ドラゴンの過去3
多くの魔物は人との接触を避け、さらに人がこないような場所へ引きこもるものも多かった。人間の絶大なる力を見てしまったというのもある。
逆に石の魔人などは、比較的弱い魔物たちを率いて強い魔物のいない人間の近くで生活し、やがて魔王と呼ばれるようになった。
石の魔人が作ろうとしたものは弱い魔物が住める魔物の国だった。
彼が守ろうとした魔物はあまりに弱く、自分に似た魔物を作って城を守らせていたりした。
だが、皮肉なことに魔王を裏切った配下によって石の魔人が封印され、魔王城は旧魔王派と新魔王派の二つに分かれたりして上手くはいかなかったそうだ。
それからは、段々と情報がはいってくることはなくなった。
それ以外に、クヌムの仲間に捕まった魔物たちはダンジョンや塔などへ封印された魔物も多いと聞いた。何匹かはダンジョンから逃げ出したものもいたらしいが、ほとんどは逃げることもできずダンジョンのボスにされたり、ダンジョン運営の核に使われたりしたという話だった。
俺は世界中を散歩しながら散らばった仲間の情報を集めていたが、ドラゴンのように数千年単位で生きる魔物は少なく、段々とあの事件を知っているものも少なくなり、俺自身生きていくのが嫌になっていった。
孤独に生きるのにはドラゴンの一生は長すぎたのだ。
生き残った奴らは俺よりも先にどんどん死んでいき、俺はその度に見送っていった。
同じドラゴンだけでつきあっていたら、どれだけ良かっただろうか。
どんどん死んでいく仲間を送りカラフルだった世界はだんだんと色を奪い、白と黒の世界へと変わっていった。
ドラゴン仲間とも段々と疎遠になっていき、俺は誰にも見つからない場所でゆっくり眠ることにした。
もう誰とも会わず、誰にも気づかれない場所……そう思い、雪深い場所で眠ることにした。だけど、そこにも人間たちは現れた。
その頃にはもう、人間は弱くタヌムたちの強さが異常だったことを知っていた。
いっそ静かに眠るために殺してやろうかとも思ったが、どうしても殺すことができなかった。彼らが求めたのは俺の魔力だけだった。鱗などを求めてくるのならどこかへ逃げようかとも思ったが、彼らも俺を起こすつもりはないらしい。
俺はできるだけ静かに眠れるように気がつかないフリをしてそのまま、そいつらに使われてやることにした。
人間たちは、俺から漏れた魔力を地熱エネルギーへと変えて、雪の降り積もる場所を雪が積もらないように変えてしまった。人間はやっぱり面白い。
食事をする必要性がほぼなかった俺はそのままうつらうつらと眠りにつく。起きるとたまに人が変わっていたりしたが、彼らは基本変わらなかった。
人間たちの寿命なんて俺からすれば一眠りだった。
俺の封印は、できるだけ俺の負担にならないように作られていた。
快適な眠りは、幸せだった頃を思い出させてくれた。クヌムがいて、仲間のドラゴンが沢山いて、そして他の種族もいた頃。
思い出すだけで涙がでそうなくらい切ない記憶。永遠に終わることがないと思っていた世界。夢の中で何度も思い出す。クヌムの言葉。
『俺は混沌よりも小さな幸せを日々感じていたいけれどな』
彼がどう思っていたのかをそれ以上聞くことはできなかったし、あれ以来彼にも彼の仲間にも会うことはなかった。あれだけの脅威は忽然と消えてしまった。
あの頃見ていた世界は、幸せだということすら認識していなかった。
もし、あの日別れるということを知っていたなら、俺はなんて言葉をかけてやるのが正解だったのだろう。何を話せばあんな最後にならなかったのだろうか。
そんなことを考えてしまう。
答えがないことだというのはわかっているが、それでも、俺が何かすれば変わったのじゃないか。
寿命が長いドラゴンにとって、家族の大切さなんて思ってもいなかった。
うるさくてめんどくさくて、当たり前にあると思っていたものが一瞬で奪われる。俺たちは絶対的な強者だと思っていた。あと何千年と一緒にいると思っていた家族はあの日一瞬でバラバラになった。
眠りながらもずっと考える。
もし、あの日が最後だとわかっていたら、永遠に続くと思っていた家族になんて伝えるのが正解だったのだろう。
最強だと思っていた俺たちの世界は、人間の手によってあっという間に壊された。
それでも憎めない俺はドラゴンとして失格なのじゃないか。
遠い未来でいつかは死ぬことをわかっていた。
でも、それはあの日だとは思っていなかった。
果たせなかった約束も沢山あった。
永い時間があると思っていつか、見に行こうと思っていた景色も。
いつか行こうと話していた温泉も。
いつかやろうとしていた決闘も。
いつか一緒に回ろうと誓った世界も。
なにもかも、どれ一つとしてやることはできたのに、それを行動に移すことはなかった。
当たり前のようにやってくると思っていた明日は、決められたものではなかったと、あの時の俺は知らなかった。
もっと親父の経験を聞いておけばよかったし、もっと母親から魔力の操作を教わっておけばよかった。
大好きだった片思いのあの子に告白して大切だと伝えておけばよかった。
先送りにしたことは叶えることができずにすべて終わってしまった。
時々、そんなことを思い出しながらも、俺は夢の中へと逃げ込んだ。見たくない現実も、思い出したくない現実もすべてを忘れて幸せな日々だけの世界。
だけど、人間はやっぱり俺を静かに寝かせてはくれなかった。
変な魔力で俺のことを起こそうとしてきた。その魔力は懐かしい奴に似た粗悪品だった。
何か月もかけてゆっくりと俺の睡眠を邪魔してきた。最初はたいしたことじゃないと思っていた。だけど、少しずつ強力になって俺を縛り付ける魔力にいいかげんうんざりした。
そしていよいよ。そいつらは俺の封印まで解いてきたんだ。
いつでも破れる結界を、破らないように気を使っていたのに。
もう加減してやるもんか。
そう思って起き出した俺だったが、実際に外にでて人間を見るとどうしても殺すことはできなかった。結局街も狙うことができず、誰も人がいない場所に炎を放って嫌がらせをすることした。