1年目1学期 初デート
土曜日、すみれとの初デートの日を迎えた。
デートっと言っても、美咲の誕生日プレゼントを選ぶための買い物だけだと思うが、女の子と2人で出かけるのはデートと呼んでもいいはずだ!!
待ち合わせ時間の5分前に家を出ると、すでにすみれの姿はあった。
「おはよ、ヒロちゃん」
長い髪を耳の辺りで二つに縛り、黄色いシュシュを付けた髪型をしたすみれ。ピンクのロングスカートに襟元に薄ピンクのフリルのついた半袖の白いブラウスを着た彼女は、ゲームの中で夏にデートする服装そのものだった。
すみれは可愛い服を好む。
フリルとかリボンとかが好きで、逆に露出のある服を好まない。と、いう事で海に誘うのも一苦労するキャラ。水着になるのが恥ずかしいんだと。遊園地や水族館が好きで、海は海浜公園を散歩するのなら誘いに乗ってくれる。
因みに美咲はデート場所で服装が変わる。体を動かすことが好きで、海やプール、冬はスキーやスケートにも喜んで誘いに乗ってくれる。博物館とかも好きで、デートに誘うとき、困ったことがない。唯一断わられたのはライブハウスだけだった。
すみれをジッと見つめていると、急に彼女の顔が赤くなった。
「ど…どこか変? 服、おかしい?」
「そんなことない! いつも可愛い服着ているな…って思っただけ」
「ありがとう、ヒロちゃん」
顔を真っ赤にして俯くすみれが、物凄く可愛かった。
この世に神様がいるのなら、心からお礼を言いたい!!
俺をこの世界に導いてくれて本当にありがとう!!
この三年間を大切に過ごします!!!
駅前の商店街まで移動して、美咲の誕生日プレゼントを選んだ。
たしか美咲は実用的なアイテムを好んでいたはず。ハンカチとかタオルとか。
「う~ん……何がいいと思う?」
女の子が好む雑貨を売る店ですみれは商品棚を見ながら唸っていた。
俺は場違いじゃないかって思えて、逆に周りの目を気にしてソワソワしている。
すみれがさっきから選んでいたのは髪飾りだ。美咲はシュシュをコレクションしている…という設定がある。ゲームの中ではいつも同じシュシュを付けているが、実はこの一学期の間、美咲が同じシュシュを連続して付けている所を見たことがなかった。毎日違う色や形の物を付けているのに気づいたとき、本当にコレクションしているんだな~…と感心した。
悩みに悩んだ結果、部活のチアリーディングでも使える赤と白のストライプの柄(チアの衣装が赤と白の為)と、青いガラス玉が付いた白い物、そして四葉のチャームが付いたライトグリーンの物と、合計三つのシュシュを選んだ。
四葉のチャームが付いたライトグリーンのシュシュは見たことがあるぞ?
あれは高校三年の花火大会の時、デートに誘ったら浴衣に合わせてこのシュシュを付けていた記憶があるぞ?
これは大きなフラグか!?
すみれが会計をしている間、俺は入り口近くの商品棚を眺めていた。
そしてそこには信じられない物があった。
【ガラスのイルカの置物】だ!!!
副会長を攻略するために必要な重要アイテム!!
ランダムで売りに出されるが、出現率がめちゃくちゃ低いレアアイテムじゃないか!!!
これは……副会長との恋愛ルートも選べるってことか?
いやいやいや、俺の大本命は美咲だ。
美咲がダメでもすみれを攻略したい衝動に駆られている。
でも……。
いやいや…。
だけど……。
もしかしたら……。
交互に襲い掛かる【買う】【買わない】の衝動に、思い切って手を伸ばそうとしたその時、
「おまたせ~」
と、すみれが会計を終えて戻ってきた。
すみれの声に救われた。
もし、この置物を買ってしまったら副会長との恋愛ルートが出現する。機嫌直しに走り回らなくて済むことに、正直安心した。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「そう?」
不思議そうに見上げるスミレの視界から、イルカの置物を隠すように商品棚に背を向け、俺の視界にも入らないようにした。
また目にしたら迷わず買ってしまうところだ。
「それで、ヒロちゃんは美咲ちゃんにプレゼントあげないの?」
「え? 俺? 俺があげてもいいのか?」
「お弁当のお礼とか言って渡せば大丈夫だよ」
「でも、何を渡せば……」
アクセサリーとか渡すと下心ありと疑われるかな?
確かゲームの中だと、一年目は四葉が刺繍されたスポーツタオルだった気がする。
そんなの、この商店街の中から探し出せるか?
そういえば俺の誕生日に美咲から貰った物って、【バスソルト】じゃなかったけ?
彼女がくれるってことは、それが好きってことだよな?
「美咲ちゃんはリラックスできるグッズも集めているんだよ。ラベンダーとかミントの匂いが好きなんだって」
「へぇ~~」
あえて知らない振りをした。
その情報は知っている。美咲から自分の誕生日に貰えた物が【ラベンダーのバスソルト】、【ミントのティーパック詰め合わせ】、【レモンのフレグランス】だったから。
だったらそれ系の物なら受け取ってくれるかな?
「この先にアロマグッズ専門店がオープンしたけど、行ってみる?」
「そんなのが出来たのか?」
「クラスメイトに教えてもらったの。わたしも行ったことないから行ってみたいな」
「わかった。じゃあ、行こうか」
「うん!!」
本当はそこに行きたかったんだな…そんな風に思えるほど、すみれの顔が輝いていた。
すみれさん、その笑顔は反則です。
俺、一瞬で心が鷲掴みになりました。
商店街の一番端にその店はあった。
店内は色んなに匂いが混じっているんだろうな…と思ったが、すっきりとした空気だった。どうもアロマと聞くとキツイ匂いを連想させるが、ここはそうではなかった。
店内にはフレグランスやアロマオイルなどが商品棚に並べられ、奥には枕が並べられている。バスソルトの種類も多く、女子高校生と思われる女の子たちが楽しそうに会話をしていた。
入り口を入って左手には喫茶スペースがあり、何種類かのジェラートが食べられるようだ。
「ここはね、ご夫婦で経営しているお店なの。アロマグッズを旦那様が、ジェラートを奥様が担当しているのよ」
そうすみれが教えてくれた。
すみれの目はアロマグッズではなくジェラートに向けられていた。それはそれは食べたそうな目をして…。
「じゃあ、俺、選んでくるから、すみれは喫茶スペースで食べてていいよ」
「え!? いいの!?」
「それが目的だろ」
「ばれちゃった」と小さく舌を出して笑うすみれ。
だから、なんでそんな表情を見せるんですかーーーーーー!!!
ゲームでは絶対に見れないその表情に、俺は転がっていくんですけどーーーーーー!!!
と、たぶんゲームをやっている俺だったら床を転げまわるほどの衝撃をなんとか抑えながら、「行って来い」とすみれを喫茶スペースへと向かわせた。
すみれは嬉しそうにスキップしながら向かった。
俺、今日一日でゲームをクリアした気分なんですけど…。
すみれや美咲をデートに誘うと、毎回こんな風になるんですか?
命がいくつあっても足りない……。
とりあえず気持ちを落ち着かせて、店内をぶらついた。
何にしようかと悩んだが、一番頭を悩ませたのは金額だった。
まだバイトの給料が入っていないので、毎月貯めていた小遣いから買わなくてはならない。
う~む……どれも高い……。
美咲の次は坂本が誕生日だけど、これは無視していいな。
その次が副会長。あんまり仲良くないから、部員たちと共同って形で渡そう。
すぐ後にみかんの誕生日が来て、すみれの誕生日は11月。
よし、ちょっと高くても大丈夫だ。
ウロウロと店内を歩いていると、ジェルキャンドルと呼ばれる、器の中に花などを入れて蝋を流し込んだ、見た目も涼やかな商品を見つけた。よく見ると花の他にも海を再現した物や草原を再現した物もある。
火を使うタイプと内部にLEDライトを組み込んであるタイプの二種類があり、今はオープニングセールで、よりどり二つで1000円と書かれてある。
これなら買えそうだ。二つ買えるのなら、一つはすみれに渡そう。今日の記念だ。
……ふと思った。
彩夏の誕生日っていつだろう?
GWのサッカー観戦といい、今度の観戦といい、お世話になりっぱなしだ。何かお礼をした方がいいのだろうか。
でも、彩夏はモブキャラ。メインキャラのような設定という物がない。
それに、モブキャラに贈り物をしてもいいのだろうか?
…いやいや、サッカー観戦のお礼で渡すだけだ。下心なんか何もない。
ちょっと高い買い物になってしまったが、海を再現したジェルキャンドル(LEDライト内臓)を四つ買った。
三つでもよかったが、四つ買った方がお得だったので、美咲とすみれと彩夏の渡して、残り一つは取っておくことにした。何かの役に立つだろう。
買い物を終えて喫茶スペースですみれを探した。
すみれは窓際の席で満面な笑みを浮かべながら美味しそうにジェラートを頬張っていた。
俺の姿を見つけると、スプーンを口に入れたまま驚いた顔で見てきた。
「美味しそうに食べるね」
「ヒ…ヒロちゃん! いつの間に!?」
「ついさっき」
スプーンを咥えたまま何かモゴモゴというすみれは、可愛くて仕方がなかった。
ずっと眺めていると、すみれは自分が使っていたスプーンでジェラートを掬うと、俺の前に差し出してきた。
「食べる?」
上目遣いにそう言ってくるすみれに、俺の心臓は爆発寸前だ!!
「……自分で買ってくる」
恥ずかしくてその場を急いで離れた俺の心臓が激しく脈打っていた。
だってさ、あれを貰ったら間接キスだぜ!?
現実の俺は彼女いない歴=年齢。そんなこと出来るわけがない!!!!
今日一日で寿命が縮んだぜ!!!!!
なんやかんやで、夕方まですみれと商店街をぶらついた。
現実の俺は彼女いない歴=年齢だから、異性と2人きりで出かけるなんてことを体験したことがなかった。
ゲームをやっていても、一か所に遊びに行くだけだったから、朝から夕方まで女の子と一緒にいるのがこんなに楽しい事とは思わなかった。
家の前に着くと、すみれは「今日はありがとう」とお礼を言ってきた。
「いや、俺の方こそありがとう」
「ヒロちゃんがお礼を言うような事、わたしした?」
首をかしげながら訊ねてくるすみれに、またドキッとしてしまった。
ゲームでは見る事が出来なかった表情を見る事が出来て嬉しかった……なんて口が裂けても言えない。
「き…気分転換ができて、ありがとうってことだよ」
「ヒロちゃん、忙しそうだもんね。体、大丈夫?」
「ああ。楽しんでやっているから大丈夫」
「辛かったら言ってね。できる事はお手伝いするから」
「お…おぅ」
幼馴染みと言っても相手は女の子だもんな。妹みたいな物って感じていたけど、なんか違う感じがする。
こ…これが幼馴染みという一線を越えるってことなのか!?
「ヒロちゃん、またね」
家の門を入ろうとしたすみれを、俺は呼び止めた。
そして、アロマグッズの店で買った紙袋から、正方形の箱を1つ、彼女の前に差し出した。
「これは?」
「今日のお礼」
「わたしに?」
「みさ…刈谷坂の誕生日プレゼントと同じで申し訳ないんだけど、いつも弁当をくれるお礼」
「いいの!?」
「要らないんなら、みかんに渡す」
「ありがとう!」
すみれは嬉しそうに俺が差し出した箱を受け取ってくれた。
すぐに中を取り出したすみれは、ソレを見てパァ~っと顔を輝かせた。
「綺麗~。これ、アロマキャンドル?」
「ジェルキャンドルとかいう物だって。アロマかは分からないけど、LEDで光るらしい」
「ありがとう、ヒロちゃん! 大切にするね!」
笑顔を見せるすみれ。
あぁ~~、なんでゲーム本編でこういうイベントがなかったんだよ~~~!!
俺がゲームクリエーターだったら、絶対にこの場面を入れていた。
って言うか、今日のデートを固定イベントにしてもいいぐらいだ!!
ニヤつく顔を抑えながらすみれと別れた俺は、部屋に駆け込んだ。
最高の一日だった!!
すみれとのエンディングを迎えてもいいぐらいだ!!
いや、待てよ。
すみれとのデートがこんな感じってことは、美咲とのデートも期待できるよな!?
夏休みは美咲とのデートを実現させて見せる!!
浮かれる俺の耳に、タブレットから通知を知らせる音が届いた。
どうせ坂本からだろ?
そう思いながらタブレットを手にすると、すみれからメールが入った。
『ヒロちゃん、今日はありがとう!
これ、大切にするね!』
その文と一緒に贈られてきたのは、俺があげたジェルキャンドルと一緒に自撮りしたすみれの写真。
めちゃくちゃ可愛いんですけど。
ついでに、すみれの部屋の中もちょっとだけ写っている。
恋愛対象者のキャラの部屋って、ゲーム中に一切出てこないから得した気分!!
待ち受けにしたら怒られるから、保存だけしておこ。
ホーム画面に戻ると、『妹・みかん』のアイコンが点滅している事に気付いた。
何気なくそのアイコンをタップすると、上部に『みかんの恋愛講座』なんて文字が出てきた。
これはみかんによる女の子の情報か。
出会ったことがあるキャラの名前が似顔絵のアイコンと共に綺麗に整頓されている。
美咲、すみれは似顔絵も名前も載っている。
だが、まだ会ったことのない女の子は、アイコンはシルエット、名前は「???」で記されている。
ゲームと全く同じ画面じゃん。
ってことは、キャラのアイコンをタップすると……想像通りそのキャラの詳細が映し出された。
写真、名前、誕生日、所属部活、好きな物、嫌いな物、一言メッセージ(みかんから見た印象)が書かれているが、携帯の番号だけは書かれていない。
まあ、この世界では通話機能を持った電話が存在しないようだから頷けるけど。
すみれのページを見て、ふと気づいた。
すみれの名前を取り囲む枠に、花の蔦のような装飾がL字に飾られており、右上に小さな花の蕾が描かれていた。これはゲームの画面では見たことがない装飾だ。
美咲のページを見てみると、名前を取り囲む枠に、蔓はあるが右上の蕾はなかった。
う~ん?
これはなんだ?
みかんに直接聞いた方がいいのか?
いやいや、そんなこと聞いて、みかんに「はぁ? そんなことも知らないの?」と言われるのが落ちだ。
そのうちわかるだろ。
とにかく今日は、すみれの可愛い顔を見れたことに感謝だ!!
<つづく>