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モブキャラに恋しました  作者: EAU
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プロローグ

「…きて! ねえ!! 起きて!!!」


 誰かの声が聞こえる。

 まだ幼い女の子の声だ。

 俺には妹はいないはず。

 なんで俺の部屋に女の子の声が響いているんだ?



 目を開けると、そこは俺の部屋ではなかった。

 白に統一された家具が配置されており、窓には青と白のストライプのカーテンが風になびいていた。

 水色のカーペットが目に入り、俺は床に寝転がっているようだ。


「もう! 遅刻しちゃうよ!」

 また聞こえてきた女の子の声。

「お兄ちゃん、今日から高校生なのに寝坊しちゃっていいの?」

 声が聞こえてきた方を向くと、そこには信じられない人物が腰に手をあて、仁王立ちで立っていた。


 オレンジ色の髪を高い位置でツインテールにし、緑色の大きなリボンで結んでいる。

 大きな瞳の色は、髪と同じオレンジ色。

 薄ピンクのカーディガンを羽織り、紺色のミニスカートをはいている少女。



 俺が嵌っている恋愛シミュレーションゲームの出てくる主人公の妹じゃないか!!!???



「どうしたの? お兄ちゃん」

 お兄ちゃん?

 今、俺の事をお兄ちゃんって呼んだ?

「ほら、早く準備しないとすみれお姉ちゃんを待たせちゃうよ!」

 まだ状況が飲み込めない俺を無理に立たせ、クローゼットから制服を取り出す妹。

 取り出された制服は、やっぱり恋愛シミュレーションゲームで男子生徒が来ていた物と全く同じだった。

 それに『すみれ』という名前は主人公のお隣に住む幼馴染の女の子だ。


 もしかして…

 もしかして…

 もしかして、恋愛シミュレーションゲームの世界に入り込んでしまった!!!???




「いってらっしゃ~い!」

 妹・みかんに見送られて家を出ると、門の前に一人の女子が立っていた。

 紫色の長い髪と紫色の瞳。髪は結ぶことなく腰まで伸ばしている。

 小柄で見た目はふんわりした雰囲気を漂わせている。

「あ、おはよう、ヒロちゃん」

 そう挨拶した笑顔は、まさにゲームの中で見た『幼馴染・すみれ』のスチールと全く同じだった。

「…さ…先に行ってもよかったんだぜ?」

 ゲームと同じ台詞を投げかけると、少し困った顔を見せた。

「ヒロちゃんと一緒に行きたかったの。迷惑だった?」

 上目遣いで見上げてくるすみれの顔にドキッとした。

 こんなスチールはなかった。ここの会話はただの立ち絵だ。すみれはこんな顔で主人公と話していたのか!?

「い…いや、迷惑じゃないけど…」

「よかった!」

 嬉しそうな笑顔を見せる彼女に、俺の心臓は高鳴った。


 正直、ゲームではすみれを攻略したのは最後の方だった。

 幼馴染というシチュエーションがなんか納得できなくて、スチールコンプリートの為だけに攻略した。

 そう、俺には大本命がいるんだ!

 だからすみれのことは何とも思わなかった。


 すみれと並んで歩いている道は、やっぱり恋愛シミュレーションゲームの背景と全く同じだった。

 唯一違うのは、通行人がいるという事。

 かなり大きな住宅街のようで、スーツ姿の男性や、違う学校の制服を着た男女、ランドセルを背負った小学生など、色々な人たちが行き交っていた。

「ヒロちゃんは、入る部活とかはもう決めた?」

「いや、まだ…。すみれは?」

「わたしはもう決めているよ。その部活に入りたくて、この高校に入ったんだもん」

 ゲームのオープニングと同じ会話を続ける俺。

 悪戯心に違うセリフを言ってやろうと思っていても、自然と口からはゲームと同じ台詞が飛び出してくる。

 オープニングは恋愛対象者が誰であろうと、必ず見なくてはならない。それを考えると、すみれは固定キャラ。誰と恋愛イベントを迎えようと、必ずすみれの機嫌を損ねないように行動しないと、恋愛対象者のキャラの好感度まで下がってしまう。だから俺はすみれの事を好きになれなかった。ただの幼馴染なのに好感度を一定に保っていなくてはならなかったからだ。


 だけど、実際に動いて、表情を変える彼女には胸の高まりが抑えきれない。

 攻略中、一度もすみれにときめいたことはない。

 なのに、今は心臓がドキドキしている。



 …と、いう事は、大本命に出会ったら心臓が壊れちゃうんじゃないのか!?

 大本命はこのゲームのヒロインだ。

 ヒロインの声優がお気に入りの声優だった。それが目的でゲームを買ってプレイしていたが、次第にそのキャラにのめり込んでいった。すみれと同様固定キャラだが、恋愛対象者のキャラたちと仲がいいため、誰を攻略しても違った顔を見せるヒロインはまさに女神さまだった。

 すみれでさえ、スチールにない表情を見せている。

 つまり、ヒロインもスチールにない表情を見せるということだ!

 ますます楽しみになってきた!!!



 長い長い坂が見えてきた。

 桜の木が両側に植えられた長い坂の上に高校がある。

 その坂を見上げた俺の脳内に、ゲームのオープニングテーマが流れて来た。

 実際のゲームだと、坂の下から空に向かって画面がパーンすると、そこにゲームのタイトルが浮かび上がる。

 そして某有名なミュージシャン書下ろしのオープニングが流れてくる。

 オープニングには恋愛対象者のキャラや、これから親友になっていく登場人物たちが現れる。


 オープニングが終わると高校の正門前に場面が移る。

 俺の脳内に流れていたオープニングもタイミングよく鳴り終わった。

 ゲームと全く同じ高校の正門に、「ああ、やっぱりゲームの世界にやってきたんだな…」と実感した。


 この後の展開に期待する。

 だって……

「すみれちゃん!!」

 ずっとずっと聞きたかった声が聞こえた。

 すみれの名前を呼んだのは、このゲームのヒロイン!!

 ウェーブのかかった茶色い髪。

 その髪を向かって右サイドの高い位置で一つに纏めている。(サイドテール?って言うらしい)

 緑に近い大きな瞳は可愛らしく、この作品の中で一番の美人だ!

「おはよう、すみれちゃん」

「おはよ~、美咲ちゃん」

 ヒロイン・美咲は、すみれと仲がいい。

 中学から女子校に進学したすみれは、部活を通して他校に通っていたヒロインと出会い、親友になった…という設定だ。高校も女子高に進むはずだったが、どうしてもやりたい部活があるため、2人はこの高校を受験した。

 俺は家から一番近い高校という理由だけでこの高校を選んだ……という設定らしい。

「やっと同じ学校に通えるね! もちろん部活はあそこだよね?」

「もちろん! その為にこの高校を選んだんだもん!」

「すみれちゃんが受かるとは思わなかったよ」

「ひど~い!!」

 目の前で繰り広げられる見慣れた会話。

 でも、今の俺は猛烈に感動している!!

 あの!あの!憧れの推しが目の前で普通に動いているんだから!!

 あ~…なんだろう。いい匂いまでしてきた~~。

「でも、すみれちゃんも隅に置けないね~。入学早々恋人と登校?」

「え!? ち…違うよ! ヒロちゃんはお隣に住んでいる幼馴染みだよ!」

「親しげに呼ぶなんてますます怪しいね~」

「だから、ヒロちゃんは本当にただの幼馴染なの! わたしが一方的に好きなだけだから…」

「高校生活が楽しくなるね、すみれちゃん」

「もぉ~!! 意地悪しないで!」

 2人の会話を俺は今にも涙を流しそうになりながら聞いていた。


 ゲームのままだ!

 オープニングと同じ会話が目の間で、キャラが実際に動いて繰り広げられている。

 あ~~…俺、このまま死んでもいい……。


 ……ちょっと待てよ。

 この後の展開って、なんだたっけ?

 クラス分けを3人で見に行くことになって、俺だけ違うクラスになって、教室に向かって、担任が出てきて……なんか大切な事を忘れている気がする。


「何やら賑やかな声が聞こえるね、子猫ちゃんたち」

 なんか聞きたくもない男の声が聞こえてきた。

 あ、思い出した。確か、ここで生徒会長だとかいう変な男が割り込んできたんだ。

 短い黒髪に、スッとした背の高いモデル体型。女子生徒たちがキャーキャーと黄色い声とハートを飛ばす整った顔をもつこの生徒会長は、現在3年。高校を卒業してもちょくちょくと出てくるキャラで、攻略サイトでは「友達にしたくないキャラNO1」に見事輝いたウザイ男。

「今年の新入生たちかい? 僕は生徒会長の小金井明人こがねい・あきと。可愛い子猫ちゃんたちの学校生活を有意義に過ごせるために、この学校を守っているんだよ」

 辺り一面に薔薇の花が舞っている!!

 そこもゲームを再現するのかよ!!

 …って、よく見たら生徒会の仲間たちが一生懸命薔薇の花を飛ばしているだけじゃん。手動かよ!!

「さぁ、可愛い子猫ちゃんたち! 新しい扉を開けようではないか! 何も心配することはない。不安なら僕が手を取ろう。僕の手を握れば嵐も怖くないよ」

 ……うわぁ~~~……ゲーム中、ウザイキャラだと思っていたけど、実際に目にするとウザさ200%だな。

 あ、すみれも推しキャラも呆れた顔をしている。

 ここはこのウザ男の立ち絵だけしかなかったから、周りの人の顔は全く分からなかったけど、こうしてみると皆呆れていたんだな。

 たしかこの後、もう1人キャラが出たような……?

「さぁ、君も一緒に入学式の扉を開けよう!」

 ウザ男が近くを通りかかった女子生徒の手を握った。

 だが、ウザ男はその女子生徒の顔を見た途端、急に顔色を青くした。

「あら、わたくしを案内してくださいますの?」

「あ…いや…えっと……」

「あなたの手を取れば嵐も怖くないのでしょ?」

「…それは……言葉のアヤというか……」

「生徒会長様、このような所で油を売る時間があるのなら、はやく持ち場に戻ってください!!! いつまで経っても入学式は始められませんよ!!!!」

 手を握られた女子生徒は、ウザ男の腕を勢いよくひねった。


 あ、あの女子生徒、2年生の副会長さんだ。

 確か最初は恋愛対象ではないキャラだったけど、誰かとエンディングを迎えた後、そのセーブデータを引き継ぐと恋愛対象になる隠れキャラだ。

 この人の攻略は疲れたよな~。なにせ他のキャラと違って恋愛モードになるためのイベント(たしか4つぐらいあったかな?)を発生させて、更に1年の秋の文化祭までに学力と運動、気配りのパラメーターを100以上にしている事、休日に買うことができるアイテム『ガラスのイルカの置物』を購入する事が条件だった気がする。

 学力と運動を同時に上げるのは苦労した。学力を上げれば運動が下がり、運動を上げれば学力が下がる。部活やアルバイトで何とかパラメーター維持し、『ガラスのイルカの置物』もランダムで登場するから(しかも出現率がめちゃくちゃ低い!! 更に値段が高い!!)、何度リセットしたことか…。

 セーブデータを引き継ぐと所持していたアイテムもお金も全部引き継げたから、他の子狙いで探していたけど、このイルカの置物だけは引き継げなかったんだよ。だって、このアイテムを購入する時、副会長さんのスチルが発生するんだもん。制作者も鬼畜な事をするよな? 副会長は最高難易度の恋愛対象者だったぜ。


 ギャーギャーと叫ぶウザ男を引きずるように去っていく副会長。

 って、ゲームの中で言っていたけど、マジで引きずってる。ウザ男の襟首を掴んで、マジで引きずってるよ!


 

「なんか、個性のある生徒会役員だったね…」

「楽しい高校生活は送れる…のかな?」

 呆れた顔を見せるすみれとヒロインは、お互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべていた。




 話は進み、案の定、俺だけクラスが分かれた。

「ヒロちゃんと分かれちゃったね…」

 残念そうに掲示板を見つめるすみれ。

 ああぁぁああああぁぁぁぁあああぁぁぁ!!! この表情のスチルが欲しかった!!! めちゃくちゃ可愛い!!!!

 すみれを攻略したい衝動に駆られる!!

「でも、お昼は一緒に食べようね」

「お…おう……」

 幼馴染みを通り越してすぐにでも恋人にしたいぜ!!



 すみれやヒロイン・美咲とはクラスは隣。

 合同授業(体育と家庭科)があるから、そのイベントも楽しみだぜ。

 家庭科の合同授業の調理実習のイベントは……ダメだ、思い出したらニヤけてくる。早く二学期にならないかな~。


 教室の前で2人と別れ、自分の教室に足を踏み入れた。

 目の前に広がる光景は、まさに背景と全く同じ教室の作りに同じ容姿の生徒たちが、同じ位置で談笑している。

(すげえーーー! 本当にゲームの世界そのものじゃん)

 見るものすべてに感動していると、黒板に何やら文字が書かれてあった。



  席は自由です。

  自分の席を決めた生徒は目印に自分のカバンを置いてください



 こんな言葉初めて見る。

 あ、そうか。ゲームではここは選択肢だった。

 窓際の後ろか、廊下側、または一番前か。

 選んだ席で担任が変わるんだったよな。


 確か……一番前を選ぶと熱血学年主任と童顔新米教師(男)だったはず。

 廊下側は美人女性教師(既婚)。既婚者だから恋愛対象はなく、進めていくと子供と遊ぶイベントがあったはず。だけど恋愛対象者との好感度には無関係。

 やっぱり窓際かな。この席は担任の姿絵はなく、代わりに親友となる男が現れる。後々、親友となる男からは女の子の情報を仕入れたり、Wデートなんてのもあったはず。だけど、この男の好きな子が美咲なんだよな。(いや、ルート次第ですみれにも惚れこんでいたはずだ)



 悩みに悩んだ挙句、今後の楽しみも考えて窓際の一番後ろを選んだ。

 机にカバンを置くと、

「あぁ~~! 一歩遅かった~~!!」

と、男の声がした。

 悔しそうな顔を見せる男は、一瞬俺を睨んだが、すぐに笑顔を見せた。

「いい席取ったな! オレも狙っていたんだぜ、その席」

 明るい茶髪を掻き揚げながらその男が言ってきた。少し長い髪が邪魔臭そうに見えるが、その笑顔から険悪感はなかった。

 ってか、立ち絵だと髪を掻き揚げる仕草なんかなかったから、正直びっくりしている。

「前の席空いているだろ? そこ、座ってもいい?」

 無邪気に笑う男は、俺の返事を待つことなく机にカバンを置いた。

「オレ、坂本始さかもと・はじめ。隣町から電車で通ってんだ」

「俺はヒロキ」

「ヒロキ? おぉ!! オレが応援するサッカーチームに同じ名前の選手がいるんだぜ!! すげー偶然じゃん!!」

 うん、知っている。お前が大のサッカー好きで、Wデートがほとんどサッカー観戦だってことも。ついでにお前が応援するチームも知っているし、親友まで好感度が上がると、しつこいぐらいに観戦に誘ってくることも知ってる。

 それに、どんな名前にしようと『オレが応援するサッカーチームに同じ名前の選手がいるんだぜ!!』って言ってくるから、面白がったゲーマーが海外の某有名選手の名前でプレイしていた。その動画を公開していて、コメント欄に「超有名人が高校生かよww」「てか、親しくなった時の呼び名がどうなるか想像つかねww」「女の子は有名人と同じ名前の主人公と恋人になれるのかよww」と面白いコメントが並んでいた。

 たしかにワールドカップで活躍する選手が同級生って、怖いよな…うん…。

「なあ、部活はもう決めたか?」

「まだ」

「だったらさ、オレと一緒にサッカー部に入ろうぜ」

「考えておく」

 部活選択は、仲良くなる女の子と大きく関わってくる。

 もし、美咲とすみれが、俺が思う部活に入部するのならサッカー部を選んでいい。だけど、ここで返事をして全く違うのなら後悔してしまう。実際、ゲームでもここで部活は決めていない。


 担任は文字だけのモブキャラだった。(モブとも言えるのか?)

 だけどこの世界では姿のないキャラはいない。俺の担任になったのは、どこにでもいる様な男の先生だった。これと言って特徴もなく、今後関わるのは学校行事ぐらいだろう。




 その日は入学式だけで学校は終わった。

 すみれは部活見学に行くため、学校に残っている。


 家に戻った俺は部屋に入り、ベットに身を投げた。



 朝からバタバタしていたけど、こうして落ち着いて考えてみると、すべて夢なんじゃないかと思う。

 でも、感触も、嗅覚も、すべて感じる。これは本物の世界なんだ!



 だけど、不安な事がある。

 ゲームでは毎週土曜日・日曜日に自分のステータスを確認できる。あれはゲームの世界でしか見る事が出来ない。

「ステータス、見たいな」

 ベッドの上で大きく腕を伸ばすと、指先に何か固い感触があった。

 枕元には白いタブレットが置かれていた。

 何の迷いもなくそれを手にすると、画面には見慣れたアイコンがたくさん並んでいた。


 これ、ゲームのステータスだ。

 『学習』、『運動』、『部活』などの見慣れたアイコンが並び、更に『パソコン』、『お出かけ』、『妹・みかん』のアイコンまである。

 いろいろいじってみると、『学習』アイコンは、一週間の時間割が入っていた。『運動』は身長・体重・現在の健康状態(ストレスのたまり具合とか、怪我をしているかどうか)が書かれており、『部活』はまだタッチできなかった。

 ゲームだとこれらのアイコンを押すと一週間が過ぎる。

 でも、現実はそうでもなかった。ただの情報だ。


 そのアイコンが密集している画面の下には、今の俺のパラメーターがあった。

 すべてのパラメーターが50という数字だった。

 特にこれと言ってずば抜けた才能もなく、平均だと言うことが分かる。


 ……うん、これをMAXにするには至難の業だぞ?

 MAXの数値は知らないけど、恋愛対象の女の子とのエンディングを迎えるには、200が目安だったと思った。

 たしか、一週間で得られる数値は、大成功だと6~8、ほぼ成功が5、失敗すると2~4だったと思う。その分、マイナスになる数値も出てくるわけで、すべてのパラメーターを上げるには色々と考えながら行動しなくてはならない。



 タブレットを眺めているとピロリンという機械音がした。

 画面を見ていると、『パソコン』の形をしたアイコンが点滅している。

 アイコンを押すと、メール受信の画面が立ち上がった。

「…あ、この街のメルマガが来てる…」

 メルマガには『ご登録ありがとうございます』と書かれてあり、これから街で行われるイベントなどを発信していくと書かれてあった。


 そうそう、このメルマガを見ていないと新しいデート先が増えないんだよね。あとフリーマーケットとか、花火大会とか、映画の公演内容とか、新しいお店のオープンとか、毎週日曜の夜にチェックしていたな~。


 今回送られてきたメルマガには、新施設の公園、ゲームセンター、映画館、水族館の開館のお知らせと、遊園地、博物館のイベント情報、何故か隣町に拠点を置くサッカーチームの試合日程まで書かれてあった。

 因みにこのゲームは日本のサッカー協会とコラボして作られたゲームで、主人公の設定画面にサッカーチームを選択しなくてはならない。選択できるのは全部で55チームで、どれを選んだかによって登場するチームが変わる。どの地域を選んでも物語に支障はないが、沖縄を選ぶと冬に雪が降ると言う異常現象が起き、ゲーマーの間では「異世界乙」と言われ続けている。

 俺は自分が住んでいる地域に一番近いチームを選んだ。特にサッカーに興味がなくて適当でいいやという感じで選択した。だが、選んだチームによってサッカー観戦デートのユニフォームが変わるらしく、サッカーファンには好評のようだ。


 これは強制的にサッカーイベントがあるってことだな。

 恋愛シミュレーションゲームにしては珍しく、スポーツ観戦というデートコースが存在するこのゲーム。(まあ、コラボしているんだから当たり前か)しかも所属選手の名前が所々に登場するのだが、実際に発売した年に所属していた選手の苗字が使われている。

 いくらコラボしているとはいえ、絶対にゲームの開発者の中にサッカーマニアがいるな、これは…。


 だけど、このサッカー観戦に登場する選択肢は、どれを選んでも好感度に影響がない。新しい恋愛対象者が増えるということもなく、ただの息抜きだった。ただ、選択肢によってサッカーのスコアが決まり(勝つか負けるか引き分けるか)、親友となる坂本の機嫌が変化するだけだ。(試合を見に行っていなくても、毎週日曜日の夜にメルマガが更新され、試合結果を見ることができる。スコアはランダムらしい。因みに順位表はなかった気がする)

 まあ、機嫌が悪い時に坂本に声を掛けると、ランダムでどれかのパラメーターが減少するというおまけ付きだったが。なのであまりサッカー観戦をデート場所に選ぶことはなかった。攻略サイトを見ても特に注目するところではなかったので、サッカーファン以外誰も気にも留めていなかった。



 ふと思った。

 この世界には通話ができる携帯はないのか…と。

 部屋のどこを見てもガラケーなどの通話ができる機材は何にもなかった。


 するとタブレットからさっきとは違う音(正確には鳥のさえずり)が聞こえた。

 数あるアイコンの中に『スマホ』のマークをしたアイコンが点滅している。

 何の躊躇いもなくそれを押すと、無料メールアプリ(ラ〇ン)と同じ画面が立ち上がった。


 なるほど。

 この世界の人たちは電話ではなく、このアプリを使って会話をするのか。

 送ってきたのは坂本か。アイコンは隣町のチームのエンブレムを使っていた。


『やっほ~☆

 前の席に座ったハジメ君で~す!

 どうやって連絡先を仕入れたのかは内緒だぞ!

 これからよろしくな!!』


 本当だよ。どうやって連絡先を知ったんだよ。

 まあ、嫌な感じはしない。

 俺はスタンプを一個送った。すると坂本からは隣町のサッカーチームのマスコットのスタンプが送られてきた。本当に隣町のチームが好きなんだな、こいつ。

 もしかして、他の地域を選択したら、このスタンプやアイコンも変わったのか? 実際にゲームに登場しない事だから確かめようがない。



 たった一日しか経っていないが、これからとても楽しい高校生活が送れると確信できた。

 俺の花の高校生活は、まだ始まったばかりだ!


           <プロローグ 了>



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