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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

The Center of the Garden alternative 箱田幸弘の憂鬱

作者: 木更津凪

時は2001年、2月2日。

世界は原因不明の病気により滅亡の危機を迎えた。

その名は、「白雪姫症候群」。すなわち人類の精神の死が訪れたのである。


その場にいたのはアメリカの新興宗教団体「The Center of the ark」の教祖である永附ながつき苑珠。

当時、信者に向けて演説をしていた言葉から始まる。

「そして愛というのは永遠でないといけないのです。

例えその先に仏や神に反する物があっても私たちはもはやそれを乗り越える力があるのです。

そのためには愛というのは私たちがみんな持っている希望なのです。そして、愛をなくして、この世界の幸いというのは実現しないのです、そう、愛なくして理想の世界を築くことはできません。でもおそれることはありません、愛は私たちの中にあるのです。私たち一人一人にあふれているこの愛こそがこれからの世界を形作り、さらには私たちの心の形を変えて自らの心のあり方を変える事で理想へと近づく…」

その演説の最中に、異常現象は起きた。

その演壇の会場全体に謎の魔方陣が現れたのである、ただし、魔道士アーノルド・ヨハネスブルクはその場にいたらこう言っただろう「アースアストラル」と。

その魔方陣から浮き出る奇妙なオーラに包まれて、信者達は心を、魂を吸い取られていった。

心を真っ白にされ、頭の中を割られ、謎の触手に思考を奪われていく信者達、それは壇上に立った苑珠すらも例外ではなかった。

さらに膨らみ出す、薄ら寒いオーラの触手の波、この大いなる虚無の波が会場だけでなく、アメリカ全土、日本、そして世界へと広がっていった。


しかし、その現象はいまや世界中の記録に残っていない。

ただ現実の記録として、延べ2億人が死亡し、10億以上の人間が精神崩壊に陥ったのである。


大変だったのはその後の対応だ。崩壊した被害者の生活の維持のための人員が不足した。

そのため、年幾ばくもない子供に医療技術を身につけさせなければいけないと考えた当時の総理大臣小川昇平は「メディカルシグナル」法を強制的に通過させたのである。

それは、高校生の希望に合わせて、医療技術の赤、介護医療のオレンジ、精神医療の青にあわせて、白雪姫症候群の被害者のケアのためボランティアとして補佐させるものであり、長い間子供達は苦しんでいた。

そして、時は流れて2016年の秋へと移る。

場所は神戸、ここは何カ所にまとめられている白雪姫症候群被害者の慰霊塔である。その塔は流形体のセレモニーホールに囲まれて、たくさんのシンプルな位牌が集められている。

その位牌はがらんどうの空間と相まって、虚無な時代を思い起こさせるような苦痛を与える、それも、あの危機の心象風景なのかも知れない。

そんななか、綿貫高明の母、綿貫幸子の位牌もあった。高明のそばには、ガールフレンドである香坂五月もいる。

「ここにあなたのお母さんもいるのね、高明」

五月は知らない空間に戸惑いながら呟く。

「まあね、ちょっと弱かったかも知れないけど、いい人だったよ、あの事象さえなかったら…ね」

「あの事件はやめて!思い出したくもないわ」

「でも、起きてしまったことは仕方ないし人はいつかすべてこのようにいなくなってしまう」

「………でも……」

言いたいことは言えないが、どことなく納得しそうな自分がいて戸惑っている五月。

「人間って意外とあっけなく死んでしまうかもしれないけど、それでも生きた思い出は残ってしまうよね」

位牌の前に好きだったスイトピーを生ける高明。二人とも喪服の姿で来ている。

「ありがとう、お母さん……そして、またいつか会おう、ね」

二人は慰霊塔を後にして地下鉄の駅へと向かう。

「でもあの関東のヨルムンガンドがおわっても、世界の風景は全く変わっていないのね…本当、理不尽ね」

「まあ、でもよかったこともあったよ」

空を見上げながら、高明は呟くように話し続ける

「たくさんの人に出会ったし、貴重な体験もできた、それは僕にとって宝物だよ」

「八咫烏、明星舎、そしてエージェントメイデン…」

「本来触れちゃ生けない物に触れてしまったが為に関わった人たち、みんないい人だった、終わってみれば悪い人なんかいなかったんだ」

「そうかしら、やっぱり悪い人はいたと思うわ、いい人だけではここまでたどり着いていないと思うの」

「五月にはそう見えるかも知れないね、なにせ最初の風景が悪い人ばかりだったからね、辛い経験をけすことができないのはしょうがない」

作り笑いをする高明。「でもね、やっぱり僕には悪い人というのはいない、そう思わざるを得ないんだ」

「ただ、悪い嵐に巻き込まれて、自分を見失う人がいる、それだけと思うんだ…」

「それはちょっと面白がりすぎだと思うの、高明、それはちょっと危ういわ」


心臓の心拍数が完全に止まった。

というより、意図的に止められた方が正解と言うべきか。

この春に通った「特定災害指定保護法」による最初の安楽死の案件の適用者、和昭翔子。

彼女の人生は舌筆に尽くしがたい、捨てられた村「応仁村」の被害者稲村明菜のエピソードをはるかに超えるその残酷さは日本の国体を揺るがすものであった。

なにせ、彼女が巻き込まれた事象は1970年代当時の宗教団体まるごとを消去する、全共闘の罪の女安田典子の山奥の事件、これは表に出ている「浅間山山荘事件」を遙かに超える犠牲者を伴っていた。

この事件こそが最初の白雪姫症候群ではないかと考える識者もいるくらいの精神の崩壊劇、これも日本の八咫烏の汚点の一つである。

なにより一番危険だったのは、彼女がホワイトブランクとリンクしてることでロシア側の間者と思われた点である、このログは八咫烏の神崎社会研究所のデータバンクに残っている。

幸いだったのはその死に顔が安らかだったことである。安楽死とはこんなに簡単だったのかと、医療関係者は安堵する。

常に死と向き合っている医療関係者にとって、長すぎる生の維持というのも悩みの種であり、これが負担になる白雪姫症候群被害者家族の救いになればと考えてしまっているのである。


しかし、現実は関係者たちのように簡単にいかない。

原因不明の疫病が原因とは言え、人の死を簡単に操作できるという発想は市井の市民にとって問題であった。

現にSNSやネットではその反論がメディアによって埋め尽くされてしまい、全国各地では法案の破棄を要求する運動でいっぱいになっている。

その姿は、かつての安保反対運動空続いている空気の繰り返しにも似ている。

しかし、その熱が熱いのも都会のリベラル層のみであり、地方では隠された白雪姫症候群の真実を知りたい気持と被害者のケアで苦しんでいる日常の続きで精一杯だ。

さらに悲しいことにこの地方の声なき声は国の中枢部に届くことはない、八咫烏なき国家はここにはなく、それらを取り巻く人間達に囲まれた行政は声を聞く気がないのだ。


今日もまた反対運動のデモが神戸で行われている。


「神は天にいるけど…」

「相変わらず世はこともなし、かあ、辛いところね」

「でも、僕たちにできることは横浜のあの事件でやり尽くした」

「でもここにいる人には決して知られることがない…闇の組織の成功例って辛い物ね」

高明と五月は冷ややかに見つめながら、デモ隊の流れを見ている。

その光景は頭が痛くなるような文字デザインと甲高い声、不快のデザインを寄せ集めたらこうなるのかと思いたくなる位のもので、洗練された神戸には似つかわしい。

その強烈さに食欲を失ってしまった五月は、

「じゃ、東京に帰るわね、独りぼっちはさみしいけど来春にはこっち来るよね?」

「ああ、絶対早稲田大学に合格してやる、打倒大学受験だ!」

地下鉄の入り口でエイエイオーをする二人、その姿は希望に満ちている。


それがライブカメラに映ったのは偶然か必然か。

それを16分割でパソコンで見ているアラブ人の名前は、モハメドカーレッド。

滞在しているホテルは、分かりやすいほどに豪華でちょっとアールデコ調のテイストが富豪らしい空気を醸し出している。

そこに横たわる女性、首には絞殺の跡が、性器には乱暴に交渉した痕跡が残っている。しかし、愉悦とはほど遠いつまんなそうな顔をしている。

「どうしましょう、おぼっちゃま」

「いつものことさ、東京湾のエサにでもくれてやれ」

執事は肉屋の解体のように黙々と女性の身体を解体し、Amazonの箱サイズに詰めていく。


ブランクホワイトの中でも最も危険な男の一人である、この男。

あらゆる残虐行為をアラーの神の名の元の正義と称して思いっきり楽しんでいた。

ただしアラーとの契約が大前提としてあるため、彼のあらゆる悪行を咎められる神的存在はいない、これはかつてのシオン民と同じことを知り切っているから出来る話。

湾岸戦争以降、武器商人として地位を上げていった彼は、気まぐれな性格と共感性が欠落した性質から徐々にブランクホワイトに傾倒し、2000年にはアメリカのグラウンドゼロ案件の関係者にまで上り詰める。

また、20代頭の頃旧約の民の伝承をもとに12人の日本女性と交配しそこで生まれた子に12ヶ月の暦の名を与えていたりもした。

もちろん戯れの遊びなので認知もしないし養育費も出さないが、どう育っていくかどうかだけは随時追いかけているようである。


そのきっかけは、アラブの果ての村の一風習であった割礼の儀式にある。

最果ての魔女の家で割礼の儀式の直後に、マスターベーションと母との性交渉を行ったがために女性に対する強烈な憎悪と羞恥。

「どうして僕を捨てたの?」その叫びに対する無常が彼の心を容赦なく崩壊させる。

捨てた自分が実は選ばれていたという強い快楽、そして、それに対する関係者への断罪のスッキリした思い。

それがその後のカーレッドの人生に快楽と愉悦をもたらし、その快楽をブランクホワイトの秘匿に詰め込もうとする。

愉悦を巡る問題に行き詰まった回答を求めていたブランク陣営にとって、彼の思考は至高そのものであり最終的に最終領域のシンボルの地位へと上り詰めることになる。

彼の言葉は、悪辣で有りながら善性に満ちた、かつてベラルドヴィッチが行き着いた「深遠」と同義に感じられたのである。

そんな彼の人生にもたまには普通の時があったりした、それは五月の母との一年の蜜月。

結局、表の石油王の仕事が重なったのもあり、軽い気持で「別れた」が、時々、彼女に似た五月は気になったりする。

その姿は、心の歪んだ父親のメンタリティーに近いかも知れない、でも手を出さないのが彼なりの美学だったりする。

今日も五月の姿を眺めるカーレッド、ニヒリスティックに微笑む姿はちょっと怪しい。

「やはり女は女、に行き着くか…」


ところで時は少し巻き戻して同年1月。

舞台は横浜に移る、場所は横浜駅近くの病院。

箱田幸弘は中々直らない美香の様態に苦悩の顔を埋めていた。

自分には決して見せなかった、泉郷清明との関係性の複雑さ。

そして彼に付けられただろう深いみぞおち辺りの傷、その傷が二人の関係性を象徴しているかのように見える。

ずっと妻としては従順であると思っていた幸弘にとってこの横浜案件は精神的にも衝撃的な事件でもあった。

裏切られたような、でもいとおしいような、複雑な感情、お前もそんな感情を抱いていたのか、彼女の容態を考える度にそんな精神の袋小路に入り込ませる。

すべてはもっと前にあの男の真意にたどり着いていれば…

「間に合わなかった…」

「だったら、どうすればいいんだ、美香?」

うなだれる幸弘。

カットバックのように映し出される横浜案件の風景、壊される横浜、そのヘシュファイの笑顔が泉郷清明と重なるようになる

「くそっ!」

壁を殴る。その頑丈さに手を痛める。血すらにじみ出ている。

その時、遠くから、女性らしい靴の音がした、ちょっと細めのショートカット。

美香と幸弘の同期の明星舎サークルの友人、かと奈緒子が台湾から駆けつけたのである。

「ひさしぶりね、箱田さん」

かと…」

「ごめんね、最近結婚してウォン(王)の性を名乗ってるの、王奈緒子、と言えばいいのかな」

「わざわざ駆けつけてきたんだ」

「まあ、あの子友達いないからね、アタシが駆けつけなくてどうするのという感じね」

ちょっとつっけんどんに対応する幸弘、イライラしていることもありうまく対応できない。

「まあ、怒らないで、実はメイデンの仕事でもあるの」

「実は、”エージェント"はブランクと全面戦争に踏み切ることにしたわ」

「ついにブランクのシンボルがアラブの石油王になったの、あの男の危険さは秀明さんか美香から聞いているでしょ」

「確かに知ってはいるが、そこまで事態は切羽詰まっているのか」

「すでに2000年のラッパは吹かれているでしょ、アレに彼の関与があったって痕跡を見つけたの」

「アメリカのグラウンドゼロ(911)か?あれはあくまで表の事象に過ぎないと」

「そうじゃないの、結局、物語は新段階に映った、そんな黙示録の最初のラッパを吹いたのが彼である以上、黙示録を更新しなければならない段階に来ているの」

「俺に何が言いたい?」

「おそらくは、あなたの分野にも影響が起きるかも知れない、いや寧ろ考えるべきは美香不在時のオルタ起動ルールね」

「オルタはいいが、今の気分じゃ聞きたくない」

「そういえば、秀明さんはどこ?まさか妹を放ってどっかいったはないよね」

「それが…実は奥入瀬の実家に戻っているんだ…荷物取りに行くとか言って」


東奥入瀬村、今はもう少し人口も増えて奥入瀬市になっている。

そんな青森の秘境に神崎家の社、奥入瀬神社はある。

由来は平安の末期、源氏の追っ手に追われた静御前がこの際果ての社で子供を身ごもったの、さらにはその目が緑などとよく分からないが、とにかくこの社の神主は代々緑の目をしていることで知られている。

緑の目はこの国には珍しくかつては虐殺もあったようだが、そんなことは最果ての村には関係なくゆったりと時間は過ぎている。

なお、この街にはそれにともなう偽書の冒険があるがこれはタブーを渡り歩くバルトリーニと戦前の地方都市を巡る物語に託しておきたい。


そんな奥入瀬市に少女がやって来た。

おかっぱの頭と幼い顔に似つかわしくない巨乳、そしてその割には締まっているプロポーション。

ちょっとお腹を押さえている、ちょっと何かが動いたような、ちょっとした直感。

実家からの遠い距離を歩くのはそんな苦しくない、苦しいのは、この現実をあの人に伝えること…

民宿から2時間ほど歩いたところにやっと見つけた奥入瀬神社。

その社は、下手な神社よりも立派だがそこに至るまでの階段は高い。

でも、なぜか苦痛には感じない彼女の姿があった。

「ここが、神崎の社か(やしろ)…」


「楽園に関する物語考察」はエージェントメイデンの物語へ続く…

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