倒れて攻城車を掴まえる。掴まえると、人力馬力で兎角を左右に振って、攻城車を引き倒す!」


 おお!


 感動する声が上がる一方腕を組む者もいる。


「仰せのように、うまくいきましょうや?」


「行かぬ時はな、あのかぎ爪の内側にパイプが仕込んであって油を流せるようになっている。流した油に火を点ければ、攻城車は松明のように燃え上がる。攻城車相手でなくとも、城壁に取りついた敵の頭上に火の雨を降らせてやることもできるぞ」


「しかし、そのように都合よく敵が兎角の下に来ましょうや?」


「よく見ろ、城壁の上を」


 茶姫が指し示すと、50メートルほどの間隔で、都合十本のうさ耳、兎角が立ちあがった。


「あの十本で一組だ。見よ!」


 さらに、合図を送ると、兎角は左右に動き出した。


 おお!


「兎角は、あのように左右に動かすことも可能だ。いざという時まで伏せておいて、敵が集中してきたところに移動させれば効果的に使える。日ごろは伏せておくも良し、可愛く立たせて、歓迎や緊急連絡の手段にも使うも良し。交代で兵を登らせば、望楼の代わりにも使える。これを、将来は卯盃に留まらず、国境の長城全てに設置する。五か年計画で、延べ百万の雇用の創出にもつながるものだ!」


 おおおおおおおおお!


 今度は、盛大な歓声が軍団全体から巻き起こった。


「茶姫さま、そろそろ歓迎の言葉を述べてもよろしゅうございましょうか?」


「おお、卯盃の市長殿。先ほどは歓迎の横断幕、かたじけない。使いまわしも出来る仕様。感心しました。ゆくゆくは兎角を種に観光立国も目指せましょう。貴殿は、我ら魏の者にも希望を与えてくださった。その上の歓迎のお言葉、曹茶姫、部下の者たちと共に謹んでお受けいたします」


 ウオオオオオオオオオ! パチパチパチパチパチパチ!


 軍団の兵や卯盃の市民たちから、割れんばかりの拍手と歓声が上がった。


 

「なに、あれは単なるこけおどし、実戦では、そうそううまく使えるものではない」


 その後の大休止、兄の信長を目の前に茶姫は、こともなげに言い放った。


「では、明日の朝には南に向かうのだな?」


「え、そうなの?」


「ハハハ、敵わんなあ、お丹衣ちゃんは何でもお見通しだ」


「褒めるな、その先は俺にも分からん。豊盃で輜重を先に返しただろう、あれが、三国のいずれに向かっているかがカギだ。ちがうか?」


「アハハ、考えすぎだよお丹衣ちゃん。あれは、気まぐれ半分、あとの半分は曹素兄を引き離したかったからだぞ」


「兄の事は嫌いか?」


「兄か……二人居るからな」


「曹素と曹操……」


「お丹衣ちゃんが言うと、なんだか虫けらの名前のように聞こえるぞ」


「であるか」


「まあ、転生の人間には害虫同然なのかもしれないんだろうけどな……わたしにとっては、兄は兄だ。むつかしいもんだ。なあ、シイちゃん?」


「え、あ、ちゃん付けで呼ばないでくれる」


「そうか、じゃあ、いっちゃん?」


「シイでいい」


「シイ……なんか叱ってるみたいだな」


 それっきり黙ってしまった茶姫は、気のせいか寂しそうに見えた。


「ちがうぞ、リラックスすると、わたしはこういう顔になるんだ。こら、笑うなお丹衣ちゃん!」


 卯盃の夜は、しみじみと更けていった。




☆ 主な登場人物


 織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生

 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま

 織田 市        信長の妹

 平手 美姫       信長のクラス担任

 武田 信玄       同級生

 上杉 謙信       同級生

 古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ

 宮本 武蔵       孤高の剣聖

 二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま

 今川 義元       学院生徒会長 

 坂本 乙女       学園生徒会長 

 曹茶姫         魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長)弟(曹素)





 

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