全くもって理解が追いつかん。
いかんいかん。冷静になれ、俺。そうだ、この男にまず話を聞いてみよう。歳は30手前くらいに見える、俺より若い男。なんでも俺は彼の命の恩人らしい。全く知らんが、感謝されているなら、話ぐらいは聞いてくれるだろう。
「つかぬ事をお聞きしますが、命の恩人とはどういった意味ですか?」
俺の質問に、最初は疑問符を浮かべていた若い男は、笑い出し、質問に答えてくれた。
「いやー、すまんすまん。実はな、ワイバーンの肉が食いたくて狩りに行っていたんだが、こう見えても俺はそこいらじゃ名のある剣士なんだ。それで、ワイバーンとの戦闘中に誰かに命を狙われていたんだが、そこにお前さんが降ってきて、俺を狙っていた奴を倒してくれたんだよ。」
ほう、なるほど。それは命の恩人だな。て、そんなことはどうでもいい!いや、どうでもいいことはないが、そう言ってしまいたくなるほど、情報量が多すぎて頭がパンクしそうだ。
ワイバーン?剣士?何の冗談だ、これは?今の時代、そんなことを口にすると、厨二病だなんだと周囲から遠ざけられるぞ。
それにだ。剣なんてもの、持っているだけで犯罪になりかねないこのご時世だぞ。
でも、男を警戒するあまり気づいていなかったが、この男の服装。いかにもそれっぽい。
さっきも試したがこれは夢ではない。
てことはなにか、俺はかの有名な異世界転生系主人公と同じ境遇に置かれたのか。
憧れの異世界に来たぜ!最高じゃん!これから俺はこの異世界で新たな生活を…なんて様々なアニメで見てきた主人公のようには言っていられない。
未だに信じることはできないし、納得なんてできない。ここでもし、俺が異世界転生系主人公達のように素早く理解することができていたらよかったのかもしれないが、実際にはかなり難しい。
動揺が隠せない俺を他所に、若い男は続けた。
「まあ、気を失って状況が飲み込めないのは仕方の無いことだ。ここで、ゆっくりしていくといい。もっとも、命を助けてもらった恩、返すまでに帰られたとあっちゃ、剣士の恥だ。どんなことでも頼りにしてくれ。」
屈託なく笑いながら、若い男は言い放つ。そこには彼の人となりが現れているようにも感じられた。
そしてそんな彼に俺はまた1つ質問をぶつけた。これが何よりも大切であり、もしこの世界が本当に夢などではなく異世界と言うのであれば、尚更必要になってくることである。
「すみません、今更なんですが、お名前は何と言うのでしょうか?あ、私の名前は…」
と、ここで考える。普通に名乗って良いのだろうかと。
ここが異世界というのであれば、俺の本名を言ったところで、変わった名前だなーとか、どこから来たんだ?とか、一悶着がありそうだ。
ここはそれっぽい、これまでアニメや漫画で得た知識を活用した名前を言わなければ。
よし、やってやろうじゃないか。
そうだな…。名前は…。思考を巡らせ、最適解を導き出すべく、考える。そして1つの名前が浮かんだ。
「私の名前は、ペーパーだ。」
て、ちがーう!いや、なんで俺はこんな名前を。ペーパーって、紙じゃん。俺としたことが、頭に浮かんだのは、ロール状の生活用品だった。そこから、トイレをとることで導き出してしまった。
俺としたことが、やってしまったぜ、ちくしょう。
彼の反応はどうだ?
気になった俺は逸らした視線を一瞬彼の方に向ける。すると、彼は驚きを隠せないでいた。そりゃそうだ、変な名前を言ってしまったのだから。
だが、以外にも、いや、予想だにしない反応が返ってきた。
「こりゃ驚いた。神様と同じ名前だとは。」
へ?神様と同じ名前?いや、紙となら同じ名前だよ?けど、神様って?
嘘だろ、おい。
「おっと、すまん。俺の名前だったな。俺の名前はアーサーだ!よろしくな!」
若い男、もといアーサーが自己紹介をしてくれたのにも関わらず、俺は自身のどうしようもない発想で思い浮かんだ名前が、この世界の神様と同じ名前であることに困惑していた。
それに、よくよく考えれば彼の名前も、俺がもといた世界では騎士王だなんだと祭り上げられる名前じゃないか。
だめだ。全くもって理解が追いつかん。
これから俺はどうすればいいんだと、不安を更に抱えることになった。