「口の利き方に気をつけたほうがいいぞ。俺たちは怒っているからな」
「やっぱりお前っだったのか」
「お久しぶりですね。予想外に早かったですね。さすがフェンリルの鼻は誤魔化すことはできなかったですか」
「口の利き方に気をつけたほうがいいぞ。俺たちは怒っているからな」
そこにいたのは、奴隷商チャドのところで働いていたドブだった。
たしかに、チャドもどうしてドブを雇ったのかわからないと言っていた。
精神感応系のスキルがあるのかもしれない。
「大丈夫ですよ。ロックさんに精神系の魔法が効かないのはわかっていますし、僕はそこのお嬢さんの殺意でいまにも、自分の喉を切り裂いてしまいたいほどの恐怖に襲われていますから」
「パトラ」
パトラはいつになく相手に対して敵意を向けていた。
「パパー、無理しないで。私が守るから」
パトラの頭にゆっくりと手を置く。俺が慌てては相手の思うつぼだ。
それに、むやみやたらに殺生させるわけにはいかない。
「そんな怖い顔をしないでください。今回のことを説明しますから。まずはどうぞ座ってください」
ドブは前に見た時とは違い、今回はしっかりとした身なりをしている。まるでどこかの貴族のようだ。ここにいる時点でそれなりの地位がある人間なのは間違いないが。
ドブは俺とパトラの前にお茶とお菓子をだしてくれた。
お茶は……グリズの宿屋で飲んだのと同じハーブティーだった。
「こちらのお茶が好きだと聞いていたので準備しておきました」
「ドブ、最初に伝えておくが俺は今回のことを相当怒っている。グリズは大切な友人だ。その恋心をもてあそんであの村に行かせた納得のいく理由を説明しないと、俺は許さないぞ」
「えぇ。グリズさんには悪いことをしました。この穴埋めはいずれさせて頂きます。ただ、こちらにも事情があったんです」
「訳を聞こうか」
「今回、ロックさんに行ってもらったのはドラゴンの確保とスイジュ国への牽制をお願いしたかったからです」
「俺は思惑通りに動かされたってことか」
いつも堂々と人を食ったような対応をしていたドブの手が震えていた。
横を見るとパトラが今にも殺しそうな勢いで殺気を放っている。
「パトラ」
「そんな怖い顔をしないでください。私だって好きでこんなことをしているわけではないんです。闇の衣の話はもう聞きましたよね?」
「あぁ闇の衣の情報があんな簡単に回ってくるはずはないと思ったが、わざと流したんだな」
「そうです。すみません。この国にもいくつか裏の組織が存在していまして、今回動こうとしているのは第四王子派。こいつがアホでどうしようもないんですよ。スイジュ国と戦争を勝手に始めようとしていて、商人のカールフェルトって奴と裏で繋がっていたんです」
村長がやけに丁寧に対応していた商人がそんな名前だったはずだ。
王子と繋がっているってことは、それなりに地位のある奴だったのだろう。
「それで、なんで俺なんだ?」
「私は反対したんですよ。だけど、貴族の方やら他の面々が誰か適任者がいないかと言い出しまして」
「そいつらは俺のことを知っているのか?」
「いや、直接は情報を流していませんので安心してください。あくまでも私が独断で計画しました」
「反対をしたのに、おかしな話だな」
「だって、ほっといたらスイジュ国と戦争ですよ。僕だって始めは放置しておこうと思ったんです。だけど、第四王子が元勇者のキッドを密かに手に入れたという話が入ってきたんです」
「キッドを?」
「はい。腐っても元勇者ですから、その辺りどう絡んでくるかが予想できなかったもので、こちらとしてもできる限り穏便に、そして最大戦力を動かしたかったんです」
「でも、それは俺には関係ない話だろ」
「えぇ、お気持ちはわかります。ですがキッドに対抗できる人材はこの国でもそう多くはありません。幸いにももう通路は破壊されましたので。アネサ村が闇の衣に狙われることはなくなりました。あとはキッドを止められれば一旦は終わりです」
「もう一度言う、俺には関係ない話だろ」
「そんなこと言わないでくださいよ。これが終わればドラゴンを仲間にしていることも、大賢者ドモルテを仲間にしていることも、人魚の女王が仲間にいることも言いませんから」
「それが俺になんのメリットがあるんだ?」
「その情報が回れば、この国だけではなく世界中から追いかけられることになりますよ」
「ドブさん、パパーを脅すつもりなんですね」
パトラがニコリと笑いながら、コップのハーブティーを飲み干すと、ドブは床へと転がり落ちた。
「待って、待ってください。そんなつもりはありません」
「パトラ大丈夫だよ」
「パパー、しつけは大事だよー。この人、パパーにもグリズにも失礼なことをしている自覚がないみたいだから」
パトラはにこやかに笑っているが、魔力を抑えられていない。