第5話
私は今、カイル様の執務室のソファーに座っている。
正面にはカイル様が座っていて、私とカイル様は向かい合って座っているのだ。
セリシアとレオン様は下がっていて、まさに二人きり。
さっきから沈黙だけが続いて、居たたまれない。
カイル様も難しい顔をして黙り込んでいるし、もしかして、離婚をどう切り出そうか悩んでいるのかも。
離婚のことを切り出されても、取り乱してはいけないと私は覚悟を決め、全身に力を入れた。
「あの…フィンシア。その、もしかして……」
私が身構えていると、カイル様がとうとう口を開いた。
言いにくそうに、言葉を選んでいる。
やっぱり離婚のことを言おうとしているんだわ。
「その、聞きにくいことだが、このままではお互いのためにならないと思って…だから、その、思いきって聞くが……」
どうぞ、カイル様。私、覚悟が出来ています。
「その…フィンシア。君には、だから、えっと…その、他に好きな人がいるのだろうか?」
「……分かりました、カイル様。カイル様のお言葉に従い……って、ええ?!好きな人?!」
てっきり離婚の話かと思えば、私に好きな人がいのか?ですって?!
どうすればそんな話になるの?
私はカイル様の考えていることがさっぱり分からなくなった。
それとも、私にも他に好きな人がいるから、シルビア様のことはチャラだとでも言いたいのかしら。
何だろう、この気持ち。
私はカイル様と違って浮気なんてしていないのに、浮気者にされたこの気持ちは。
悔しくて…すごく悲しい……
「カイル様…私は好きな人なんて……浮気なんてしていません……浮気しているのは、カイル様の方じゃないですか」
悲しすぎて、我慢できずに言ってしまった。
私がカイル様の浮気を知っていることに。
「そうか……いや、どうかなぁと思って、確信はなかったんだ。でも、良かった。フィンシアに好きな人がいなくて……って、俺が浮気ーー?!」
この期に及んでしらを切るつもりかしら。
こんなに驚いているカイル様は初めて見るけど、演技よ演技。
騙されないで、フィンシア。
「そうです。カイル様は愛人がいらっしゃるでしよう。ご自分がしてるからって、私まで浮気を疑うなんて酷いです」
「いやいや、ちょっと待て!俺がいつ、どこで、誰と浮気したって言うんだ?!」
「幼い頃からシルビア様とお付き合いされているのでしょう」
「そんなこと、誰が言ったんだ?!」
「シルビア様です!」
本人の口から聞いたのだ。
これ以上の証拠はないだろう。
なのに、カイル様は呆れたようなため息を吐いた。
「いや、それは誤解だ」
まあ、白々しい。
「確かにシルビアとは幼馴染みではあるが、愛人ではない……シルビアにはちゃんと婚約者がいるんだから」
えっ?婚約者?
「アレンと言って、レオンの弟になるんだが、とても仲が良い二人だ」
えっ?えっ?アレン様?
「えっ?だって……そんな……」
私は訳が分からないまま、何故そう思ったのかカイル様に説明した。
その説明を聞いたカイル様は今度は深いため息をついた。
「シルビアが言ったことは言葉通りの意味だろう。深い意味などない。そんなことで、俺は半年も浮気を疑われていたのか……」
呆れながらも、少しの怒りも感じる。
そして、何よりもカイル様からさっきの私と同じように悲しさも。
ごめんなさい、カイル様。
「あの、ごめんなさい。私が早とちりして…本当にごめんなさい」
こうなったら、私に出来ることは謝ることしかない。
私なりに心から謝罪し、頭を下げた。
そんな私を、カイル様が優しく、そして強く抱き締めてきた。
「フィンシアは物静かで控えめで……って、勝手に思っていたけど、本当はおっちょこちょいで思い込みが激しいんだな」
返す言葉もございません。
「でも、何でだろうな。そんなところも可愛いって思えるんだよな」
「えっ?可愛い?!」
可愛いって、そんなことカイル様に言われたら恥ずかしくて死ねる。
今まではカイル様の誉め言葉は全部嘘だって思ってたから動揺することなんてなかったけど、今はカイル様の浮気が誤解だって分かったから、なんかすごく恥ずかしい。
「ははっ、俺も恥ずかしい。でも、これからは恥ずかしがらずに言うよ。だって、もうフィンシアに浮気を誤解されたくないからな。
フィンシア、愛している」
カイル様が愛してるって、愛しているって言った。嘘じゃない、本気の言葉に、「私も愛しています」って言いたかったけど、その前に私の頭がパンクしてしまった。
情けないことに、私はカイル様の言葉一つで気を失ってしまったのだ。
こんな展開、小説で何回も読んだのに。実際体験してみると、心臓が止まってしまいそうなほどドキドキして何も出来なくなってしまうものなのね。
ああ、私は分かった気でいて、何も分かっていなかったんだわ。
『カイル様、大好きです』
目を覚ましたら、頑張って、貴方に伝えますね。




