幼馴染
若葉。語ります。
「ご無沙汰しております。おじ様」
社の隣で、にこやかに挨拶するその女性は、お父さんの言うとおり美人だった。
茶色の長いストレートな髪を無造作にまとめ、小柄でスタイルがよかった。
そして何より、私にない豊満なものがそこにあった。
しかも、そのほほ笑み。
何一つ、勝てる要素が見当たらなかった。
明美のため息が、自分のもののように思えていた。
「ああ、葉月さん。長旅ご苦労様。今回は長かったね。どうだった?」
すごく機嫌のいいお父さんは、もう一つのソファーへと案内していた。
その右手には、ちゃっかりお土産が握られている。
思わずその姿を目で追っていた。
笑顔で答えるその歩き方は、清楚な女性を感じさせた。
目で追わずにはいられない。
そう思っていた時に、その目的地を見てしまった。
「しっかり掃除してあるし……」
衝立の隙間からみえている、その応接セットは、生活感が全くなくなっていた。
あれほど普段だらしなく使っていても、見違えるように普通のものになっていた。
お茶を用意していた社が、そこに合流していた。
「社君はこっち」
お茶を配る社を、自分の横の席を軽く叩きながら、誘っていた。
社はお茶だけおいて、何やら暗記カードで話をした後、こっちのほうに歩いてきた。
(みんな元気そうだね。ゆっくりしていくといいよ)
暗記カードをみせたあと、雫の頭をなでながら、雫に何かを囁いていた。
あれだけはしゃいでいた明美も智美も、借りてきた猫のようになっていた。
頭をなでられた雫に至っては、もはや別世界に旅立っている。
若干、何か心の中で動き出すものがあったが、今はそれが何だかわからなかった。
「社。晩御飯何がいい?」
とりあえずいつもの調子で聞いてみた。
(わかばのすきなもので)
いつものカードを私に見せて、社はあの女の横に座っていた。
いつまでもじろじろ見るのは失礼だ。
気になりつつも、無理やり座りなおす。
目の前の明美と智美は食い入るように見つめていた。
私はそっと耳をそちらに向ける。
詳しいことは聞こえない。
でも、私の中の誰かが、そうするように指示していた。
「ちょ、若葉。何、あの女。あからさまなんですけど」
私と雫からは後ろ向きでよくわからないが、明美と智美にとっては見せつけられているように思うのだろう。
雫はまだまだ帰ってくる気配はなかった。
「まあ、幼馴染なんだし、久しぶりだし、仲良くってあたりまえじゃない?」
我ながら陳腐なセリフに思えたが、そう言わざるを得ない思いがあった。
「でも、あれ絶対気があるって、話は分からないけど、さりげないボディタッチしてるもん」
明美が悔しそうに報告する。
「そうね、あの女は自分の魅力を最大限に行使しているわ。それにしても、社さんはいつも通りね……。ある意味それが怖い」
智美の方は社攻略の糸口を考えていたのか、見るところが違っていた。
「まあ、彼女はいないって言ってたしね。結構前のことだけど。今もそうなんじゃ……」
予想以上に大きな声になっていたようだ。
雫が私の声に反応していた。
私の何気ない呟きで、全員の注目を一身に浴びている気がしていた。
「それっていつのことよ?」
明美の挑みかかるような視線が痛かった。
「んー。2年くらい前かな?」
よく覚えていないが、たぶん中学にあがったときだろう。
お父さんが彼氏を連れて来たら……。という話になった。
その時のながれで、お父さんが社に聞いた気がする。
その時にいなかったのだから、今もいないと思っている。
「よし!」
智美と明美のガッツポーズに、雫の頷きが加わっていた。
そんな時、お父さんの呼ぶ声が聞こえて振り返る。
どうやら、私を呼んでいるみたいだった。
なぜか葉月さんはうつむいていた。
「なに?」
できるだけ冷静にそう答えたが、少し声が上ずっていた。
「今日、葉月さんも晩御飯一緒に食べようという話になったんでな。あと、お前。ちゃんと挨拶してないだろう?」
このオヤジ。いい性格をしている。
「すみません、葛城若葉です。父がお世話になっております。葉月さんとお呼びしてもよろしいですか?」
丁寧にあいさつをしたつもりだ。
これでも、ちゃんとできることを証明しなければ。いつまでたっても子ども扱いされてしまう。
「こちらこそ、はじめまして。私は賀茂葉月。社君とは小学生の時からのつきあいかな。お父さんとは私の叔父との縁です。若葉さん。小さい時に一度会ったけど、覚えているかな?」
人懐っこいほほ笑みは、本当に見ていて綺麗だった。
しかし、いつのことだろう?全く記憶になかった。
「すみません。よく覚えていません。あと、若葉でいいです。みんなそう呼ぶんで」
正直にそう言うしかなかった。
変に話を合わせていけない気がした。
「わかったわ。あと、会ったのはお母さんの時だから、たぶん覚えていないのかもね」
一瞬悲しそうな顔になっていた。
あの時にあったのか……。
それじゃあ覚えていないのも納得できた。
私は割と人の顔をおぼえているほうだが、あの時は世界が無くなっていたから。
気持ちが沈む気配がした……。
その時、パンという小気味よい音が、あたり鳴り響いた。
私の気分を変えるかのように、葉月さんが両手を打ち鳴らしていた。
そのまま両手を合わせた姿は、私へのお願いになっていた。
「今日はごちそうになります。でも私、お料理できないので、ごめんなさいね」
しっかりとやらない宣言もされていた。
さりげなく、舌を少しだけ出して謝る表情が、妙に似合っていた。
マイナス面もプラスに変える。
そんな葉月さんの表情を見せられると、ついつい許してしまう感じがした。
「その分は、私たちがお手伝いします!」
後ろから、明美が宣言していた。
元気のよい明美の声は、自分をしっかりと主張していた。
「初めまして、私は東野明美と言います。若葉の同級生です」
「初めまして、私も若葉の同級生で、近藤智美と言います。こっちは月野雫です。人と話すのが苦手なので、申し訳ありません。」
明美と智美と雫がそろって挨拶していた。
「これは、ご丁寧に。私は賀茂葉月。社君とは小学生からの仲よ。いままでずっと付き合ってきたけど、20歳から4年ほど日本全国の病院で働いてたわ。いわゆる支援という派遣ね。最近は北海道だったから、特になかなか会えなくてね。あっ誤解のないように言っておくけど、そういう付き合いはまだ無いわ。そうね、社君の一番の理解者だとは思ってるけどね」
われ関せずとお茶を飲む社を見て、ため息交じりにそう告げていた。
まだ無いとは言っていた。その意志はあるということだ。
「あんなだし、昔っからそう……」
一瞬、寂しさと悲しさが感じられた。
しかし、この人の性格がそうさせるのか、全く暗さがなかった。
いつかは克服して見せる。
そういった決意に似たものが感じられた。
明美たちもなぜかそこには同意していた。
「今日はにぎやかだな」
意味ありげに笑う、ぐうたらオヤジを視界の外に追いやって、今晩のおかずを考える。
思わず増えた人数に、今日は何にすればいいのだろう。
訳の分からない感情が、私の中で動き出す。
モヤモヤする気分のせいで、全く考えがまとまらなかった。
次は葉月の番ですね。