心の闇
これでこの中学校編を終わります。
3~4話で一つの物語にしたいと思います。
人は壁を前にして、さまざまな行動をとる。
自力でそれをよじ登ろうとする人。
そこで立ち尽くす人。
迂回して、また戻ってくる人。
違う道を探し当てる人。
人に助けを求める人。
そして、よこしまな道を進もうとする人。
大きくて、どうしようもなく、どうしていいかわからない。
そんな時に、相談することもできなかったら?
しかも、周囲から追い立てられるように逃げ道をふさがれたら?
人はその時、どうするか?
往々にして、それは邪な道にそれていく。
本人だけの問題ではない。周りがそれを後押ししている。
2年1組11番 佐藤晃 学年8位
2年2組 3番 海辺久人学年9位
2年3組 7番 工藤博 学年7位
5位以内という推薦を、あと一歩のところでいつも届かない追い詰められた子供たち。親からの圧力は、やがて彼らをある行動に駆り立てていた。
自ら上ることをやめ、他者を蹴落とす方法に。
最初は単独でそれぞれを陥れることをしていたのだろう。
学年3位と4位と5位の3人の持ち物が、たびたび紛失する事件が起こっていた。
同時期に、他の生徒の持ち物もなくなっていたから、そこに目を付けたのかもしれなかったが、いつも遅くまで図書室で勉強している彼らは、互いに互いの行為を目撃したのかもしれなかった。
彼らの利害は一致したのだろう。
僕がこの学校に来たのは、そんな出来事が繰り返されるのを、内密に調査してほしいという依頼だった。
2週間ばかり内偵した結果、彼ら三人に共通する悪想念の塊は、すでに分離が難しい状態になっていた。
密接に結びつた物は、一度噴出させることが必要だった。
昨日の生徒は、彼らの垂れ流す悪想念に影響を受けたと思われる。
悪想念は、他人にも影響し始めると、もはや手が付けられない。
それに当てられた人が、同じような行動をとり、それがまた繰り返される。
いま、この3人はそういう状態になっている。もう間もなく極大を迎えつつあるその悪想念は、すでに学校を覆っていた。
(社。かなり面倒じゃの)
和歌の注意が痛いほどよくわかった。この悪想念はすでに結界を形成している。
3人はその違和感すらわからないのだろう。
夕方の学校。その校長室に潜んでいたとしても、誰一人としてそれを見つけることができないという事態。
その行為が完成した時にこそ、一瞬の機会が訪れるはずだ。
「諸行無常」
印を切り、結界を破る。これで僕の接近も知れただろう。
すでに人ではない気配がしていた。
(それでも助けるのかの)
和歌があきれたように尋ねてくる。
当然だ。
それが僕のやり方だ。
救えるものを救うのみ。
(まったく、しょうがないやつじゃの……)
あきらめの感情が手に取るようにわかるとともに、認めてくれているのもよくわかった。
「ありがとう」
感謝の言葉は口に出す。
それがその言葉の役割だから。
(さあ、ご対面といこうかの)
和歌の掛け声とともに、校長室の扉を開く。
そこには3匹の魔物が金庫の前で集まっていた。
すでに扉は開かれて、中の紙を一心不乱に見ていた。
哀れな姿になっても、その目的は見失っていない。
僕に気が付いて、あわててその紙を後ろに隠す。自分たちの姿が変化していることも分からないようだ。
「それほどまでに、テストでいい点を取りたいのですか?」
左手に持つ錫杖を3匹に向けて問いかける。
言葉を無くしているか否か。その問いは、人と魔物を分かつ線となる。
「ぎゃーああ!」
不可思議な声は、3人に自分たちの姿を確認させていた。
もはや人の言葉も失っていた。
「色は匂へど散りぬるを、我が世誰ぞ常ならむ、有為の奥山今日越えて、浅き夢見じ酔ひもせず」
言葉を紡ぎ、右手に力をみなぎらせる。
舞うように、言葉をその身に宿らせた。
光の剣が僕の手の中に現れる。
その剣は光をその身に宿しながら、常に明滅を繰り返し、ひと時として同じ形を保ってはいなかった。
素早く踏み込み真横に振るう。
3人をまとめて飲み込んだ光の剣は、過たず3人だけを両断した。
断末魔の叫びをあげて、3人を覆っていた闇はいずこかへ消えていた。
後に残った3人は、問題用紙を握りしめたまま、涙を浮かべて僕を見ていた。
一瞬だけ。
彼らの心を切り裂いたその剣は、彼らに生死の境を見せていた。
「それほどまでに、テストでいい点を取りたいのですか?」
再び聞いたその言葉に、3人は泣きながら答えていた。
「僕だって、こんなことはしたくなかった。でも、こうするしか選べなかったんだ!」
「俺だってそうだ。こんなことはいけないことだとわかってる。でも、こうするよりほかに道はなかった!」
「ぼくもだよ。こんなことしたって何にもならないことはわかってる。でも、これしか仕方がなかったんだ!」
確かに聞いた、その言葉。
「その言葉、確かに貰い受けた」
選べなかった。道がなかった。仕方がなかった。
その言葉を断ち切る。
彼らの言葉でコトノハの剣を作り出し、少年たちを切り刻む。
光の剣の軌跡が心という字を浮かび上がらせた。
「僕は、なんてこと……」
涙と共に、少年たちから懺悔の言葉が漏れていた。
「天清浄 地清浄 内外清浄 六根清浄と 祓給う」
舞い踊り、彼らの周囲も断ち切って、最後の仕上げを行うべく、剣の形を変化させた。
「祓い給え 清め給え」
弓状に変化したその剣で、3本の矢を同時に放つ。
3本の矢はそれぞれが狙い定めたように、少年たちに胸を射抜いていた。
「想いは、言葉にして伝えるものだ」
それだけ告げると、懺悔の涙を流しながら、少年たちはその場で倒れていた。
「過ちを再び繰り返さないために」
倒れた少年たちに願いを込めて、言葉を贈る。
その瞬間、背後に気配を感じた。
錫杖を構え、振り返ると、そこには一人の若者がいた。
校長室の扉を片足で開けながら、その若者はその枠にもたれかかっていた。
「あんたが、社か。うわさ通り、甘いな。そいつらはその身に悪想念を宿して罪を犯した。それだけで、死刑だろ。こいつらを今救ったところで、同じ過ちを繰り返すぜ」
タバコに火をつけながら、吐き捨てるように僕に告げていた。
「はっきり言って、社。お前のやり方じゃ何も救えない。こいつらは、ここで魔物として成敗してやった方がよかったんだぜ。おまえは、こいつらにまた同じ苦しみを味あわせることをしているんだ」
僕の反論を持たずに、そのままその若者は立ち去っていた。
(まあ、わしも同意見じゃがな、ああ言われるとむかつくの)
珍しく和歌が怒っていた。
確かにもう一度同じことが繰り返されるかもしれない。
でも、確かに、この子たちは謝った。
自分たちの行いを悔いることができた。
ただそれだけで、以前とは違うと言いたかった。
「今のは三門家のものだな。それも、相当力のある陰陽師だな」
入れ替わりにやってきた小角さんが、タバコの火をつけながら、校長室に入ってきた。
「やっこさん、何しに来たか言ってたか?」
小角さんの問いに頭を振って返答する。
「そうか、何かあるのかもしれん。ちょいと気を付けようか。後のことはやっとくよ。社。先に帰って、若葉の相手でもしておいてくれ。明日は試験だってきいたよな?」
そう言って何かを期待する小角さんに、今度は違う暗記カードを提示した。
「うんうん。よくわかってるな。それでこそ、社だ」
満足そうに3人を並べて、答案用紙を元に戻していた。
(まったくあの男は、面倒じゃのう)
和歌の主張に同意するが、まあ、いいのではないかと思っていた。
閉めの言葉はあった方がいい。
いつもの日常に戻るために。
新しい登場人物が出てきました。
次は病院編を予定しています。(書きためしてないので、出来上がり次第投稿です)
よろしくお願いします。