こころを糧に
3話目まいります。
「まあ、このころの年齢の子供は厄介だからな」
所長と書かれた机に荷物を置いて、椅子に腰かけ、タバコに火をつけた。
「お父さん。禁煙!」
若葉がそれを取り上げ、すぐに火を消す。
名残惜しそうに自らの指を眺めるその先には、はさむものを無くした二本の指が何かを求めるように動いていた。
「それと、いつまでも子ども扱いしないでよね!」
事務所の洗い場から水を流す音と共に、若葉の文句が聞こえてきた。
「あははは」
肩をすくめて、僕に同意を求める。
われ関せずと知らぬ顔を決め込んだ。
「おい、社がそんなこと言うのが子供だって言ってるぞ」
そんなこと言ってないが、何も言わなければ、言っているのと同じなのだろう。
若葉が血相を変えて、飛び出してきた。
「私は子供じゃない!」
むきになるところが子供なのだが、思春期というのはそういうものだ。
子供から大人になる変化。
それに戸惑い、そして自分を変化させていく。
しかし、そうできない人間もいる。
若葉が必死に子供じゃないと言葉にするのは、そういう事だった。
ゆっくり暗記カードをめくり、その言葉を若葉に見せた。
「ほら、社はわかってるのよ。お父さんだけが、この私の成長をわかってない」
胸を張る若葉には、成長は未だ途中だという証があるが、それは心の奥にしまっておこう。
話がややこしくなるだけだ。
しかし、小角さんの一言は、僕の配慮を粉砕していた。
「若葉よ。その幼児体型を何とかしてから偉そうにするんだな」
言葉は慎重に選んだ方がいい。
いくら親と言っても、本人が気にしていることを言っていいことではない。
うつむき、肩を震わすその姿を、僕は何かに耐えているのだと思っていた。
「うっさい!このダメオヤジ。私はまだ成長途中!今に見てなさい!」
腰に手を当て、指をさし、しっかり見つめるその先には、うれしそうににやけるオヤジがいた。
この二人の言葉は、お互いを傷つける言葉を発しているが、悪意がない。
だから、その言葉では傷つかない。
心を糧として、言葉は紡がれる。
思いやる心には、傷つける言葉と言えども響かない。
逆に、どれほどの言葉で彩ったとしても、心を糧としないものは、影響はしない。
「ところで社。お前が見てあと何人だった?用務員として探ってきた報告聞いてないぞ」
小角さんがパチンコとかでいなかったんだとおもったが、若葉が代弁してくれていた。
「お父さん、いつもいなかったよね。社は夕方、毎日ここに来てたよ」
目を細めて父親を見下ろしていた。
小柄ながら、威圧感が存在する。
その目は、言葉以上に雄弁に物語っていた。
「そうかそうか、そいつは間が悪かったな。夜中だったらいたんだがな」
さも残念そうに告げる言葉には、ひとかけらもその意味を伝えていなかった。
タバコに手をやり、火をつけると同時に、また若葉にかすめ取られていた。
「き・ん・え・ん!」
力を込めて、告げていた。
流しの方に向かうその背を見ながら、僕は指を3つ立てていた。
「今日中に片づけろ」
窓の外を見ながら、そう告げる姿は、それまでの小角さんではなかった。
その背中には、有無を言わさぬ迫力があった
その視線の先に問題の中学がある。
そこには嫌な気配が立ち上っている。
小さく頭を下げて、事務所の扉を閉めた時、若葉のこえが聞こえていた。
「あれ?社は?明日実力テストだから、勉強教えてもらおうと思ったのに」
その声を聞きながら、安心する。
どうやらまだ、間に合いそうだった。
(だが、急がねばなるまいの)
僕の心を読んだのか、和歌が軽やかに告げてきた。
「急ごう」
右手を握りしめ、僕は走り出していた。
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