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鳴かぬなら 信長転生記  作者: 大橋むつお
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61『市と斜面を転げ落ちる』

鳴かぬなら 信長転生記


61『市と斜面を転げ落ちる』信長  





 二回目の伝書紙飛行機には以下のように書いた。



 三国軍の勢力は予想よりも二個師団は多い規模。


 だが、増やした分は、酉盃や豊盃で徴募した兵で実力は伴わない。


 敵主力は魏軍、主将は女将軍曹茶姫。曹操の姉妹と思われるが現状では不明。


 兄の曹素は輜重部隊の大将であるが、人徳に乏しく、曹茶姫が陰で目を光らせている。


 編成、装備から攻撃の準備段階と思われるが、油断はできない。


 引き続き、魏軍の様子を探る。



「茶姫が、あたしたちの正体知ってたことは書かないの?」


「茶姫は、俺たちを偽名でしか呼ばなかった」


「バレてないと思うの?」


「バレていたら殺されてる。敵の乱波なら殺すのが当たり前だ」


「ほんとに、そう思う? なんだか、あいつ全て知っているような口ぶりだったよ」


「いや、ちがう」


「いや、ぜったいそうだって」


「そうではない。あいつは、俺たちに興味があるんだ。そうでなきゃ、あんな風に助けたりはしない」


「あれは、曹素が危なかしいから朝駆けにことよせて監視に来たんじゃ?」


「曹素の部隊の中に茶姫の監視役が入っている。それが逐一連絡しているんだろう。馬鹿で危なっかしい男だからな」


「てことは、夕べ、明花たちが襲われたことも知っていたってわけ!?」


 むろんそうだ。あいつらは三国の軍だ、あの程度の狼藉は見逃される。だが、そう言えば、市はまたキレる。


「知ったのは……隠れていた道館に火がつけられたころだろう、あの煙は豊盃からでも見えたはずだ」


「そうか……そうだよね、茶姫はいい目をしていたしね」


 いい目をしているのはお前だ。お前は、人の目に多少の濁りを見ても、きれいな輝き一つあれば、そこを見てやろうという奴だったからな。生まれる場所と時代が違えば、お前は、パードレたちが言っていたマリアの如き人生を歩んだのかもなあ。


「え、なに、人の顔じっと見つめて?」


「動くな」


「え?」


 パシ!


「イタ! ちょ、なにすんのよ!」


「頬っぺたに蚊が停まっていた」


「え、ほんと?」


 ガバっと上半身を起こして、露出している腕やら首筋をポリポリ。


 そうだ、市は、こんなに素直なやつなんだ。


「なんだ、タンポポの種だった」


「あ、もう、ちゃんと見てからにしてよね」


「許せ、老眼だ。本能寺で討たれた時は四十九歳だったからな」


「もう、今のあんたは17歳の女子高生なんだからね」


「え、あ、そうだったな」


「そうよ、胸だって、あたしよりもおっきいくせに!」


 ムンズ


「こ、こら、揉むんじゃない」


「小さくしてやるんだから」


「アハハ、くすぐったいぞ! くそ、それなら、おまえの大きくしてやる!」


「キャ、ちょっとお!」


 アハハハ キャハハハハ


「「うわ!?」」


 ふざけすぎて斜面を転がり落ちる。


 ゴロゴロゴロゴロ


 バサバサ


 斜面の下まで転がり落ちて、二人ともタンポポの種だらけになってしまう。


 アハハハ ペッ ペッ アハハハ ああ、おっかしい!


「むかしも、こんなことあったね。清州のお土居(石垣ができる以前の土塁)の花を採ろうとしたら、転げ落ちそうになって、お兄ちゃん掴まえてくれたんだけど、いっしょに転げ落ちて……」


「あの時は、土居の下は堀だったからな。二人ともビチャビチャになって、平手の爺に叱られたな……」


「楽しかったね、子どもの頃は」


「あれ以来、市に構ってはいかんと、父上からも言われた」


「え、あ……そうだったね、あれからぜんぜん……でも、なんで、聞き分けよかったの? いつも人に逆らってばかりだったのに」


「それはな……」


 言えるか――市は将来は嫁に出す娘だ、お前と遊んでいては傷物になってしまう!――なんて親父の言葉。


 戦国の世では嫁が人質だということは、もう十分分かっていたからな。


「雲は、どっちに流れてる?」


「え? えと……西だ」


「よし、西へ行くぞ」


「豊盃ね」


「ああ、虎口に入らずんば虎児を得ずだ」


「おし!」


 仲良く斜面を這い上がって、豊盃を目指す。


 日は、いつの間にか中天に差し掛かろうとしていた。



☆ 主な登場人物


 織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生

 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま

 織田 市        信長の妹

 平手 美姫       信長のクラス担任

 武田 信玄       同級生

 上杉 謙信       同級生

 古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ

 宮本 武蔵       孤高の剣聖

 二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま

 今川 義元       学院生徒会長 

 坂本 乙女       学園生徒会長 

 曹茶姫         魏の女将軍


 

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