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鳴かぬなら 信長転生記  作者: 大橋むつお
57/192

57『女たちを送る・2』

鳴かぬなら 信長転生記


57『女たちを送る・2』信長  





 お待ちを


 そこを曲がったら指南街というところで、落ち着きを取り戻した女の一人が立ち止まった。


「どうした」


「はい、お二人が痛めつけられましたので大事は無いと思うのですが、追手が来たりしませんでしょうか?」


「胸糞の悪い奴らだったが、雑兵ばかりだ。そもそも軍規に違反している。追い打ちなど、企んだだけで奴らの首は飛ぶ」


「そ、そうですか、安心しました」


「あんたたち、三人とも同じ家の娘なのか?」


「あ、わたしと、この子は姉妹ですが……」


「わたしは、二人の友だちです。わたしたち……」


「わけは聞かん、送り届けるだけだ。夜も更けてくるから、お前たちの家で泊めてもらうと助かる」


「あ、それはもう……あ、あそこが家です」


「あれか」


 百坪そこそこの家だが、くたびれている。


 周囲の家も似たり寄ったりで、どうも、酉盃の街では学者は優遇されてはいないようだ。


 ……ワン! ワンワンワン!


 怯えたような犬の鳴き声、妹の方が崩れた土塀に回り込んで「おう、よしよしよしよし」となだめる。


「お母さん、帰りました」


 戸口から姉が声を掛けると、ガタガタ音をさせて、怯えた表情の女がでてきた。


「お、お前たち、どうして……?」


「はい、こちらのお坊様方がお助け下さって、ようやく戻ってきました」


「え……え……」


 反応がおかしい、娘が無事に帰ってきて喜ぶ母親の姿ではない。


「あんた……娘を売ったんじゃないのか?」


 市が押さえながらも、険しい声で質す。


「差しさわりがあるんだ、聞いてやるな」


「お母さんは、売ったわけじゃないんです。あの男たちが『いい勤め先がある』からって」


「はい、兵隊になる前は口入屋をやっていたという伍長さんが『駐留中、隊長の身の回りの世話をする者が欲しい』とおっしゃって」


「ふうん、身の回りの世話をねえ……」


「落ちぶれたとはいえ、学者の家の娘ですので、礼儀作法や家事一般のことには長けておりますので。そう申し上げると『それは都合がいい、では時間給を上げて特別手当も出そう』とおっしゃって、過分に前払い金を……」


「それを鵜呑みにしたのか……!?」


「シイ(市の偽名)、止せ」


「止さない! あんな薄汚い兵隊の言葉をそのまま信じるなんて、こっちが信じられない! 娘たちが、どんな目に遭うかぐらい、想像がついただろ!」


「あ、いえ、わたしどもは……」


「お母さんを責めないでください。わたしたちも承知の上だったんですから」


「承知の上だって? 男どもに追いかけまわされ、乱暴されたあげくに殺されることが承知の上だって言うのか!?」


「こ、殺される?」


「そうよ、この子たち、半ば裸に剥かれて、必死で逃げて『助けて!』って叫んでた。それをほっとけなくて、あたしたち、助けたんだから! あいつら、あんたの娘たちを追いかけまわして、いたぶった挙句に犯して殺すつもりだったんだ、まるで、鷹狩の得物のようにな!」


「止せ、シイ!」


「おまえたちも、これでいいのか!?」


「「それは……」」


「明花、静花、殺されかけたのかい?」


「あ、いえ、お母さん……」


「ごめんよ、まさか、そこまでされるとは思ってなかった、お母さん……」


「あ、いえ……じゃなくて、お母さん」


 考じ果てたんだろう、母を抱きしめる姉妹は、涙を浮かべて、俺たちと母親を交互に見ている。


 もう一人の娘は俯いたまま口を一文字に結んだままだ。



「あんたたち、余計なことを!」


 別口が現れた。



「かあちゃん!」


 もう一人の母親だ。


「何ごとかと聞いて出てきたら、せっかく売った娘をなんてことしてくれるんだ!」


「お前の娘は殺されるところだったんだぞ!」


「売った娘だ、煮て食おうが焼いて食おうが買主の勝手だ! 真花さん、あんただって知ってただろう! それを、そんなしおらし気に、今知ったみたいに、いい母ぶるんじゃないよ!」


「陳鈴さん……」


「ここいらは、三国志の武断政治のお蔭でスッカンピンの学者と、その書生や下僕の街なんだ! なまじ、先帝の文治政治のころにマシな生活してたもんだから、子どもだけはいっぱいいて、だから、子ども売って生きてくしか手がないんだよ。子どもに運と才覚がありゃ、売られても、浮かぶすべも万に一つぐらいはある。それを、相手をぶちのめして、どういう了見だ! 指南の子どもは危なくて手が出せない、そう思われたら、もうあたしらに明日はないよ! いいや、仕返しでもされたら、明日にでも、この町は滅ぼされてしまうかもしれないじゃないか!」


「それはあるまい、これは軍の恥だ。報復などあり得ん」


「あんた、どこの国の人間だ? たとえ、兵隊に非があっても兵隊をぶちのめされて、黙ってるような将軍なんてありえないよ」


「クソババア、自分の非道は棚に上げておいて……許さなん!」


 いかん、市の顔が蒼白だ。並の切れようじゃないぞ!


「止せ!」


 市の肩を掴むが、一瞬遅れて、錫杖がクソババアの頬を掠める。


 シュッ


 糸のような鮮血が飛ぶ。


「ヒイ、人殺しぃ!」


「市!」


 ドゴ!


 ウ!


 錫杖で市の鳩尾をぶちのめす。


 瞬間で気絶した市を担いで、指南街の闇を駆けだした。




☆ 主な登場人物


 織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生

 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま

 織田 市        信長の妹

 平手 美姫       信長のクラス担任

 武田 信玄       同級生

 上杉 謙信       同級生

 古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ

 宮本 武蔵       孤高の剣聖

 二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま

 今川 義元       学院生徒会長 

 坂本 乙女       学園生徒会長 

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