66『鉄兜論議』
鳴かぬなら 信長転生記
66『鉄兜論議』信長
曹茶姫の部隊は一変した。
転生流に言えば近代化であろう、輸送部隊を除いて、兵のことごとくが騎兵だ。
背負った武器は鉄砲、それも元込めのミニェー銃で、俺が長篠の戦で使った火縄銃の数倍の威力がある。
射程距離で三倍、弾籠めから発射までの時間は三分の一以下だろう。
「でも、単発だよ」
「シイ(市)、おまえは理想が高すぎる。単発でも三段、いや二段の構えにしておけば、敵を凌駕できる。お仕着せが赤と黒というのもいい」
「うん、カッコいい、制服がオシャレというのは士気が高まるよ!」
「それだけではない、赤と黒は血に染まっても目立たない」
「なるほど……しかし、頭の防御は? 兜も鉢金も無いわよ」
「とりあえずは、切り替えたということを内外に示したいのだろう」
営庭で騎兵の運動演習をやっている兵たちを眺めながら、市を相手に批評会をやっている。
茶姫が近衛参謀待遇にしてくれたので観察し放題だ。
それに、市の関心の示し方が心地いい。光秀ほどの知識も無いし、秀吉ほどにも勘は鋭くはないが、育てれば三年で、やつらに並ぶだろう。
市が弟だったら、信行のように殺さずに済んだかもしれない。
「馬の乗り方がかかっこいい!」
「あれはドイツ式だな」
騎兵は、馬の歩みに合わせて腰を上下させている。背筋も伸びて、いかにも姿がいい。
転生してから、図書室でいろいろ調べたが、騎兵の運用方法は大別してドイツ式とフランス式がある。
ドイツ式は日本人好みで、優れた用兵術だが、全てにおいて、そうだとも言えない。
いま、市が感心している騎兵術などは、それがよく現れている。
あんなにカッコよく乗っていては、長時間の騎行ではバテるのが早い。
多少ルーズではあるが、馬の一部になったように、柔軟にいなしていくフランス式の方が優れている。
「使い分けだね……」
「であるか」
こいつ、俺と同じ思考をしたんだ。
黙っていても、思いが通い合うというのは良いものだ。
「いろいろ見抜いてくれているようだな」
「キャ?」
後ろから茶姫。シイが可愛い声を上げる。
うかつだが、気配を感じなかった。市のように声を出すことはないが、ちょっと驚いたぞ。
「おお、来た来た!」
検品長が鍋のようなものを抱えて走ってきた。
「品長、まるで初年兵のようだな」
悪い意味ではない、初老の品長が、茶姫の姿に気付くや、初年兵が隊長を見つけたように頬染めながら脚を速めたからだ。
人の心のくすぐり方を心得ている。
「たった今、試作品が届きました。御検分のほどを」
「ちょうどいい、ここは新参の三人だけだ。意見を聞かせてくれ」
その鍋のようなものは鉄兜だ。
発注していた試作品だろう、塗料の匂いも初々しい。
お皿のようなものと、鍋のようなものの二種類だ。
「お皿の方は上からの衝撃や落下物には強そうだけど、鍋の方は横や後ろからに強そう」
「であるな。どのような戦いを主眼に置くかだ。塹壕に籠っての持久戦なら皿の方、突撃するなら鍋の方だ」
「品長は?」
「は、はい……鍋の方は、鉢が深い分、圧延工程が倍になります。受張も後頭部のものが必要になり、その分単価が高くなります」
調達係りらしい評だ。
「備忘録の書類によると、調達費には、まだ二億両の余裕がある。テッパチ(鉄兜)に少々掛かっても問題はなさそうだな」
「しかし、この先の弾薬や糧秣、場合によっては大筒の買い入れなどもありますので、ご勘案のほどを」
「承知している。どうだ、テッパチの上に赤い房飾りを付けてみては? 風になびいて、とても美しいとは思わぬか?」
なるほど。
「うん!」
シイが短く反応する。
むろん、俺もな。いまのやり取りで、茶姫の狙いの凡そが理解できた。
品長も頓悟したようで、瞳が明るい。頭の中では、予想される軍事行動の軍費と調達のあらましが計算されたのだろう。
「一ついいか?」
「なんだ丹衣?」
「つや出し研磨剤を買って、鉄兜と胸甲を磨かせてはどうか?」
「「「おお!」」」
三人の声が揃う。
三人の頭には、見事な隊列を組んで、鉄兜や胸甲を煌めかせ、兜の房を靡かせて草原を疾駆する騎兵旅団の姿が浮かんだ。
総司令官・茶姫の決定を紙飛行機にしたためて、すぐにでも転生へ飛ばしてやりたい気になったが、茶姫の描く騎兵隊の姿を実際に見て、その姿を確認……いや、感動してからの方がいいと思ったぞ。
☆ 主な登場人物
織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
織田 市 信長の妹
平手 美姫 信長のクラス担任
武田 信玄 同級生
上杉 謙信 同級生
古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
宮本 武蔵 孤高の剣聖
二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
今川 義元 学院生徒会長
坂本 乙女 学園生徒会長
曹茶姫 魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長)弟(曹素)




