第2話
目が覚めると、そこにはもうカイル様はいなかった。
私は大きな大きなベッドに一人寝ている。
昨日、結局カイル様は私を抱いた。
シルビア様を第二妃に迎える算段が付いたから安心したのね。
いつもより丁寧で優しかったカイル様。
初めて抱かれているときに「好き」とか「愛してる」とか言われたけど全然嬉しくなかった。
そんな嘘の言葉で私の機嫌取りしなくてもシルビア様のこと反対したり苛めたりしないのに。
こんなに辛い夜はなかった。
カイル様が優しければ優しいほど辛くなる。
こんなに辛いならもう抱いてほしくない。
早くシルビア様を迎えて、シルビア様のところに行ってほしいって思うぐらい。
はあ、気が重いわ。
でも、起きないと。
私は重い身体とゆっくりと動かした。
* * *
今日は仕事が捗る。
何故なら、妻に「大切」だと言われたからだ。
自分はこんなに単純だったのかとおかしくなる。
それでも嬉しいものは嬉しい。
口下手な(俺も人のことは言えないが)フィンシアから「大切」だとか「絆が深い」とか「素敵」とか言われたらすごく嬉しいんだけど。
今まで以上に仕事に気合いが入る。
もうすぐ昼だし、今日は昼食はフィンシアと一緒に摂ろうかな。
* * *
「おはようございます、フィンシア様」
「おはよう、セリシア」
セリシアは実家から付いてきてくれた侍女だ。
乳姉妹で小さい頃から一緒にいる。
「さあ、もう起きてくださいね。カイル王太子殿下より昼食を一緒にと今、報せが参りましたので急いで用意いたしましょう」
「ええ!!昼食を一緒に?!」
また、どうしてそんな事を言い出すのか。
私はカイル様の思考がさっぱり分からない。
「ふふ、今日はカイル王太子殿下はずいぶんご機嫌がよろしいようですよ。昨夜、何かありましたの?」
嬉しそうに聞いてくるセリシアにちょっとうんざり。いくら気心の知れた乳姉妹といってもデリケートな部分に無邪気に触れて来ないでほしい。
「特に何もないわ」
「そうですよね。言いにくいですよね。でも、私も夜遅くに馬を走らせ帰ってきて、朝寝坊するぐらい愛してくれて、昼食も一緒にって言ってくれる夫がほしいです」
まるで夢見る少女のように目をキラキラさせいるセリシアの台詞に、私は耳を疑う。
何故ならセリシアが全くの見当違いの見解をしているからだ。
カイル様が夜遅くに帰ってきたのはシルビア様と喧嘩して帰って来るしかなかったからだ。
愛してくれてって、それは私がシルビア様が第二妃になることを許したから。機嫌か良いのもそのせい。
昼食まで一緒って、どれだけ浮かれているのかしら。それとも、シルビア様を第二妃として迎えてもいいか、もう一度念を押そうとしているのかしら。
もしそうなら、ちょっとそれは嫌だな。
ただえさえ今は身体も精神的にも疲れているのに、愛人を正式に妻に迎えられると浮かれている夫に合わせるのは辛い……
断ってもいいよね。うん、断ろう。
「セリシア、私、今日は気分が優れないの。今日は横にならせてもらうわね。悪いけどカイル様には昼食のことお断りしておいて」
嫌な役をセリシアに丸投げ。許して、セリシア。
でも、セリシアが気になったのは昼食を断ることではなかった。
「フィンシア様、そんなにお疲れなのですか?大丈夫ですか?医師を呼びますか?」
私の身体を気遣ってくれるセリシアにホロッとくる。
「ありがとう、セリシア。大丈夫よ。寝てたら治るから」
優しい言葉をかけられることがこんなに嬉しいなんて、思っているより私の心は傷付いているようだ。
「王太子殿下には伝えておきますので、ゆっくりお休みください。何かあれば直ぐにお呼びくださいね」
気遣ってくれるセリシアにもう一度お礼を言って、私はふかふかベッドに身を沈めた。
* * *
「ええ!フィンシアの体調がよくない?!」
フィンシアから体調不良で昼食は遠慮したいという伝言を側近のレオンが伝えに来た。
「はい。フィンシア付きの侍女セリシア殿がそう申しておりました」
昨日、無理をさせた自覚があるだけに俺は自分で自分を殴りたくなる。
「俺の…俺のせいだ……」
項垂れる俺にレオンがフッと鼻で笑う。
「まあ、新婚あるあるです。特に昨夜は一週間ぶりにお会いになられたのですから」
気にすることはないでしょう、と慰めてくれるが、俺はそれでも自分が許せなかった。
浮かれて妻の体調を悪くするほど抱いてしまうなんて夫として最低だ。せっかく気持ちが通じ合ったと思ったのにこれでまたフィンシアの気持ちが俺から離れていってしまうことがあったら……
一気に不安が押し寄せてくる。
さっきまでの浮かれ気分が一気に吹き飛んだ。
「レオン、悪い。フィンシアのところに行ってくる」
このままじゃ仕事なんて手につかない。
俺はレオンの返事を待たずに執務室を飛び出した。