40『テニスコートの誓い・2』
鳴かぬなら 信長転生記
40『テニスコートの誓い・2』
この目で見てきたんだ
武蔵は僅か十文字の言葉を吐いただけだが、三成の鼻先に突き付けられた切っ先のように鋭い。
突き付けられた三成も、動揺するどころか呼吸も乱さずに「役目はここまです」と返すのみ。
文字にして八文字なのは、先輩である武蔵への遠慮なのか、八文字で十分だという傲岸さからなのか、見極めがつかない。三成も、全霊で立ち向かうと、武蔵に負けない三白眼になっている。
二人とも、人相で損をしていると思うぞ。
「武蔵の言う通りだ。三国志は、この扶桑の国を呑み込もうという意図を隠していない。情報収集と分析が済めば、その結果に対応できるだけの準備をして攻めてくる。それを阻止するためには、三国志を凌駕する力で、その弱点を突かなければならない。そのための偵察行動なんだ、察してくれ」
信玄が小さく頭を下げる。
甲斐源氏の棟梁たる信玄が、生徒会本部役員とは言え、二つも三つも格下の近江の地侍出の三成に頭を下げるのだ。
何か応えなければ、武蔵が、そのまま首を掻きとってしまうだろう。
「わたしの言うことも聞いてもらえるだろうか」
謙信が穏やかに進み出る。
「はい、ご意見はいくらでも拝聴いたします」
「武蔵、太刀を下ろしてくれないか。これでは、話ができないよ」
「では、話の間だけは……」
スッと武蔵が太刀を下ろすと、三成のこめかみから一筋の汗が流れ落ちた。
「では、仕切り直しに握手してくれないか。クールダウンすることからやり直そう」
「はい」
言葉少なに手を差し出す三成。握手すると、三成の眉が動いた。
「気取られたかな、みんなのやり取りを聞いていて、けっこう汗ばんでしまったよ」
「あ、いえ、普通の事です」
普通と言いながら、三成の表情は目に見えて緩んで、涙袋がぷっくりと三白を隠した。
将棋盤の角のように硬い奴だが、案外、こういう人の緩みには弱いのかもしれない。
そう言えば、こいつの主は、まだ姿は見えていないがサルだ。
「わたしも信玄も祖先をたどれば源氏だ。生徒会長も、嫡々の源氏、いちど茶の湯の席をご一緒して氏の親交を計りたい……というのは、どうだろうか」
「それはいい!」
利休が審判席から下りて来た。
「新生徒会長には就任以来、まだ会えていないから、ちょうどいい機会だわ。亭主はわたしが務めさせていただくからね」
「それは、会長もお喜びになります。さっそく、お伝えして日取りを……」
「もし、そちらが良ければ、明日の放課後、茶道部の茶室で」
「はい、ご返事は、直接利休さんの方にさせていただきます。あ……ひとつよろしいでしょうか?」
「はい、なんなりと」
「会長のフルネームを、いちどおっしゃってはいただけませんか」
「え」
……なんだ?
「お安い御用……いいかしら?」
「はい」
「…………」
俺以外の視線が、利休に集まる。
なんで、人のフルネームを言うのに、こんなに空気が張り詰める?
「今川……よしもと」
「…………」
「いかがかしら?」
「はい、宜しいかと」
それだけ応えると、三成は慇懃に礼をしてテニスコートから出て行った。
転生して日の浅い俺には、まだまだ分からないことがありそうだ……。
☆ 主な登場人物
織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
熱田敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
織田 市 信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
平手 美姫 信長のクラス担任
武田 信玄 同級生
上杉 謙信 同級生
古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
宮本武蔵 孤高の剣聖




