ドモルテの味覚
俺たちの目の前にはアネサ村で作られた郷土料理と、箱庭産の料理が並べられていた。
アネサ村の料理には鶏肉を香草でこんがりシューシー焼いたものや、どこかに川でもあるのか、川魚のムニエル、山菜のおひたしに、山菜のサラダなど山の料理が盛り沢山だった。
山菜は雪山では採れないが、この村の中の畑で色々作っているとのことだった。
箱庭産の料理はキャベッツのサラダに始まり、保存してあったお肉を豪快に焼いた箱庭名物甘辛ダレのこんがりお肉を始めとした料理が並べられている。
まさか、この村の人たちとこんな風になるとは思っていなかったが、旅のだいご味はこの交流にあったりする。
「それでは、ロックさんとの出会いにカンパーイ」
ギーチンが大きな声を上げながらコップを高々と突き上げた。
みんなが一斉にカンパーイと声をあげたあとに、飲み物を一気に飲み干した。
明日、この村にスイジュ国が襲ってくるとは思えないほど緊張感の欠片もなかった。
そんな俺の考えを見透かしたようにギーチンが絡んできた。
「大丈夫だって。さすがに今日は襲ってやきやしないよ。それよりも気をつけないといけないのはロックさんの方だからな。とりあえず、飲もうぜ」
ギーチンに煽られて俺も頂くことにする。
そういえば、箱庭産のお酒もあるはずだ。
「ガーゴイルくん、箱庭産のお酒ってここのみんなで飲むくらいの量はあるの?」
「もちろんありますよ」
ガーゴイルくんは箱庭に戻ると、大きな樽を持って戻ってきた。
樽がでてきただけで、バナーナのフルーティな香りがしてくる。
この甘い香りと口当たりの良さはかなり危険なお酒だと思う。気軽にゴクゴクと飲まるが、意外にアルコール度数が高い。
「ガーゴイルくん、それをぜひ飲んでもらってくれ。ギーチン、ここにどうせならマルグレットも呼びたいんだけどいいか? ドモルテのお礼をしたいんだ」
「おぅ呼べ呼べ! 実は俺たちも仲良くしたいんだけどよ。村長とか上役ったいがうっさくて。でもここに、ロックさんが監禁されているわけだからな。向こうから訪ねてくるのは問題ない」
「わかった。ドモルテ、ひとっ走り行ってきてくれるか?」
「いいですよ。あっでも私の箱庭産のお酒残しておいてくれないとダメですよ?」
「そう簡単にはなくならだろ。あの酒飲みやすいけど、強いからな」
ドモルテがあれを見ろとでも言うように視線を動かすと、ガーゴイルくんと村の人々が楽しそうに飲み比べを始めていた。大きなジョッキを持ってもの凄い勢いで乾杯を繰り返しながら飲んでいる。
大丈夫か……? あの強い酒をあんな勢いよく飲んで。
それにしても、ガーゴイルくんが村人と打ち解けるのがはやかった。
樽を持ってきて数分で、村人たちに振舞って会話に入っている。
パトラたち年少組には真似できない、大人の社交スキルだ。
「あの様子じゃ俺には止められないから、早く行ってきてくれ」
「もう、私ばっかり単独行動寂しいなー」
「話しているうちにどんどん酒なくなるぞ」
「急いて行ってきます」
ドラゴンが封印されている洞窟が近かったおかげか、ドモルテはすぐに戻ってきた。
「連れてきたぞ。私ばっかりこきつかって、いじけちゃうからな」
「ドモルテは好奇心旺盛だからな。それにマルグレットは他の人間が予備にはいけないだろ」
「ひゃっはは、なんだこんな場所に呼んで。私を嫌っている村人までいるじゃないか」
「せっかくなので、村の人たちもあわせて一緒に飲もうかと思いまして。いきなり誘ってしまってすみません」
「ひゃっはは、そんなの村の連中が許すわけないだろ」
「俺たちはかまわないぜ。むしろ、どちらかというとマルグレットとは直接話すことがないが感謝しているんだよ。ただ、上役たちがめんどくせぇからな」
「あいつらは肝っ玉が小さいからね」
最初の印象としては、マルグレットもギーチンも悪くない。
「まぁいきなり仲良くは無理かもしれませんが、今日は細かいことは言いっこなしってことにして、美味しい食事とお酒でも飲みましょう」
さっそくガーゴイルくんがドモルテの分と二人分酒を持ってきてくれた。
「このいい香りは……ひゃっはは、これだけ生きてきた中で初めてこんなに熟成されたバナーナのいい香りを嗅いだわい。こんなに心躍る香りは初めてだよ」
「味も驚くと思いますよ」
マルグレッドは鼻をピクピクさせて、香りを十分堪能すると、コップにゆっくりと口をつける。
「どれ……ひゃっはは! これは美味い。お酒だと言われなければわからずにグビグビいくところだったわ。これでドモルテを酔わせて手籠めにするためのか? お主も悪よのう」
「いや、ドモルテはお酒は酔わないし、味覚もないぞ」
「ん? あれだけの魔法を使えるのに味覚は作っていないのか? リッチに味覚をつけるのなんて簡単なのに」
「えっ? ドモルテの味覚って作れるのか」
「ひゃっはは、そんなの余裕じゃよ。ほれドモルテ口を開けてごらん」
マルグレットがドモルテの口の中に思いっきり手を突っ込む。
「ふんが、ふんが、ふんが!」
ドモルテが苦しんでいるが、マルグレットはそのまま問答無用で口の中でしばらくいれてかき混ぜると、一気に引き抜く。
「これでちょっと飲んでみなさい。ついでにドモルテが食べたものを少し時間はかかるが魔力へ換算できるようにしてやったから。これで普通の人間と同じように楽しめるぞ。ひゃっはは!」
ドモルテは言われるがままに、料理を一つとって口の中に入れてみる。
彼女顔に驚きと、満面の笑みがこぼれる。
「すごっい! 本当に味覚が戻った!」
「なんだ? 病気かなにかだったのか? これはお祝いだな。ほら、飲め!」
ギーチンがまた乾杯と大きな声で音頭をとり、みんながグラスを飲み干した。
そういえば、ドモルテには色々聞きたいことがあったのを思い出すが……今は死ぬほど酒を飲み、ご飯を食べ始めていた。
「ドモルテ様に味覚が戻ったなんて奇跡ね! もっと料理を食べてください」
リリがドモルテにどんどんお酒と料理を運んでいく。
久しぶりに味覚が戻ったわけだからな。邪魔しちゃ悪い。
まわりを見渡してみると、いつの間に起きたのかイバンがシャノンと一緒に話をしながらご飯を食べていた。
無理矢理気絶させてしまったが、どうやら落ち着いてくれたようだ。
さすがシャノンだ。
ガーゴイルくんは……村人たちの前で、宴会芸なのか独特な踊りを披露し始めていた。
だいぶはしゃいているようだ。ガーゴイルくんも結構飲んでいるようだからな。
ガーゴイルくんの動きにあわせて、メロウは水魔法を使って、歌を歌っている。
村には娯楽がすくないのか、男女年齢問わずにメロウの姿にうっとりしていた。
あれ……いや、気のせいだろう。ガーゴイルくんが一生懸命謎の踊りをして、メロウが水魔法でそれを演出しているのに、誰一人ガーゴイルくんを見ていない気がする……多分俺の気のせいだ。
かませ犬という言葉が頭をよぎるが、俺だけは心の中でガーゴイルくんを応援している。
「おぉ、ロックちゃんと飲んでいるか?」
アンドが横の席に来て聞いてきた。
「ぼちぼち飲んでるよ。わざわざ来てくれてありがとうな」
「なに、別に気にすんなって。俺とロックの仲だろう。あっそういえばこれをやるよ」
「なんだ?」
アンドが麻でできた小さな袋を渡してきた。
中から、じゃらじゃらと音がしている。
「雪茶の種だ。まぁ、ある程度寒くないと育たないんだけど。ロックは規格外だからな。なんとか栽培してしまいそうだからな」
「いいのか? この村の名産品じゃないのか?」
「名産なのは間違いないが、育てられないだけで別に売ってないわけではないからな。今回こんなことになったお詫びもかねてだ。実際村長はあいつらのことを信用しているが、商人でもない人間が入り込むこと自体がおかしいんだ。そう簡単にあの入口が見つかるわけないんだからな」
「アンドも向こうへ行ったことがあるのか?」
「んっあっ酒を飲みすぎて記憶をなくす気がする。いいか、俺は今酔っ払いだ」
アンドはそういって念を押して、お酒を一口飲んでから話し始めた。
「もちろん行ったことあるぞ。この村にはどこで噂を聞きつけてくるのか、スイジュ国へ行きたいって奴がたまにくるんだよ。そういう奴らをこの村は脱出させるビジネスもやっているんだ」
コロン村で聞いた噂を思い出す。
この村に行った人が帰ってことないとかいうのは、つまり他国へ逃げていたということだろう。ただの田舎の村かと思ったら、やっている内容がどれもヤバすぎる。
そうでなければ、この雪に覆われた村では生き残れなかったのかもしれないが。
「ロック、あくまでも酒飲んでいるからな。明日は忘れているからな」
「わかってるよ」
わざと酒のせいにして話してくれているのだろう。
村の人たちとの宴会はそのまま深夜まで続いた。
なんだかんだで、ギーチンとマルグレットが少しぎこちない笑顔で話していたのが、この日一番の収穫だった気がする。