恋を知らない僕ら2
こんにちは薬師実です! 今回の小説は上手く描写が出来ているでしょうか⋯⋯。
「え、今なんて⋯⋯? 」
僕は自分の耳を疑い、もう一度古河さんに聞き返すことにする。
「私には恋が分からないの、今まで恋をしたことなんて無かったし、ドラマなんかを見ていても何でそう考えるんだろうとか不思議でしょうがなかった。 もしかしたら私、今話題になってる落感症なのかもしれないね」
古河さんは、校庭に転がっている石を蹴飛ばしながら進んでいく。呆然としてしまっていた僕は、置き去りにされまいと古河さんの後を追いかけていく。
古河さんが恋が分からないなんて⋯⋯、 それじゃあどうやって僕の想いが君に届くって言うの?僕がしているのは決して実らない恋なのかな?
「で、でも! 落感症は具体的な症状は何も報告されてないし、古河さんが好きになれるような人に出会ってないだけじゃないの?」
僕は必死に古河さんの言っていることを否定する。今までに発見されてきた落感症は怒りとか悲しみとか嬉しさとか楽しさとか、そういった分かりやすい感情の欠落がほとんどだったはずなのに。
恋という感情が欠落するなんて聞いたこと無いし、それじゃあ寂しいじゃないか。恋はこんなにも楽しくて、嬉しくて、切なくて、苦しくて、あったかいものなのに。それが分からないなんて悲しすぎて、僕だったら耐えられないよ。
「でも私の友達はみんな初恋をしてるんだよ? 私の知る限りじゃ高校生になってまで初恋がまだの人なんて全然いないよ。 みんな誰かしらに好意を持っていたし、その好意を受け取る人や、拒絶する人もいた」
そこで古河さんは俺に向き直ると真剣な表情で告げる。
「私に教えてよ、恋って何なの? どういう時にするものなの? 恋をしたら楽しいの? 恋人を作れば、恋が出来るものかな? 私には何も分からないよ」
僕は古河さんの言葉に何も返すことが出来ない。僕だって、僕だって今日初めて恋のようなものを体験したんだから。明日になったらこの気持ちが消えてしまうかもしれないと不安に感じているのに。
こんなことは初めてだったんだ。 中学の同級生なんかはいつも女の子の話題で盛り上がっていたし、その話に加わることの出来ない僕は、肩身の狭い思いをしていた。僕だってみんなと同じような事を話したいし、気持ちを共有したい。
だけど、僕は恋は自分からしようと思ってするものでも無いし、出来るものでも無いと思うんだ。今日の体験を踏まえて、恋はするものじゃなくて、落ちていってしまうものなんじゃないかと考えている。
恋からはどうやったって逃れられないし、自分の意思ではどうする事も出来ない。それは自分の制御下から外れて本能のままに暴れまわる獣のようにも思える。
「焦らなくてもいいんじゃないかな? 恋は自分からするものでも無いと思うし、いつかこれが恋だってわかる時が来るかもしれないよ、だから気長に待っていこうよ、高校生活はこれからなんだから」
僕の言葉を聞いた古河さんは、少し安心したような、納得したような笑みを浮かべて、僕に返事をする。
「そっか⋯⋯、 清水くんの言うとおりだね、分かった! 私なりの恋を見つけてみることにする」
古河さんは再び歩きだす。僕から遠ざかっていく古河さんは物理的な距離だけじゃなくて、心の距離まで離れていってしまいそうな⋯⋯、 僕はそんな考えを払拭するために行動を起こす。
「よ、よかったら自転車で送るよ! ちょっと遅くなっちゃったし、女の子が一人で帰るなんて危ないから!」
すると古河さんはこちらにくるっと振り返って、にこりと微笑む。あの笑顔は今日の朝に僕が見た表情とまるっきり同じで、僕は再び二人だけの世界に飛ばされてしまったのでは無いかと思ってしまう。夕暮れを反射する造形の良い古河さんの顔に、僕はどんどん惹きこまれていく。
君にさっきみたいな悩んでいる表情は似合わない、僕は笑った顔が一番可愛いと思うよ?
だから、僕は一番好きな君を見るために君を笑わせてあげる。上手くいかないかもしれないし、逆効果にだってなるかもしれない。
だけど、君に笑ってほしいって思う僕の気持ちを届けたい。
君のどこが好き?なんて聞かれたら困ってしまうけど、君のことなら全てが愛しいと思えるけど、それでも僕は君の笑顔が一番好き。
「うん、じゃあお願いしよっかな! 君って優しいんだね」
僕は急いで駐輪場への階段を駆け下りて、自転車のチェーンを外していく。すぐさまサドルに跨って、ペダルを全力で漕ぐ。
少しでも君と長くいるために、君との時間を共有するために。
君は僕を優しいと言ったけどそれはちょっとだけ違うよ? 僕は優しいのかもしれないけれど、一番優しくしたいのは君なんだから。
僕は自転車を校門の前に着けると、自転車のベルを鳴らす。
「じゃあ近くまで送っていくからね、商店街を通るのは同じだっけ?」
「そうだよ! 運転手さんお願いしまーす!」
古河さんが荷台に座ろうとしたので、僕は慌ててハンカチを敷いてあげる。僕の自転車が、君の新品の制服を汚しちゃうといけないから。
「ありがとう! 優しいだけじゃなくて気が利くんだね」
どうしたら一番君のためになるか考えれば当然だよ。僕は君の一番の理解者になりたい。
荷台に座った古河さんを乗せて、僕の自転車は走り出す。古河さんは両足を自転車の片側にして、片手で落ちないように荷台を掴んでいた。僕は背中を掴んでくれるかなと淡い希望を抱いていたけど、それは望みすぎかと思って諦める。
僕たちは主婦の方々や若い人たちで賑わう商店街を、すいすいと自転車で走り抜けていく。商店街の人たちが僕たちの事を見ていたような気がするけど気にしない。商店街は喧騒に包まれているけど、僕の耳は古河さんが時折だす音を拾うのに必死だった。
昼間の僕が今の僕たちを見たらどう思うだろうか。きっとどうやって話しかけたのかを、しつこく問い続けるに違いない。
商店街を抜けてしばらくすると緑の多い景観になってきて、僕の家が近くなってきたと共に、古河さんの家にも近づいているのだと思い僕は嬉しくなってしまう。
それと同時に、僕たちの別れの時間が近づいてくると気付いて悲しくなっていく。嬉しさと悲しさが混在する僕の心を、誰が理解してくれるだろう。
そんな事を考えていると僕と古河さんの別れを告げる時がやってきたみたいだ。僕は左の道、古河さんは右の道だ。
「今日は送ってくれてありがとう、これからもクラスで仲良くしてね」
「うん! こっちこそよろしく! あ、今日ライン送ってもいいかな? 忙しいならやめておくけど」
「全然忙しくないから大丈夫だよ! それじゃあまた明日ね」
「うん! また明日!」
僕はまた明日と言ってもらえたのが嬉しくて、古河さんが見えなくなるまで手を振っていた。時折古河さんが手を振り返してくれて、僕たちは同じ気持ちを少しは共有出来たのかな?と思った。
古河さんの姿が完全に見えなくなった後、僕は自転車に跨って全力でペダルを漕ぎ始める。
「やったあああああ!! 遂に古河さんと仲良くなれたんだ!!」
僕はそんな事を叫びながらひたすらにペダルを漕ぎ続ける。誰が聞いていたとしても、そんなの気にしない。僕はこの湧き上がる気持ちをとにかく放出したかったのだから。
僕はすぐに家のマンションへ着くと、駐輪場へ自転車を止める。僕の住んでいる地域では僕のマンションが一番高い建物かもしれない。その周りには住宅街やスーパーが並んでいて、五階から見える景色はこの地域をほとんど見渡せるほど高い。僕はエレベーターを押して五階に着くと、ふと景色が気になってしまう。
住宅の屋根が夕暮れを反射しながらきらきらと光っていて、空を見れば赤い夕焼け雲が流れている。その夕焼け雲はパンにも見えたり、人の顔にも見えたりするのでとても面白い。今朝に見た景色と今になって見る景色はこんなにも違うものなのかと、驚いてしまう。僕の世界は虹色に輝いて、明日への希望に胸を高鳴らせていった。
夜になって食事や風呂、明日の授業の準備を終えた僕は、古河さんへなんてラインを送ればいいかを数十分も悩んでいた。浮かんでは却下し、浮かんでは却下しを繰り返して今に至る。
僕は遂にこれだ!と思うメッセージを考えて、古河さんへラインを送る。
『今日はありがとう! 明日からクラスでもよろしく!』という返事を送り、僕はベッドの上で祈るように手を重ねている。
一分たっても返事が来ない、五分、十分たった時にスマートフォンからラインの通知を知らせる音がなる。
僕はスマートフォンに飛びついて、すぐに何て返事が来ているかを確認する。
『こちらこそよろしく! 委員会でも同じだからその時はよろしくね』
僕は安堵すると共に、何て返事を返したらいいか分からず、またラインを続けても良いものかと悩んでしまう。
臆病で欲張りな僕はこう返事を返す。
『もし丘の上で会うことがあったらその時はよろしくね! 僕はたまにランニングしてるから!』
すると数分後に可愛らしいスタンプと共に返信が来る。
『了解! 早く起きた時は散歩してるからいつでも声かけてね〜』
僕もすかさずスタンプを押して、既読が付くのをじっと見つめていた。既読が着いたのはそれから三十分ほど後のことだった。
僕はベットに寝転がりながら、部屋の照明に手をかざす。やっぱり僕はラインじゃなくて直接会って話したいと思ってしまう。ラインだけじゃ文字でしか伝わらないけど、直接会えば君がどんな表情、どんな抑揚、どんな仕草をするのかを知ることが出来るから。
僕が思っていることは贅沢なことなのかな? でもそうじゃなきゃ、僕の思っていることが君に真っ直ぐに伝えられない。僕の考えていることをちゃんと理解して、受け取ってほしい。こう思ってしまう僕は、贅沢で欲張りな人間なのだろうか。
今日は一睡も出来ないだろうと思いながら、部屋の照明を消すのであった。
ーーーーーー
予想通り寝不足になってしまった僕は、目覚まし時計が鳴っていることに気が付かずにそのまま寝過ごしてしまった。
僕はろくに歯磨きも洗顔もせず、少し寝癖の着いた髪を水で直しながら制服に着替える。
朝食を作っている暇は無いので、起床してから十分ほどで家を出るが、いってきますを言っている暇は無かった。僕はエレベーターのボタンを連打して、早く来いと心の中で念じる。エレベーターに乗って一階へ降りた僕は、急いで自転車に跨って走り出す。すると、昨日脚を酷使したせいか結構な筋肉痛が僕を襲うが、筋肉痛は動けば治ると思って気にせずにペダルを漕ぎ続けていった。
昨日古河さんにまた明日と言ってもらった別れ道を横目に、僕は商店街まで立ち漕ぎしながら進んでいく。
商店街を走り抜けていると、すでに営業しているお店がちらほらと出ていて、全然生徒が見当たらないので、僕はやばいと思って自転車のスピードを上げる。
しばらく走っていると、前方に急いで走っている制服を着た女の子が見える。僕はその女の子を無視して通りすぎようとした。
「ちょっと待って!! 私も乗せてってほしいの!」
僕は名も知らぬ女の子に呼び止められて、反射的に止まってしまう。仕方がないのでこのまま女の子を乗せていってやることにした。
その女の子はうすい茶色に染めた長い髪の毛先にカールをかけていて、いかにも今時の子という感じがした。顔立ちは少し童顔で、幼いような印象を受ける。身長は古河さんより少し低くて、古河さんが美人よりな顔立ちならば、この女の子は可愛い系というやつかもしれない。
僕は無駄な考えを振り払うべく女の子へ返事をする。
「わかった! 早く自転車の荷台に乗って!」
その女の子は荷台へちょこんと座る。
「じゃあ飛ばしていくよ! 捕まって!」
僕は後ろに二人目の女の子を座らせながら、商店街を走り抜けていった。おそらくまた商店街の方々に注目されてしまっているかもしれないけど、僕は気にしない事にした。
噂になったりしないよね⋯⋯?
僕たちは駐輪場へ着くと、急いで階段を登る。ホームルームまでに残された時間は後十分、これを乗り切れるかどうかで入学して次の日から遅刻してくるという汚名は免れるだろう。
校庭には登校している生徒はいない、どうやら僕とこの女の子が最後のようである。僕は隣の女の子に声をかける事にした。
「じゃあ僕は急ぐから、遅刻しないように気をつけて」
「うん、ありがとう⋯⋯ 」
僕は女の子を置き去りにして、昇降口へ駆け抜ける。人として褒められた行為じゃないと思うけど、そんなことは言ってられないよね。僕は左腕の時計を見て焦りながら、靴を履き替えるのであった。
結果から言うと僕はホームルームのチャイムが鳴ると同時に教室へ入ることが出来たので、何とか遅刻にならずに済むことが出来た。その時のクラスメイトたちの目線に僕は恥ずかしくなってしまうが、古河さんがくすくすと笑っているのを見て、僕は恥ずかしい気持ちよりも嬉しい気持ちの方が勝っていた。
「昨日は眠れなかったのか? あんまり夜更かしすると体に良くないぞ」
前の席に座っている彰人が、僕の方へ振り向きながら小声で心配してくれる。夜更かししたわけじゃないけど、親友の優しさに僕は少し感動してしまう。
しかし、僕はその数分後に驚くことになる。さっき荷台へ乗せた茶髪の女の子が、ホームルーム中に教室の扉を開けて入ってきたのだから。
僕はさっと目を背けるがその女の子が僕を見つけると、睨んでいるような責めるような目で僕を見ている気がする。
まさか同じクラスだったなんて⋯⋯、 あの女の子は僕を責めるだろうか。でも、感謝されこそすれど、責められるいわれは無いと思う。僕は堂々としていればいいんだと思い、背筋を真っ直ぐに伸ばした。担任の先生は女の子を注意していたが、初めての遅刻ということもあり、厳しく言われることは無かった。
ホームルームが終わって、辺りを彰人はトイレに行ってしまうが、僕はトイレに行く気分では無かったので遠慮しておいた。廊下きらは楽しそうに話す生徒たちの声が、教室内へ響いてくる。そして僕が授業の準備をしていると茶髪の女の子が僕の方へ近づいてくる。
「ねえ」
僕は何も答えない。
「あなたのせいで遅刻しちゃったんだけど、どうしてくれるの?」
茶髪の女の子は両手を腰につけて、少し怒っているような口調で僕を責める。どうしてくれるも何も、ただの逆恨みじゃないかと思う。僕はため息をつきながら、茶髪の女の子へ返事をする。
「あそこで置いていっちゃったのは謝るけど、自転車で学校まで送ってあげたじゃん」
「そ、それはそうだけど! でもあそこで一緒に教室に行けば間に合ったかもしれないじゃん!」
いやいや、僕が階段を駆け上がってギリギリだったんだから、絶対に遅刻していたに違いない。
それより僕は一つ気になったことを質問することにした。
「待って、どうして僕と君が同じ教室だって分かったの? 僕と君って初対面だと思うけど」
「だって昨日お互い自己紹介してたでしょ? だから初対面じゃないし、じゃないと声なんてかけないよ?」
驚いた、僕はこの女の子が同じクラスだなんてこれっぽっちも覚えていなかったのに、この子は何の印象も無い僕を覚えていたというのだろうか。
その理屈が通るならば、この子はクラスのほとんどの人を覚えているんじゃないだろうか? だとしたら彼女はすごい記憶力の持ち主だと思う。
「そ、そうなんだ、ところで君の名前は? 僕は君のことを覚えてないんだけど、教えてくれないかな?」
「え、どうして覚えてないの!? それに私が誰か分かんなかったのに、自転車に乗せたってこと?」
「う、うん、だって凄い必死に走ってたし、乗せてって言われて反射的にね」
すると茶髪の女の子はとても驚いたような顔をする。
「そうだったんだ⋯⋯、 あなたって本当のお人好しなのね」
僕はお人好しなのだろうか、別に人の嫌がることをしないだけで、誰かれ構わず優しくするわけじゃない。それに今は僕が一番優しくしたい人が、窓際の一番前の席に座っているのだから。
「じゃあ改めて自己紹介するね、私は織村知奈美、中学の部活はテニス部に入ってて今度見学に行くつもりなんだ、清水くんは陸上部に入るの?」
「まだ入ろうとは決めてないよ、今日の放課後見学に行ってみて、雰囲気が良ければかな」
織村さんは、カールのかかった髪を指でくるくるとしながら、僕の前の席を見る。僕はそんな織村さんを訝しげに見ていると、僕の視線に気がついた織村さんは少し慌てながら、そして何かを決意したような顔になる。
「清水くんって篠宮くんと仲がいいのかな? 同じ中学校だって言ってたし、いつも一緒にいたから」
僕は織村さんの一言で察しがついてしまった。つまり織村さんも一人の女の子だったというわけだ。
「もしかして彰人の事気に入ってるの?」
「ち、ちょっと! こっち来て!!」
僕は織村さんに袖を掴まれて、教室の外へ連行されてしまう。廊下へ出ていく時に見えたのは、友達とのおしゃべりをやめてこちらを見ていた古河さんだった。
古河さんは織村さんと話している僕を見てどう思ったのかな? 少しでも妬いてくれれば嬉しいと思う気持ちと、他の女子と話しているところを見られたくないという気持ちが僕の中でせめぎあっていた。
「ど、どうして分かったの!? 私そんなこと言ってないよ!」
織村さんはおろおろしながら、僕へ問い詰めてくる。僕は今まで彰人と一緒に過ごしてきて、同じような考えをする人を間近で見てきたし、彰人関連で女の子の考えている事なら大体分かるようになっていた。
「彰人はイケメンだし、コミュニケーション力もあるから人気になるのは分かるよ、もしかして彰人と同じ中学出身だったから覚えてたんじゃない?」
「う、それは⋯⋯ 」
やっぱり図星か⋯⋯、 これでなんで織村さんが僕のことを覚えていたかについて納得がいく。
「じゃ、じゃあ私に協力してくれない? 篠宮くんのこと色々教えて欲しいし、好きな女の子のタイプとかいろいろ⋯⋯ 」
「僕じゃなくて彰人に直接言ったら良いんじゃないかな? 僕が君のことを紹介したとしても、彰人からしてみればいきなり何だろうってなるかもしれないよ?」
「うーん、じゃあさ! 清水くんの好きな人との恋を応援するから、私の恋も応援してくれないかな? 同じ女子同士だからいろいろ情報を渡せると思う!」
ど、どうして織村さんが僕の好きな人の事を知ってるんだ? まさか僕が古河さんのことを見てるのに気がついた!? それとも放課後でのことを見られていたのかな!?
「え、なんで古河さんのことを知ってるの!? もしかして僕が古河さんのことが好きなのを分かっていて!?」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私は古河さんのことなんて分からないよ? ただ清水くんに好きな人がいれば協力する代わりに、私の恋に協力してもらいたかっただけだよ!」
「え⋯⋯? 」
何ということだろうか、僕は要らぬことを自分から話してしまったのだ。僕は自ら墓穴を掘ってしまったということになる。自分の言ったことを聞かれていないかを確認するために、廊下にいる生徒を見回してみる。幸いにも僕と織村さんの近くには誰もいなかったので、僕は一安心する。
「清水くんは古河さんが好きなの? あの窓際の席に座ってる黒い髪の女の子?」
僕は逃げられないと思い、観念するしか無かった。
「僕の一目惚れなんだよね、昨日のあの丘で初めて会った時や自己紹介の時には、それはもう運命的なものを感じたんだ!」
「じゃあ私と似てるんだね、私も自己紹介の時に篠宮くんに一目惚れして、いつ話しかけようか迷ってたところに清水くんが来たんだから、棚からぼた餅ってやつだよね!」
やっぱり女の子のほとんどは彰人に一目惚れしてしまう子がほとんどのようだ。すると僕の中にある一筋の不安が浮かび上がってくる、もし古河さんが彰人のことを好きになってしまったら、僕はどうしたらいいのだろうか。
いくら古河さんが恋が分からないって言っていたとしても、いつ彰人に惚れてしまうかも分からない。だって落感症だっていう証拠なんて、何もないんだから。
「でも僕はもう古河さんの連絡先を手に入れてるし、委員会だって同じになったから、協力も要らないと思うんだよね〜」
たて続けに良いことが起きてしまった所為なのか、僕は完全に有頂天になってしまっていた。何故だか分からないけど、根拠のない自信が溢れてきている。
「そんなこと言わないでさ! デートとかする時私の意見とか参考になるんじゃない!? ほら私女の子だし!」
確かに一理あるかもしれない、男の僕じゃ女の子がどんな事が好きで、どういうところに行きたいのか全くもって分からない。だから織村さんの提案に乗ってみることにした。
「それもそうだね、じゃあお互いの恋が実るために協力しようか、よろしく頼むよ相棒」
「こっちこそ! 期待してるよ相棒♪」
僕たちは硬い握手を交わして、連絡先を交換することになった。まずは彰人に織村さんを紹介して、連絡先の交換まで進めたら上出来じゃないだろうか。
「じゃあ彰人がトイレから帰ってきたら君を紹介するから準備しておいてね」
「え、ちょっといきなり過ぎない!? まだ心の準備が出来そうにないんだけど⋯⋯ 」
「まずはお互いの顔と名前が分からなきゃ話にならないでしょ? 紹介する時は上手くやってあげるからさ」
「う、うん! 頑張ってみる!」
僕たちは教室へ戻ると、僕の席の前で彰人が帰ってくるのを待つ。古河さんの方を見ると手を振ってくれたので、僕も嬉しくなってしまい手を振り返す。織村さんの様子を見てみると、かなり緊張しているのか手を開いたり閉じたり、辺りを見ながらそわそわしたりと緊張しているのが丸分かりだった。
僕は織村さんを見て、昨日の放課後の僕はこんな感じだったんだろうなあと考える。人の振り見て我が振り直せとはよく言うけれど、こうやって実感したのは初めてだったりする。昔の人が作ったことわざは凄いなあと感心していると、教室に彰人が帰ってくる。
彰人は僕と目が合うと何事だといった表情をするが、今の僕には答えてやる事が出来ない。自分の願いのために親友を利用する僕を許してくれ。
「その子は一体どうしたんだ圭一?」
よくぞ聞いてくれたね彰人、流石は僕の親友なだけある。
「実は彰人に紹介したい子がいるんだ、この子は織村知奈美さん、僕の友達で今朝学校へ来る時に知り合ったんだよ、だから僕の親友である彰人にも紹介したいと思ったんだ」
「は、初めまして! 織村知奈美と申しましゅ!」
やってしまったな織村さん、大事な自己紹介で噛んでしまうとは⋯⋯、 彰人の顔が少し苦笑いになっているのを見て助け舟を出してやることにする。
「えっと、彼女は古河さんの友達で、僕の恋を応援してくれるらしいんだ! だから彰人とも作戦会議をする時に一緒にいた方が良いかなって! ダメだったかな⋯⋯? 」
織村さんはそんなの聞いていないとでも言いたげな表情を僕へ向ける。頼む、僕の話に合わせてくれ。君が合わせてくれれば全てが上手くいくのだから⋯⋯。
「そ、そうなんです! 今朝清水くんと偶然会った時にその話になって! 私古河さんと友達だから力になれるかなーって⋯⋯、 あはは」
彰人は怪しむように織村さんを見ていたが、納得がいったのか表情が柔らかくなっていった。
「そういうことだったのか! だったら早く言ってくれれば良いのにさぁ〜、もし圭一を使って俺に近づいてくるなんて事だったらどうしようかと思ったぜ」
あ、危なかった! かなり確信を突いた事を言ってくれた彰人は、やっぱり感が鋭い奴だと感心すると共に、なんとか納得してくれたようで安心する事が出来た。横を見ると冷や汗をかきながら、ひたすらに笑顔を崩すまいとする織村さんの顔が目に映っていた。
やっぱり僕から紹介するのは怪しかったかな⋯⋯、 僕と彰人が中学三年生の時に女子のグループから彰人を紹介しないとどうなるか分かってんの?と脅しをかけられた事があって、それが彰人にバレてしまった時はもう大変なことになってしまった。彰人は僕が利用されたことに心底怒って、女子グループを呼び出して説教をしたという伝説の持ち主なのだ。その女子グループの人たちは卒業するまで教室の隅で目立たないように生活していたのを覚えている。
彰人はそんな事があったことを今でも気にしていて、僕を気にかけていてくれたのだ。だから僕のために織村さんを疑ってくれた事を嬉しく思う。
「そういうことなんだよ彰人、だから彼女と仲良くしてあげてくれないかな? 僕のためにもさ」
「よ、よろしくお願いします!」
織村さんは深々と頭を下げていく。すると彰人はため息をつくと、ぽりぽりと頭を書きながらこう述べた。
「親友にそこまで言われて断れるわけねえだろ、織村さんだっけ? 圭一のことよろしく頼むな」
「はい! 任せてください!」
織村さんは思い切りの良い変事をした。その後二人は見事連絡先を交換することに成功し、織村さんはとても上機嫌な様子で自分の席へと戻っていった。
嬉しいのは分かるけど僕と古河さんのこと忘れてないよね⋯⋯? 織村さんと古河さんは友達だって言ってしまったんだから本当にしてもらわないと困ってしまう。頼りにしてるよ織村さん。
僕は授業が終わった後、部活動の見学に行くことにした。帰り際で古河さんに見学に行ってくると伝えたら、頑張ってきてねと言われたので僕はもうたまらなくなってしまい、全速力で運動場へと走ってしまった。
こうして考えてみると、僕と織村さんの嬉しい事があった時に周りが見えなくなってしまうのは、どこか似ているのかもしれないと思うと同時にいいコンビになるかもしれないという予感がした。
運動場から見える空はやっぱり今までとは違くて、僕の世界を変えてくれた古河さんに感謝することにした。
好きな人が出来ることってこんなに素晴らしい、僕は今まで体験してきたどんな趣味やゲームよりも、恋をしている方が断然楽しいと思うようになった。
陸上部の見学を終えた僕は、荷物を取りに行くために教室へと向かう。心の隅にあの人がいると良いなという淡い希望を抱いて。
ドキドキしながら教室の扉を開けるも、僕の想い人はそこにはいない。部活の終わる時間だし、こんな時間まで残っているなんて事は無いだろう。
まあ分かってたけどね⋯⋯、 全然期待なんかしてなかったし! 全然悲しくなんてないから!
僕の空元気は底を尽きて、荷物を纏めて帰ることにする。廊下に出て校庭を見てみると、部活帰りの生徒たちが横に並んで下校しているのが見える。
僕は一人で帰ることに寂しさを覚えながらも、心の中に古河さんを思い浮かべる事で寂しさを紛らわせていく。
僕の放課後は憂鬱で満たされている、だって明日にならなきゃ君に会うことが出来ないから。君のいない学校なんて、ちっともドキドキしないし、昨日の放課後と今では雲泥の差だ。
昨日僕たちが体験した事は夢だったのかな?ひょっとしたら昨日のことは全て僕の妄想で、現実は全然そんなことは無いのかもしれない。だから僕はこの気持ちを忘れてしまわぬように、昨日の思い出を必死に繋ぎとめていった。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
良かったら感想など受け付けておりますので、よろしくお願い申し上げます!!