村の危機を伝えにいったが、まさかの……信頼度の問題
村長の家の近くまで行くと雪茶のいい香りがしてきた。
この爽やかな香りは何度嗅いでもいい匂いだ。俺も一杯頂きたくなってしまうが、今はそれどころではない。
村長の家の前に行って扉をコン、コンと叩く。
「村長、いらっしゃいますか?」
中から足音を立てながら少し不機嫌そうな顔で、村長がドアから顔をだしてきた。
「なんだ? 今お茶をいれたところで、あまり蒸し過ぎると渋みがでてくるんだよ。用件があるなら、お茶を飲んだ後にしてくれないか」
どれだけマイペースな村長なのだろう。
この村が危険にさらされるなんてことは、もちろん知らないし、のんびりしているのも仕方がないことだが、俺たちはティータイムよりも扱いが下らしい。
「村長、雪山で遊んでいたらスイジュ国の奴らが洞窟を使ってやってきていまして、いきなり襲われたんです。明日この村を襲う計画があるらしいですよ」
「おまっ! なんで洞窟のことを知っているんだ。あれはスイジュ国の商人との密約で……」
そこまで言ってから、村長はしまったという顔をして、視線を俺からそらす。
今さらもう知っていることだから、隠されたところでどうしようもないんだけど。
「スイジュ国との通路は彼らの自白で見つけましたよ。ただ、それについてどうこう言うつもりはありません。それよりも、彼らはこの村の雪結石や、雪茶、ドラゴンを狙っているようです。対策を立てないと大変なことになりますよ」
通路に関しては俺たちが調べていたことは言わない方がいいだろう。
ここで変な疑いを持たれてもいいことはない。あくまでも偶然見つけたのだ。
なんて思っていたが、村長が俺たちのことを疎ましく思っているというのをすっかり忘れていた。
「そんなバカなことがあるか。彼らとはいい取引きができているんだ。なんでこの村を襲う必要があるというんだ。バカバカしい」
「この村が無くなっても誰にも気がつかれないからでしょうね。他の村との交流が極端に少なくて、でも名産品は高値で取引きされているわけですからね。ドラゴンを解放すればこの国を混乱に陥れられますから、そうなればこの村が消失しても自然ですからね」
村長は信じられないといった顔で、俺の方を見てくるが、その可能性が高い以上どうしようもない。それよりも今はここで押し問答しているよりも対策を考えた方がいい。
「お前、いい加減にしろよ! 村のことは村で決める。変な噂を流したら承知しないからな!」
「まだ信じられないと思いますが、あそこに捕まえた男たちから直接話を聞いてみてください」
ラッキーが引っ張って来たそりの上には、顔面が蒼白となりぐったりとした兵士たちが、そりから顔をだし、胃の中にあった内容物を道端に散乱させていた。
ラッキーがパタパタと尻尾で風を起こして臭いを飛ばしている。相当臭いのか、顔をしかめて、少し涙目になっていた。
い……フェンリルは鼻がいいからな。
「なんてことをしてくれたんだ! スイジュ国の人間がそんなことをするはずないだろう。すぐに縄をほどきなさい」
今までの俺の話聞いていたのだろうか。
村長は俺の話よりも、スイジュ国の方を信じたいようだ。
「村長さん、それはどういうことですか。俺たちは彼らに襲われて仕方がなく捕まえたんですよ。それなのに縄をほどけって。あんなところに隠し通路があることも問題ですし、国家間の問題になりますよ!」
「村長! そいつは頭がおかしいんだ。早くこの縄をほどけ」
騎士の男がやっと顔をあげると、村長にそう告げた。
「もっ、申し訳ありません」
「村長さん、ロックさんったちは本当に彼らに襲われたんだよ」
俺たちをかばってくれたのは、一緒に来たイバンだった。
イバンは幼い身体を震わせ、村長の前に立ってくれる。
かなり勇気を持って言ってくれているのは間違いない。
「またお前か……なるほど。子供の戯言に付きあわされたんですね」
村長は家の中から短剣をとってくる。
「こいつらを解放するってことですか?」
「えぇ、もちろんです。そんなガキの言うことを信じるなんて恥ずかしい。これだから外の人間は信用ならないんだ」
イバンの行動は俺たちにとって逆効果になってしまった。
彼は悔しそうに地面に視線を落とし、両手を握りしめていた。
「村長さん! 話のわかる方で良かった。本当にこの人たちにいきなり襲われて。私たちはただ洞窟があったから調査しにきただけなのに、本当にひどい。これは帰ってから上に報告させて頂きますからね! もしかしたら国交問題になるかもしれませんが、覚悟しておいてください」
あれほどへばっていた騎士の男が急に息を吹き返した。
「本当だ! こんな理不尽なことが許されるわけないだろ!」
杖の男や他の男までが騒ぎ出し、村の真ん中で大声をあげたことで、他の村の人たちが段々と集まってきた。
「村長、ロックさんどうしたんです?」
家が近かったのか、アンドとその弟のリスタがすぐにやってきた。
手には護身用なのか、剣を持ってきている。
「アンド、ロックとそこのガキをゴルゴルの洞窟へ連れて行け。スイジュ国の方と話をするのに邪魔になる」
「なんでですか?」
「兄貴いいんだよ。村長の命令なんだから!」
リスタが持っていた短剣を俺たちの方へ向けてきた。
『ガルル』
「うわぁっ!」
ラッキーがかなり抑えめに威圧してくれたが、リスタだけじゃなくて他の村の人たちまで急にビックリしてしまい、何人かはそのまま家の中に戻ってしまった。
「ラッキー大丈夫だよ」
リスタ尻もちをはついてしまい、目には恐怖が宿っている。
あまり良くない傾向だ。
アンドはリスタが持っていた短剣を拾うと、そのまま敵意がないと近くに放り投げた。
『ロック信用って大事だな』
「まったくだ」
「ロックさん、これはどういうことなんですか?」
アンドに村長に説明したことと同じことを説明する。
村長よりはまだ俺の話をちゃんと聞いてくれた。
「なるほど。それが本当だったら大変なことになりますね」
「アンド! 私の命令が聞けないのか!」
『ロック。どうするんだ? このまま逃げるなら逃げられるぞ』
「いや、大人しく言うことを聞こう。アンドさんその場所に連れて行ってください。村長がこの人たちをスイジュ国へ帰さなければ、明日の夜になればわかります。ラッキーは中に入ってて」
『あいよ』
ラッキーが箱庭の中に消えていくと、村長はさっそくスイジュ国の人間のロープをきっていった。騎士の男は腕をさすりながら勝ち誇ったように俺の方を見てきた。
「まったく、信頼というのは大切なものだな。冒険者なんていう下級の仕事をしていると信用すらしてもらえないんだからな」
「そうだ、そうだ! 冒険者なんてクソみたいな奴らしかいないんだからな。兄貴もいい加減目を覚ました方がいいよ」
「リスタは少し黙ってろ。ロックさん申し訳ありません」
「いや、俺もここまで話を聞いてもらえないとは思っていなかったよ」
アンドだけは俺の言うことを信じてくれているようだったが、他の村の住民の視線が痛い。どうやら、彼らからすれば俺は大切な取引先に危害を与えた乱暴者という印象なのだろう。
「そうやって……誰も僕の言うことなんて聞いてくれないんだから」
イバンの肩に優しく手をおく。
「大丈夫だよ。俺たちはイバンのことを信用してるから。村長明日の夜にはすべてがわかります。その男たちを解放しないことと、少しでも警戒されることを祈ってますよ」
「明日の夜だな。アンド、ロックさんたちをゴルゴルの洞窟で明後日の朝まで入っていてもらえ、明日の夜何もなければ、今回の騒動について責任をとってもらうからな。スイジュ国の方々もお手数をおかけしますが、明後日の朝までお付き合い願います。さすがに私たちもこいつを懲らしめる必要がありますから」
「そんなことを言って、もし、スイジュ国の奴らが襲ってきたらどうするんですか?」
「その時は、いくらでも雪茶でも雪結石でもくれてやろう。でも、そんなことは起こらない」
「まったくです。最近の若い奴は何を考えているのか、わかりませんね。陰謀論とかなんのメリットもないことばかり。まったくバカバカしい」
騎士の男は言いたい放題俺たちに言ってくる。
どうにかしたいが、ここで暴れても信用を得ることは難しい。
もう、いっそのこと襲われてくれた方が対応は楽な気がする。
それにしても……わざわざこんな扱いを受けてまでこの村を助けようとしている俺も、とんだあまちゃんだ。
俺とイバンはアンドの案内で、村長が言っている洞窟へと行くことになった。