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葉月の思い出

自宅にうつり、食事を一緒に食べています。

「おいしい……」

自然と口から出たその言葉は、目と舌を楽しませてくれた人への感謝の言葉だ。

その一言で、この世界は幸せに満ち溢れていた。


謝罪と感謝は口に出す。


社君はそれを今も変わらず守り続けていた。

社君のその言葉に、あの子たちは幸せな気分になっているのだろう。

それぞれがそれぞれの喜び方をしていた。


その世界に包まれながら、自分も食べてみる。

特に意識したわけじゃないが、自然とあの子を見てしまった。


「本当、おいしいわ……」

小さな若葉ちゃんは、文字通り、生命の息吹そのもののように、大きくなっていた。

急いで二口目を味わってみる。


口の中で広がる優しい味。

なんだか懐かしいような、そんな心地を味あわせてくれていた。

インスタントもそれなりに楽しめるようになってきたが、やはり気持ちのこもった料理にはかなわない。

作る人の愛情がそこに込められていた。


いや、この場合は、私への挑戦なのかもしれない。

若葉はともかく、あとの三人はその意志があった。



「こんなにおいしいのだから、将来いいお嫁さんになるわね」

さりげなく社君に話を振ってみる。


最初自分に振られたことを、意識していなかったのか、社君は黙々と食べ続けていた。

しかし、その場の雰囲気が変わったことに気が付いたのか、私を見て自分を指さしていた。

口をもぐもぐさせながら、小首を傾げるその姿に、思わずかわいげを感じてしまう。


私は大げさに咳払いをする。

そして大きく頷き、その先の言葉をまった。


しかし、相変わらず食べ続けるその口からは、同意の言葉は出なかった。

ただ、3人に頷いて見せていた。

おいしそうに、口をもぐもぐとさせながら……。


まあ、彼女たちには、それで十分のようだった。


「まあ、社君だしね……」

何かを期待しても、始まらない。

何かを始めなくては、始まらないのだ。


彼女たちは、社君の胃袋をつかみに行った。

しかし、その成果までは確認はしなかった。


ただ、第一段階は成功していると見てよかった。

それで満足なのだろう。


やはりそう感じているのか、若葉はそれすら見ていなかった。

そこには確かなつながりを感じる……。


あの時あの場で、この子の叫び声は、社君の心を大きくえぐったはずだ。

しかし社君は、この子のそばに居続けた。

贖罪の意味もあるのだろうが、それだけではないのだろう。


私はその時、社君のそばにいてあげられなかった。


その差が、今のこの距離で現れている。

社君の前に座る私と、社君の横でご飯をよそう若葉。


一見すると、仲のいい兄妹にみえる。

時間の経過が、二人の関係をつないだのか?

社君の想いが、青葉さんの想いがそうさせたのか?

わからないが、今二人は仲のいい兄妹を演じているようだった。


そう、私には演じているようにも、思えていた。

仲はいいが、どこかぎこちない。

そこには、お互いに踏み出せない一線が確かに存在していた。


社君も、あともう一歩踏み込んでいない。

若葉は踏み出してもいなかった。


二人の間にある、ほんの少しの隙間。

その少しの隙間が、とても大きな隔たりのように思えていた。



「ところで葉月さん、職場には顔は出したのかい?」

思考の迷路に陥ろうとしたとき、おじ様がそれを断ち切った。


「ええ、本格的に帰ってくる前に、一度顔は出してます。以前働いていたので、知ってる人も多かったです。ただ、何となくですが、雰囲気が悪くなった感じはします」

このあいだ、一度帰った時に受けた感じは、あまりいいものではなかった。

どこか、人間関係がうまくいってない感じだった。

取り繕った笑顔がそこにあった。



「そうかい。まあ、慣れないとこだと色々あるだろうけど、その時は遠慮なく相談してくれ」

おじ様には珍しく、すごく曖昧な言い方だった。

視線を前に向けると、社君が頷いていた。


何かあるのかしら?


聞いても教えてくれない二人だ。

頭を振ってため息をつく。

そして、すがるような視線で社君を見つめてみる。


「その時はお願いね。社君」

自分のあざとさが鼻についた。

しかし、さすが女の子たちだ。

向こうでざわつく感じがした。


しかし、肝心の社君は、いつも通りの表情だった。

しかし、暗記カードには、頼もしい言葉が記されていた。


(しんぱいない)

それをみて、思わず笑みが浮かんでしまう。


そう、わたしには、頼もしい人が付いている。

揺さぶっても、びくともしない。

頼もしい人が、そこにいる。

あの時から、変わらずにずっと……。


得難い人は、それだけで価値があり、そしてその価値はどんどん高まるのだ。

今はまだ、それだけでいい。

私はまた、この場所に帰ってきた。

ここからまた、私たちの関係は始まるんだ。


もう一度、食事を堪能しながら、今この瞬間の幸せを味わっていた。



***


食事が終わり、団らんとした雰囲気の中、話しの中心は、私たちのことになっていった。

ただ、社君だけが、いまだに食事をしている。

早く食べられるのに、おいしいものはよくかんで食べる。

昔から変わっていなかった。


「ねえ、葉月さんって、私の社さんとは幼馴染なんですよね?いつから?」

さりげない私の物アピールのつもりだろうが、全員から突っ込みを入れられていた。


急速に意識を引き戻されて、私は少し意地悪をすることにした。


「そうね、私との付き合いは長いわよ。小学校5年の時だから、もう13年くらいになるかしらね」

意味ありげな笑顔を明美におくる。

しかし、明美は悔しそうにするわけでもなく、ただ感心していた。


この子のこういうところが、その言動を好意的にしているのだろう。

いわゆる嫌みがないというものだ。


「それで、親しくなったのは、いつですか?」

好奇心の塊。

智美はそう表現したらいいのだろう。

正義感も強いが、何よりも好奇心にあふれている。

体全体で興味あると訴えていた。


見ると、全員がそういう目をしていた。

若葉さえも……。


咳払いをして、その先を話すことにした。

そう、私と社君の昔話を。


やはりわれ関せずと、もくもくと食べている社君をみながら、私は昔話をどういう風に話せばいいのかを考えていた。



***




「もーいいかい?」

「まーだだよ!」

その日、クラスの行事で、私は休日の学校に来ていた。

少し風邪気味だった私は、少し無理をしていると思っていた。

しかし、休むわけにもいかなかった。


クラス替えがあった5年生の春。

仲良くなりましょうという趣旨のもと、クラスで何かをすることになった。

簡単にできて、仲良くなれるもの。

なかなかそういう都合のいいものは思いつかなかった。

協議をすればするほど、何をしていいのかわからなくなっていた。


その結果、かくれんぼということで落ち着いていた。

5年生にもなって……。

しかも、休日の学校を借り切っていた。


これまで過ごした学校だ。

それぞれに隠れる場所をしっている。


全員参加という名目で集まる予定だったが、やはり休日という日は家族との約束もある。

参加は強制ではなかった。

風邪気味の私は、最初から、具合が悪くなったら帰ってもいいと言われていた。

言われて、そのまま帰れるわけがなかった。

あとで何を言われるかわかったもんじゃない。



隠れる側と、探す側。

それぞれに分かれて、結局勝負になっていたが、誰も文句は言わなかった。

とりあえず、これを消化する。

そんな雰囲気が見て取れた。


しかし、やるからには一生懸命にする。

それが私のやり方だ。

体調の悪い私は、優先的に隠れる側になっていた。



その時私は絶対に見つからない自信があった。

私だけの秘密の場所。

旧校舎の用具入れ。通称、開かずの間。


開けるのに、多少コツがいるこの扉の奥に、隠れる子がいるとは思わないはずだ。

絶対の自信を持って、私はそこに隠れていた。


どのくらい時間がったのかわからなかった。

扉の隙間から少しだけ差し込む光で、おそらく夕方だと思われた。


予想以上に風邪気味の体は、休息を求めていたようだった。

私は開かずの間で寝てしまっていた。


こんなところにいつまでもいたら、風邪を悪化させてしまう。

そう思った私は、そこから出ようと試みた。


そう、試みなければならなかった。

この扉は、開くのにコツがいる。

それは、外側から開けるコツだった。

あの時、私は見つからないように、自分で扉を閉めていた。


何度試しても、やはり内側からはあかなかった。


助けを呼ぼうとしたが、声がかすれて、大きな声にならなかった。

不安と焦りが、私の心を支配していた。


あたりはだんだんと暗くなっていく。

私がいないことに、誰も気が付かなかったのだろうか?

私がいなくなっても、誰も気づいてくれないのだろうか?

私なんて、居ても居なくても、どうでもいいのだろうか?

涙がとめどなくあふれてきていた。


たすけて!


声が出なかったが、必死にそう叫び続けていた。

誰か、誰か、助けて!


声が出ない叫びなんて、誰も聞いてくれるわけがない。

あきらめかけた私の前で、扉が少しずつ開いていた。


「よかった。やっとみつけた」

初めて聞いたその声。

最初、誰かわからなかった。

夕日の光を背にしたその姿から、差し出されたその手をつかむ。


その手は、すごく暖かかった。

その姿は、とても心地よかった。


思わず、その胸に飛び込んでいた。

不安に押しつぶされそうになった心は、あふれ出す涙が洗い流してくれていた。

その場所は、とても心地いいところだった。


ひとしきり泣いた後、その姿を改めて見つめた。


「ありがとう、社君……」

今まで話したこともない、いままでかかわったこともない。

それでも、顔を見ればわかった。

その顔は、安心感であふれていた。


社君は話さない子で有名だった。


そんな子が、私を探し出してくれていた。

どうしようない、胸の高鳴りを感じていた。


「ありがとう……。でも、よくわかったね」

心の渇きを涙が潤してくれたのか、声もずいぶん出るようになってきた。


(大きな声はでなくても、言葉はしっかりと出ていた)

いつも持ち歩いている暗記カードには、そう書かれていた。


照れくさそうにしているのは、私が抱きついているからだろう。

カードを見せると、また顔を背けていた。



***



「とまあ、こんなところかな?」

あの時から、私は社君に興味を持っていた。

普段社君が何も言わないのも、何かあるのだと感じていた。

そしてなにより、私はあの居心地の良さの虜になっていた。



「わかります!」

智美がいきなりそう叫んでいた。

となりで雫も頭を縦に振っていた。



「でしょ!」

私も思わず身を乗り出して答えていた。

何がどうということはない。


私達は、同志となっていた。


そんな私たちの盛り上がりをよそに、相変わらず社君はおかわりを要求し、若葉はそれに応えていた。


次は葉月の病院が舞台となります。

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