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モブキャラに恋しました  作者: EAU
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1年目夏休み 夏休み突入!!

 夏休み初日、今日は妹のみかんを連れてサッカー観戦だ。

 みかんは何の迷いもなく貰ったユニフォームを着ている。


 やっぱり何度見ても感動する。

 あの元日本代表の選手が、直々に書いてくれたサイン。

 そして本当かどうかは分からないけど、用意してくれたチケット。


 チケットを貰ってからバイトで直接会うことはできなかった。

 だからまだお礼も言っていない。

 紗栄子さんにも直接お礼が言いたいと頼んでいるが、ここ最近喫茶店に姿を見せないらしい。

 その理由は、スタジアムに向かう車の中で彩夏が教えてくれた。



 この日も彩夏の兄の晃さんが車でスタジアムまで送ってくれた。

「今日はよろしくお願いします!!」

と、大きな元気な声で挨拶したみかんを、晃さんはたいそう気に入ってくれた。

 助手席にみかんが座り、晃さんと話が弾む中、後部座席に座った俺は、彩夏からお目当ての選手が喫茶店に来ない理由を聞いた。

「今、連勝していて調子がいいので、練習に集中したいそうです」

 彩夏が言うには、ゴールデンウィーク初日に行われた試合から負けなしらしい。クラブも10年前の連勝記録に並ぶほどの快進撃を繰り広げており、この勢いを落とさない為にもチーム一丸となって練習に励んでいるようだ。

 お目当ての選手は、朝早くから夜遅くまで練習場にいるようで、喫茶店まで来る時間が無くなったそうだ。

「ちゃんとお礼が言いたかったのに…」

 ポツリと呟いた俺の一言に、

「スタジアムに足を運ぶことが一番のお礼ですよ」

と、彩夏は笑顔で返してくれた。


 その笑顔にドキッとした。

 ただのモブキャラなのに、何でときめくんだ?

 いつもの優等生スタイルではないからか?


 いやいや、彼女はただのモブキャラだ。

 俺の心は美咲にある。

 これはときめきではない。


 そう自分に言い聞かせた。



 スタジアムに着くと、前回と同様、広場にはテントが建ち並び、同じサックスブルーのユニフォームを着た人や、対戦相手であろうユニフォームを着た人で溢れ返っていた。

 想像以上の人出に、みかんはポカーンと口を開けて佇んでいた。


 こりゃ、実際に客席に座ったら、もっと固まるな、こいつは。


 今回の席は前回とは違い、メインスタンドの中央付近らしい。

 彩夏如く、

「この間座ったボックス席より2ブロック中央寄りですね。前から3列目です」

と、座席の番号を見ただけで言い当てた。

 なんでわかるんだ?

 事前に調べてくれたのかな?


 晃さんはいつもの席で見ると言って、別行動になった。本来彩夏が座るはずだったボックス席は、晃さんの彼女が譲り受けたらしい。

 俺とみかんと彩夏で広場の中でおこなられているイベントやグルメなどを堪能していると、みかんが急に辺りをキョロキョロと見渡し始めた。

「どうした?」

「あ…ううん、なんでもない」

 そう言いながらも、みかんは誰かを探しているようだ。

 入口ゲート付近に人が集まりだした時、

「あれ? みかん?」

と女の子の声が聞こえてきた。

「やだ~! みかんも来ていたの!?」

 前方から走ってきたのは、みかんと同い年ぐらいの女の子で、ユニフォームは着ていなかった。それでもサックスブルーに近い半袖のパーカーを着ていた。

 心なしかみかんの顔が一瞬強張った気がする。

 その女の子の後ろから数人の男の子たちがやってきた。

「あ、君も来ていたんだね」

 中央にいた男の子が声を掛けると、みかんの顔がポッと赤くなった。


 なるほどなるほど。

 この子がみかんの想い人か。

 その集団の中で声を掛けた男の子だけユニフォームを着ており、他の子は普段着だった。

 予測するに、男の子はこのチームの根っからのファンだ。その周りの子たちは着いてきた感じだ。特に女の子はフリルのついたミニスカートを履いており、足元はかなり高いヒールのサンダルを履いている。どう見ても観戦に来たスタイルではない。(彩夏がジーンズにスニーカーを履いており、周りを見ると女の子みたいにお洒落している女性は数えるほどしかいない)


「ぐ…偶然だね! お兄ちゃんがチケットを用意してくれたから来たんだ」

 無理に普通をよそおうとしているみかんが、妙に痛々しく見える。だって、声が半分裏返っているんだもの。

 彩夏は状況を理解したのか、クスクスと笑っている。

「そうなんだ。今日は何処で見るの?」

「えっと……」

 観に来ることが一番の目的で、場所なんか気にしなかったもんな。答えに困ってる。

 そんなみかんを見て女の子は腕を組みながらフフンと勝ち誇った顔をしている。

 あ~、みかんのライバルね。よくわかった。

「今日はメインスタンドで観戦するのよ。たぶんベンチのすぐ上じゃないかしら?」

 答えに困っていたみかんに、彩夏が助け舟を出した。

 俺に訊ねて来なくてよかった。俺、よく理解していないんだよね。

「本当ですか!? そんないい席で見れるなんて羨ましいです!」

 男の子のテンションが上がった。うん、坂本みたい。

「僕たちは今回バックスタンドで観戦するんです。本来、僕はゴール裏なんですが、仲間が初めての観戦なのでバックスタンドにしたんです。でも、いいな~。メインスタンド、憧れちゃいます」

 目をキラキラさせている所も坂本そっくりだ。

 サッカーが好きな子って、皆こんな感じなのかな?

「メインスタンドから見た感想、教えてね! 特にベンチ周辺の事を教えて!」

 ものすごい勢いでみかんに迫る男の子。最初は恥ずかしそうにモジモジしていたみかんも、少し引き気味だ。

 その代わり、一緒に来ていた女の子は不機嫌な顔をしている。


 わかる、わかるよ、女の子の気持ち。好きな子が他の女の子と仲良くしていると嫉妬しちゃうんだよね。


 一方的にみかんにしゃべり続ける男の子に、周りの仲間たちが呆気の取られていると、

「お~い! 早くしないと列整に遅れるぞ~!!」

と、これまた聞き慣れた声が聞こえてきた。

 そこにやってきたのは坂本だった。

「あれ? ヒロキじゃん。こんなとこで何してんの?」

 何してんの?って、ここに居るってことは観戦するんだよ。

「あ、彩夏ちゃんもいる。え? って、ことは……」

 突然ニヤニヤしだす坂本。

「妹の付き添いだ! 今回、チケットを手配してくれたのが彼女の母親だから、付き添いで来てもらっているだけだ」

「知ってるよ~~。その経緯、この間聞いたもん。からかっただけ、からかっただけ」

 お前にからかわれるとムショーに腹が立つ。

「で、何? ケータはヒロキと知り合いなのか?」

「ケータ? この子のこと?」

「知り合いじゃないのか?」

「たぶん妹の知り合い」

「妹?」

 坂本は俺の隣にいたみかんを見た。

 みかんは咄嗟によそ行きの顔を作り、

「妹のみかんです。いつも兄がお世話になっています」

と頭を下げた。

 こいつ、外面だけはいいんだよな~。猫を被っていると言うか、その場の空気を読むと言うか…。

「あ、坂本始です。よろしく」

 年下相手に坂本も頭をペコペコと下げた。

「ハジメ兄ちゃん、彼女はクラスメイトなんだよ」

「へぇ~」

「みかんちゃんも一緒に見れたらよかったのにね」

「ケータ君!!! そろそろ行かないといけないんでしょ! 早く行きましょ!!」

 おぉ…この女の子、ケータとかいう男の子の口からみかんの名前が出た途端に、顔を真っ赤にしたぞ。

 嫉妬か。嫉妬なんだろうな。

「ほらほら、お前たちは早く行く。あの階段を登ったら右に曲がれよ。番号は41番だ。ちゃんと挨拶しろよ!」

 女の子が顔を真っ赤にしたことに気付いた坂本が、子供たちの背中を押して急かした。

 坂本って、空気が読める奴だったんだな。


 まだ怒りが収まらない女の子はケータの腕を引っ張りながら走り去った。

 その後ろを他の男の子たち必死に追いかけているけど、これだけの人混みの中を腕を掴んで走るのは、少々迷惑なのでは?

「嫉妬…かしら?」

 走り去る子供たちを見ていた彩夏がポツリと呟いた。

「だろうな、あれは」

 坂本も認めている。

 正直、俺もあの女の子がみかんに対して嫉妬しているとしか思えなかった。


 なぜなら、ケータが着ていたユニフォームは背番号が10。

 みかんが着ているユニフォームも背番号10。


 あの女の子からしたら、ペアルックに見えたんだろうな。自分は普段着だったから。

 この後、みかんがあの子に何かされないか、兄ちゃんは心配だ。



 坂本に聞いたら、ケータという男の子は、坂本が入っている観戦グループの一人らしい。妙に坂本に懐き、親御さんも坂本を信頼しているのか、ケータのことを託している。

 坂本は坂本でケータとも仲が良く、親御さんから頼まれることに嫌味は感じないらしい。

 彼如く、

「同じチームを応援する仲間に、敵も味方もあるか! ゴール裏は常に一つにならないといけない。一つになって選手たちを鼓動し、勝ち点3を手に入れなくてはいけないんだ!!」

 と、熱く語ってくれた。

 一時期、ゴール裏が荒れた時があったらしく、応援もバラバラになった時があったらしい。今も、時々応援団たちに反感を買う人もいるらしいが、ここ数試合の快進撃に、応援する側も一つになりつつあると聞いた。

 坂本が言うには、チーム全体が一つになっている。そのいい雰囲気をサポーターが壊してはいけない。サポーターも一つになって全員で戦っているんだ!という気持ちを持って応援に励めば、必ず選手にも伝わる!!……らしい。



 しばらくして俺たちもスタジアムに入った。

 ゴール裏は相変わらず満席だ。夏休みの初日という事もあって、バックスタンドも、対戦相手の応援席もほぼ満員だ。

 俺たちの席はメインスタンドの前から三列目。

 凄く見やすい!

 なんなんだ、この席は!?

「お兄ちゃん、こんないい席で見れるの?」

 みかんもこんなにフィールドの近い場所で、興奮しているのが分かる。

「値段以上の席じゃないか……」

 メインスタンドの真ん中ぐらい(しかも通路側)の席に、俺も興奮している。

 前回はメインスタンドの隅の方で、それでも目の前でコーナーキックとか見れて凄かったが、今回はフィールド全体を見ることができる。しかも、目の前は控え選手たちが座るベンチだ。ケータが興奮する理由が分かった。

「もうすぐ選手のウォーミングアップが始まりますよ」

 彩夏はかなり冷静だった。いつもボックス席で見ているから免疫がついているのかな?

 まあ、年間であの席を買っているし、選手たちも喫茶店によく来るから、かなりの免疫が備わっているんだろうな。俺なんか、今でも来店した選手にお冷出す時、手が震えているんだから。


 いつものように選手のウォーミングアップを見て、目の前にいる元日本代表選手たちに興奮した。

 そして背番号10のFK練習は感動して涙さえ出る。

 なんで現実の俺はこの偉大な選手が身近にいる事を無視していたんだろう。現実の俺が住む街に、この選手が住んでいるんだよな。同じ空間で同じ空気を吸っているんだよな。


 ウォーミングアップが終わり、選手たちが控室に引き上げる時、ちょっとした奇跡が起きた。

 控室に向かう背番号10の選手が、ふと俺たちが座っている方を見上げたのだ。

 そして、周りにも気づかれないぐらい控えめに笑った。


 え!? え!?

 い…今、俺たちを見た!?


 突然のことで驚いていると、周りからその選手の名前が飛び交い、声援に応えるように背番号10の選手は軽く手を挙げた。だが、顔は俯いていた。


 確かに俺たちを見たよな?

 確かに見たよな?

 俺たちの事、気づいていた…?

 ってことは、本当にあの選手がチケットを取ってくれたってこと!?


 驚いた顔のまま彩夏を見ると、彩夏はにっこりと微笑んでくれた。

「スタジアムに足を運ぶことが一番のお礼ですよ」

 彩夏はもう一度そう言った。

 いやいやいやいやいや!! どう考えても直接お礼を言わないといけないでしょ、これは!!

 喫茶店に来てくれたら絶対にお礼を言おう。

 このままじゃ失礼だよ!



 試合は1-0で勝った。元日本代表のFWが点を決めて、その一点を守り抜いて勝った。

 11年ぶりに連勝記録を更新したと彩夏が教えてくれた。

「みかんちゃん、今日は楽しかった?」

 彩夏がみかんに訊ねた。

「はい!! すっごく楽しかったですし、勝って嬉しいです!」

 元気いっぱいに返事をするみかん。

 そんなみかんを彩夏は「よかった」と嬉しそうに微笑みながら見つめていた。


 ただのモブキャラなんだよね、彩夏は。

 美咲やすみれと仲がいいだけで、これと言って魅力も感じないし、恋愛感情なんか全然沸かない。

 でも……なんか親近感がある。

 なんて表現していいのか分からないけど、不思議な雰囲気もあって、そこに惹かれている自分がいる。


 なんなんだろう、この気持ちは……。




            <つづく>



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