ラッキーの尻尾が残念そう
「俺のために怒ってくれてありがとうな。ドブどうしたんだ? いきなり椅子から転げ落ちて」
俺はあえて満面の笑みを浮かべ、彼の目を見ながら手を差し伸べてやる。
何も言わなくても自分の立場を理解してもらった方がいい。
「なんでもありません。少し自分は勘違いしていたようです。最初からちゃんとお願いをするべきでした。ロックさん、キッドを捕まえる手伝いをしてくれませんか?」
「いや、もう俺には関係ないだろ」
「そうですね。関係ありません。戦争に巻き込まれる可能性が高まるくらいですしね」
「スイジュ国はもう戦争するつもりはないだろ」
「それが……スイジュ国と第四王子を取り持ったのが、逃亡しているキッドさんでして。キッドさんは戦争を起こしたいようなんですよね」
「キッドが? でも、戦争を起こしたところで両方に損害がでたら意味がないだろ。しかもあんな辺境の土地」
「スイジュ国としては、あの山の雪結石が欲しいんです。第四王子は戦争をきっかけに自分のところで作った兵器の実験がしたい。キッドは冒険者ギルドでやらかしたことを挽回したいんです」
「ふざけるなよ。そんな理由で戦争を始められてたまるか」
「お気持ちはわかります。でも、もう第四王子との話し合いで落としどころまで決着がついているんです。それを僕としてはなんとか妨害したかったんです」
本当にクソすぎる。いったい彼らが何をしたっていうんだ。
雪人たちは迫害を受け、あそこまで逃げていったんだ。それは村の中で差別や色々問題はあった。だけど、それを言い出したら問題のない人間なんていない。
それがそんな理不尽な理由で殺されそうになっていただなんて……。
「本当にロックさんたちには申し訳なかったと思います」
「ちょっと待て! 第四王子は戦争がしたかったんだろ? それならドラゴンがいなくても戦争を起こすきっかけさえあればいいんじゃないのか? アネサ村の人が殺されるとか」
「そうです。キッドさんはなんとしても戦争を起こすと思います。でもロックさんには関係ありませんよね」
「くそったれ! キッドが俺たちをダンジョンで殺そうとしたように、アネサ村は隔離された場所だ。証拠なんて残らない。ましてや小競り合いを演出するだけなら……闇の衣はいつ村へ向かったんだ?」
「5日前です」
「それを仕切っているのは?」
「キッドさんです」
「わかってて放置していたんだな」
「僕からはロックさんたちに積極的に接触できなかったんです。第四王子のところにスパイがいるようにこちらの情報も筒抜けの可能性があるので」
キッドたちが急げば距離的にはもうついていてもおかしくない。
「ドブ、アネサ村へいくぞ。今回の責任問題は後で追及させてもらうが、お前はアネサ村の奴も助けたかったんだろ」
「最善が何かわからないですが、ロックさんを守りつつ最善を探したんです。本当にグリズさんには悪いことをしました」
「あぁ、わかった。だけどグリズのことは絶対に許さないからな。必ずグリズには最高の女性を紹介してやれ。でもまずはアネサ村へ急ぐぞ!」
まさかこんなことになるなんて。
胸騒ぎが止まらない。
「でも、どうやって行くんですか? 今から行ったところでさすがに1日でアネサ村へなんてつきませんよ」
「任せておけ。紅桜頼む」
俺は箱庭にいる紅桜を屋敷の庭に呼んだ。
『なんだ? いいのか外にでてきて』
「あぁ作戦変更だ。残念だけど甘いだけでは誰も助けられないらしい」
『そうか。それじゃあ行くか。誰が乗るんだ?』
真っ先にラッキーが前脚を上げたが、紅桜はゆっくりと首を横にフル。思いっきり左右に動いていたラッキーの尻尾が残念そうにパタン、パタンと小さく動くだけになってしまった。
『ラッキーさん、今度近くの移動か帰りの時にならラッキーさんも空飛ばせてあげますから』
『ロック―ダメか?』
「急いでいるからな。帰りにしよう。それにラッキーには力を貯めておいてもらわないと」
『そうだな。今度は本気をださないといけないだろうからな』
「あぁ助かるよ。ドブは一緒に行くとして、あとは……パトラも行くか? 空の上は寒いからシャノンとかだと大変だろうからな」
「パパー一緒に行くー」
「ロックさん、僕も行くんですか?」
ドブがそう言った瞬間、パトラが目を細めてドブの顔を見ると、すぐに態度を一変させた。
「いやー一度ドラゴンに乗ってみたかったんですよータノシミダナー」
最後の方は心がこもっていなかったが仕方がない。
ドブはできれば安全な時にだけ自分で動きたいタイプなのだろう。
自分も現場にはでるが、どちらかと言えば人を操って集める方が多いのかもしれない。
ドブに準備をさせている間に紅桜の身体にロープで簡易の座席を取り付けて置く。
結構な時間になるからな。落ちないような工夫も大切だ。
ただ、それを見たドブの顔は引きつって、逃げたそうな顔をしていたが、パトラはにこやかに回り込んだ。今回のグリズの件でパトラも本気で怒っているのだろう。
いつも優しいのに今日は少し怖い。
「それじゃあ紅桜行こう」
『わかりました。しっかり捕まっていてくださいね』
紅桜の大きな翼が無音で大きく上下すると、そのままゆっくりと垂直に飛び上がり、空高く上がると一気にアネサ村の方へと向かった。
翼が音がでないように調整ができるらしい。これなら隠密活動でも使える。
紅桜だけに頑張らせるわけにはいかないので、支援魔法をかけてやると、スピードが2倍くらい早くなった。ドブは落ちないようにガチガチに固まりながら椅子に抱き着くように掴まっているが、パトラは空を見上げながら流れ星が流れていくのを楽しんでいた。
「パパー星空キレイだよ。あっ流れ星―」
「そうだな。願い事唱えないとな」
『パトラちゃん流れ星より早く飛んであげよう』
紅桜は暗い夜の街を流れ星よりも速く飛んでいく。