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恋を知らない僕ら1

こんにちは、薬師実です!


今回は恋愛小説に挑戦して見ました!


皆さんの反応しだいで続きを書こうかどうか決めたいと思うので感想などよろしくお願いします!!

 僕、清水圭一の朝は早い。起こしてくれる人がいないため、目覚ましに頼らなければならない。


 カーテンを開けると、目を開けられないほどの眩しい光が、僕の網膜をジリジリと焼き付ける。こんな天気が良い朝は久しぶりなので、ランニングをして汗をかこう。


 そうと決まれば話は早い。僕はトースターのタイマースイッチを入れ、ジャージへ袖を通す。ふわっと香る柔軟剤の香りが、心地よく鼻の粘膜を刺激する。僕は焦げ色のついたトーストを咥えながら、ランニングシューズに足を通す。少し焼きすぎてしまったのか、口の中に苦味が広がっていく。


 このランニングシューズを履くのはいつ以来だろう、中学の陸上部で履いたっきりでは無かっただろうか。


 僕はシューズの慣れた感覚を確かめて、玄関を出た。僕の家はマンションの五階建てで、僕は一番上の五階に住んでいる。そして家から少し離れたところには丘があって、その丘は以前の僕がよくランニングをしていたところなのだ。だから、どれくらいのペースで走ったら良いかは自然とわかってくる。


 太陽はまだまだ上には登らなくて、走り出した僕の目に光が飛び込んでくる。まだ頭が完全に覚醒していない僕の脳には、鼓動の早くなった血液に寄って運ばれた酸素が染み渡っていく。


 僕が丘に差し掛かった時ーー丘の上に人影が見える。こんな早い時間に誰だろうと思って、丘を走っていくと、一人の女の子がいた。


 その女の子は肩口までかかる黒髪の上に麦わら帽子を手で抑えながら、白いワンピースを揺らして丘の上から何が見えるのか、どこか遠くを見つめていた。


 すると女の子はこちらに振り返ると、にこりと溢れてしまいそうな微笑みを浮かべた。一瞬、僕の心がどきんと揺さぶられる。


 丘の向こうからの風が彼女の艶やかな髪をを揺らす。風に揺れる木の葉っぱの擦れる音がやけに耳の奥に響いていた。この瞬間、世界は僕と彼女だけが取り残されてしまったかのような錯覚を覚える。


 彼女は僕に微笑んだまま、丘の向こう側へ下っていってしまう。しばらく動くことが出来ずにぼーっとしてしまうが、気付いた時にはわけもわからず走り出していた。高鳴る鼓動を抑え、苦しくなりながらも丘の上を目指す。久しぶりに酷使する足が悲鳴をあげる。どうして僕は走るのをやめてしまったんだろうかと、今更ながらに少し後悔してしまっていた。


 僕が丘の上にたどり着いた時には、彼女の姿を見つけることが出来なかった。僕の前に広がるのは風に揺れている林と、流れる川のせせらぎだけ。途端に僕は言いようのしれない、切ないという感情の波に襲われる。


 あの女の子は誰だったのか、どうして僕に微笑んだのか、分からない事だらけだったけど一つだけ分かったことがある。


 僕は名も知らぬ女の子に、心を奪われてしまったということーー。


 その後僕がどうやって家に帰ったのかは覚えていない。うっすらと覚えているのは、丘を歩いてくだり、流れる小川を見つめていた事ぐらいである。



 突然だけど、最近になってある病気が話題を呼んでいることを思い出した。SNS上ではちらほらとその病気に罹ってしまったというつぶやきが多数を占めていて、ちょうど今朝のニュースでも取り上げられていたと思う。


 思春期の男女の百人に一人が発症するという病気ーー落感症は感情の一つが欠落してしまうという病気だ。


 この病気について分かっている事は何も無い、あらゆる医療従事者や研究者たちが資金をつぎ込んで研究していたが、原因の解明には至らなかった。


 現在確認されている症状には、多種多様な感情が欠落してしまい、欠落する感情に規則性は見られなかったらしい。


 また、この病気に罹ってしまった人は周りの人から敬遠されてしまったり、差別を受けやすくなってしまう事が社会的に問題にもなっている。


 しかし、彼らの感情の一つが欠けてしまったとしても、彼らはその感情が理解出来ないわけではない。自分が共感しないだけで、何をしたらこう思うということは理解している。


 落感症を患ったとしても、人として生きる分には何ら問題は無いわけだ。


 僕は落感症を患わってしまった人を、人じゃないとは思わないし、差別しようとも思わない。


 この病気の治療法は見つかっていないし、患わってしまったら最後、死ぬまで付き合っていくしか無いということになる。


 僕はランニングを終えて、火照った体を冷やすためにシャワーを浴びる。冷たい水が僕の体の隅々を冷やして、とても良い気分になる。


 僕は風呂場からあがると、タオルで体を拭きながら、ドライヤーでぼさぼさになった髪を乾かしていく。暖かい風が僕の頬へかかるのがとても気持ちいい。


 僕の両親は共働きをしている。家に帰ってくるのは週に一日かニ日ほどで、僕が家の留守を守っているという状態だ。両親は一週間分のお金を置いていってくれる、それは決して多い額では無いので節約をしながら生活をしている。僕のためにお金を稼いでくれる両親には感謝しているし、僕も高校での勉強を頑張らなければいけないと思っている。


 僕はさっそく制服に着替えて、学校へ向かうことにする。お腹はあまり空いていないので、ランニング前に食べたパンだけで充分だ。学校指定の革靴を履き、足をトントンとしながら僕は振り返る。


 誰も送る人のいない玄関へ、いってきますの一言を添えて。



ーーーーーー



 僕の住んでいる幡御市は、自然と文明が共存しているような、そんな街だ。丘の上流から流れ出る川は綺麗に透き通っているし、小鳥たちのさえずりに目が覚めてしまうこともある、もちろん交通面においても不便だなんて思ったことは一度も無い。


 そして何より僕が伝えたいのは、この街は空気がとても美味しいのだ。この町の空気を吸いながらのランニングは、運動後に飲む一杯のスポーツドリンクに勝るとも劣らないと僕は思う。


 僕はそんな素敵な街の、丘山高校へ今年から通うことになっている。今日は入学式で、僕は自転車を漕ぎながら町の風景を楽しんでいるところだ。


 高校へは自宅のマンションから、商店街を抜けたところを数十分ほどのところにある。この商店街では僕と同じように自転車で登校する人や、友達と歩きながら登校する生徒たちがほとんどだ。彼らが歩く度に鳴る規則正しい足音が商店街に響く。生徒たちが歩いていく商店街にはシャッターで閉まった店が多い中、八百屋さんなどはすでに店を開いて準備を始めていた。


 僕はそんな先輩になるであろう生徒たちを、自転車で避けながら進んでいく。僕は風を切って動く感覚がとても好きだ、世界に自分だけしかいないという錯覚に陥る感覚がたまらないのだ。つまり何が言いたいのかと言うと、僕は速く動くのが好きなのである。


 今朝はランニングをしたのにも関わらず、学校へ着いたのは入学式が始まる二十分ほど前だ。


 僕はこれから通う事になる高校を知っておきたいと思い、校内を探索する事にした。その際に聞こえてくるのは、生徒たちによる談笑や、追いかけっこをしているのかバタバタと廊下を駆け抜けていく足音。ふと窓の外を見れば、商店街へと続く道路の両側には満開の桜並木が続いており、そこへ生徒たちが登校している様子も見ることができた。


 僕が昇降口の前を通ると、見知った顔を見つけたので話しかける事にする。


 「おはよう彰人」


 「おっす圭一! 随分と早いじゃないか!」


 篠宮彰人は中学の同級生であり、僕の親友だったりもする。それは中学一年生の時、クラスで馴染めなかった僕に一番に声をかけてくれたのが彰人だ。彰人のおかげで、僕はクラスのみんなと仲良くなることが出来たんだ。それ以来、僕と彰人はお互いの家を行き来する仲となっている。


 「圭一は高校でも陸上部に入るのか?」


 「ううん、特にまだ決めて無いよ、彰人はサッカー部を続けるの?」


 「当たり前だろ? 夢はJリーガー、はたまた日本代表選手さ!」


 彰人は僕の隣でガッツポーズをしながら、爽やかな笑みを浮かべる。彰人の目は少し切れ長で鼻も高い。髪は清潔感の漂う短髪で、街を歩いた時に、十人中八人くらいは二度見されるほど男前だ。中学生の頃に、よく彰人を紹介してくれと言われていたのはいい思い出で、おそらく高校でも同じことになるだろう。


 「彰人はずっとサッカー一筋だよね、彼女とか作らないの?」


 「今は彼女を作るより、ボールを追いかけてる方が楽しいって! ボールが恋人ってやつだ」


 「相変わらず変わらないね彰人は」


 僕たちは教室へ向かいながら談笑する。また彰人との高校生活を送れることを嬉しく思った。ところで彰人の教室はどこなんだろう。


 「彰人の教室ってどこなのさ、僕に着いてきてるけど」


 「そんなの同じクラスに決まってるだろ、じゃなきゃ途中で別れてる」


 「それもそっか」


 僕たちが教室の扉を開けると、クラスの人たちはとても静かに着席していた。僕は中学校とは別の世界に来てしまったのかと一瞬だけ考えてしまう。聞こえてくる音は、クラスメイトが持ってきたであろう文庫本をはらりとめくる音だけだった。


 「何立ち止まってんだよ彰人、さっさと中に入ろうぜ」


 彰人はそんなクラスの雰囲気に呑まれる事なく、いつも通りの口調で僕に話しかけた。彰人のこういう自分のペースを変えない性格は時折羨ましく思う。


 クラスの人たちは一瞬だけ彰人を見るが、すぐさま下に視線を戻してしまう。うちの彰人がうるさくしてごめんなさい。


 僕たちは座席表を確認して席に座ることにする。僕は清水で彰人は篠宮だから、僕と彰人は前後の席になった。すると、前に座っている彰人がいきなり後ろへ振り返ると、僕へ話しかけてくる。


 「なあなあ、なんでみんな静かなんだ? せっかくの自由時間なんだから話とかすればいいのにな?」


 「うん⋯⋯、 何でだろうね」


 みんな緊張してるんだと思うよ彰人。かく言う僕も緊張して大きな声で返事が出来ないしね。


 すると教室のチャイムが鳴ってすぐに、僕らの担任の先生と見られる人がガラガラと扉を開けて入ってくる。


 「とりあえず入学おめでとうと言っておこう。 新しい環境に慣れないかもしれないが、最初はみんなそんなもんだ。 ゆっくりお前たちのペースでこの学校に慣れていって欲しいと思う。 じゃあこれから点呼をした後に自己紹介をしてもらおうか」


 自己紹介か⋯⋯、 あんまり人前で話すのは得意じゃないから緊張してしまう。 周りを見るとみんな同じような顔をしていて、僕は少しだけ安心することが出来た。


 点呼が終わるとすぐにあ行の人から自己紹介が始まる。 みんな名前と出身中学、部活は何をやっていたか、趣味はどんなだといった内容を話していた。


 そして彰人の番になると元気よく返事をして立ち上がる。


 「俺は篠宮彰人! 出身中学は大迫中学でサッカー部に所属していた、高校でもサッカー部に所属して、夢はJリーガーになることだ! サインが欲しいやつは今のうちだぞ?」


 彰人の自己紹介に、クラスの雰囲気は少しだけ和やかになり、大きな拍手に包まれる。きっと彰人はこのクラスでも上手くやっていけるのだろう。僕は名前を呼ばれたので、席を立ち上がる。


 「僕は清水圭一です。出身中学は彰人と同じ大迫中学で陸上部に所属していました。 高校では陸上を続けるかは決めていませんが、面白そうな部活があったら僕に教えてください。これから一年間よろしくお願いします。」


 僕は自己紹介を終えてスッキリとした気持ちで席へ座ると、静かながらも拍手を送られる。そして何度目かの自己紹介の後、窓際の一番前の女の子が目に入る。その女の子は頬杖をつきながら、窓の外のグラウンドをじっと見つめているように見えた。


 教室の窓は少しだけ開いていて、入り込んでくる風はカーテンを揺らしていく。青空を流れていく雲と同時にあの女の子の髪もさらさらと風になびかれて、僕はどこか既視感を覚えていく。


 自己紹介が進み窓際の女の子の番になると、その女の子は立ち上がってこちらに向き直る。


 綺麗に切り揃えられた前髪はどこか清潔感を漂わせ、その大きな瞳は吸い込まれそうな程、深く僕の視線を捕らえて離さない。 真っ直ぐと通った鼻筋に、薄いピンク色の唇が太陽の光に反射して光沢を放っている。すらりと線の細い小ぶりな体格は、あの丘の上で見たーー。


 その子の顔を見た瞬間、僕の世界は瞬く間に変わっていく。何の変哲の無いと思っていた教室はなんだか輝いているように見えて、穏やかな湖のように落ち着いていた僕の心は、荒波に覆われていくかのように激しく波を打ち始める。僕の血潮が勢いよく全身を駆け巡る。この感覚は今朝感じたものと同じーー。


 僕は今朝の女の子の顔はよく見えなかったけど、丘の上の女の子に会った時と同じくらい僕の心をかき乱すあの子は、きっと丘の上にいた子なのだ。この瞬間から僕の世界は劇的に変わっていった。


 「私の名前は古河葵です。出身中学は水河原中学で部活は吹奏楽部に入っていました。 高校では特に部活を始めるとかは考えていません。 一年間よろしくお願いします」


 窓際の女の子ーー古河さんは簡潔な自己紹介を終えて、席へと座る。古河さんの声はとても透き通っていて、遠くまで通るような声だった。僕は古河さんの事をもっと知りたいと考えてしまう。そんな僕の思考を遮ったのは担任の先生の声だった。


 「じゃあ今から廊下に並んで入学式に行くぞ、姿勢を正してなるべく動かないようになー」


 先生の声を合図にクラスメイトたちが次々と席から立ち上がるが、僕はその場を動けない。古河さんの一挙一動を無意識に目で追っていると、肩を軽く叩かれる感触を感じる。


 「圭一どうしたんだよ? 気分でも悪いのか?」


 僕はハッとして、彰人の顔を見る。


 「え? な、何?」


 「何じゃなくて入学式に行くんだろ? みんな廊下に並んでるぜ」


 いつの間にか僕以外のクラスメイトは全員席から立ち上がっていて、僕は慌てて廊下に並んだのである。


 入学式は校歌斉唱から始まり、新入生挨拶に在校生挨拶、校長先生の話にて終わる。


 体育館からは汗に似た不快では無い匂いや、少しだけ軋む木で張られた床、天井からステージを照らす照明に、入学する生徒を見守る保護者。それらの中で僕が一番気になったのは古河さんだ。


 僕は古河さんの姿を探して、時折後ろを見るも、目が合いそうになるとすぐに逸らしてしまった。僕を知ってほしい、分かってほしいという気持ちと、僕の気持ちに気が付かないでほしいという気持ちが相反し、僕の意志をグラグラと揺らしていく。どっちつかずになってしまった僕はどうしていいか分からずに、ただ感情の赴くままに行動するしか無かったのである。


 入学式が何事もなく終わると、昼食の時間になった。昼食は弁当を持ってきている人や学食に行く人など様々だ。中学での昼食はほとんど給食だったので、給食以外のものを食べられると喜んでいる様子だった。すると前の席の彰人が僕の方を振り返り背伸びをする。


 「やっと昼飯だぜ! 圭一はどこで食うよ?」


 「ああ、僕は⋯⋯ 」


 古河さんはどうするんだろうと思い、窓際の一番前の席を見てみると、隣の女子と仲良くなったのか、二人で机を合わせながら弁当をつついていた。古河さんが食事する姿はとても上品に見えて、ハンカチで口を拭く仕草や、おかずを箸できっちりと切り分けること、友人との会話で笑う時に目尻が寄せられるのも、全てに華があった。


 「今日は弁当を作ってきて無いし、学食で食べようかな」


 「そっか! そうと決まれば早く行こうぜ! どんなメニューがあるか気になるし、席も取っとかないとな!」


 「おっけー」


 僕たちは学食へ向かうために席を立って、教室の扉へ近づいていく。その際に僕が見たのは教室の中にいる誰でも無く、楽しそうに友達と食事を楽しむ古河さんの気を引きたくて、少し強めに扉を開けて音を立てみる。教室の外に出る際に見えたのは、一瞬だけこちらを見た後視線を戻した古河さんだった。


 それだけなのに、たったそれだけの事なのに僕の気分は高揚し、胸が高鳴っていった。目が合ったのは一秒にも満たないかもしれないけど、あの丘で君に初めて会った時のことを思い出して、必死にその時の情景と重ね合わせた。


 僕は目の前に広がるなんの変哲の無い廊下で、楽しそうに話しをする生徒たちや追いかけっこをする生徒がいるのでは無く、あの丘の景色を眺めているような気分になっていった。僕は今、とっても幸せだ。


ーーーーーー


 食堂へ入ると、中学校とは違う規模の人が食事を楽しんでいたり、カレーやラーメン、揚げ物の匂いが僕の食欲を掻き立てる。お腹の鳴る音は、早く食べ物を入れろと僕に催促しているようにも思えた。食堂は外から様子を伺うことの出来るガラス張りで、太陽の真っ直ぐな光が床に反射してきらきらしている。男女の比率を見てみるとやや男子の方が多いかもしれないと思った。


 僕と彰人が学食のメニューを選ぶ時、ふと周りを見てみると彰人の事を見て顔を赤くしている女子、友達と黄色い嬌声を上げている女子、彰人の近くに寄っていってメニューを選ぶ振りをしている女子など、彰人を見た女の子が様々な反応をしているのを見て、ふと僕は中学生の時の事を思い出していく。


 僕と彰人が中学二年生だったころ、彰人はよくラブレターを下駄や机の中に入れられていたし、体育館裏に呼び出されて愛の告白を受けたりもした。彰人の事を知らない女子から見れば王子様のようにも見えるだろうし、どこかの事務所に所属しているアイドルのようにも見えるだろう。それほど篠宮彰人という奴は、女子からの好意と共に人生を生きてきたような奴なのである。


 これだけ女子からの好意を受ける彰人は、僕が知る限りでは一度も彼女を作ってはいない。やはりサッカーに夢中なのか、それとも他に理由があるのか、僕には全く分からない。


 だけど彰人は人を見た目では判断しない奴だ、自惚れに聞こえるかもしれないけれど、彰人が少し地味目な僕と交友関係を続けてくれているのはそういう事なのだろう。僕はそんな彰人の一番の親友だと思っているし、彰人もきっと僕を一番の親友だと思ってくれているはずだ。


 彰人は僕が困った時に悩みを相談させてくれたりもする。今までで一番の悩みだったのは、偏差値が中々上がらなくて彰人に勉強の面倒を見てもらったことだろう。おかけで無事この辺ではレベルが高いと言われる公立高校へ進学できたのだから、あの時のことは感謝しても仕切れないほどだ。やはり僕の親友はいつだって頼りがいのある凄い奴なのである。


 彰人はカレー、僕はラーメンを注文すると、料理が用意されるまでの間を待つ。するとすぐに料理が出されたので、僕と彰人は空いている席を探して座ることにした。ちょうど僕たちが席を見つけて座った頃には、さらにたくさんの生徒が食堂に入ってきており、彰人の言うとおり早めに行動していたことに安堵を覚える。


 すると、カレーを一口食べた彰人が少しの咀嚼をして飲み込んだ後、スプーンを僕の方へと向ける。


 「さっきから思ってたんだけどさ、今日のお前はなんかおかしくねえか? 俺が何を話しかけても心ここにあらずって感じでさ」


 「そうかな⋯⋯、 そんなこと無いと思うけど」


 嘘だ。僕には午前中だけでも思い当たる箇所を何個も挙げることが出来ると思う。


 「慣れない場所にきて緊張してるのかもしれないけどさ、成るようにしか成らないんだから気楽に行けよ、気楽にさ」


 「僕から見たら彰人はいつだって気楽で羨ましいなって思うよ」


 僕がこうなっている原因は分かっている、それに僕がどうしたいのかも。


 「いやいや、俺だってナーバスになる時だってあるから! 例えばほら⋯⋯、 えーっと」


 「ははっ、彰人はナーバスになんかなった事無いでしょ」


 「それもそうか! ははは!」


 彰人は頭を掻きながら、カレーを一口口に運ぶ。僕もそれにつられてラーメンをすすっていく。彰人は僕に元気が無いと思ってこうやって励ましてくれているのだ。僕はそんな親友の心遣いを嬉しく思いながらも、今朝のことや教室で会ったあの女の子について話すべきかどうかを悩む。


 きっと彰人は僕の悩みを馬鹿になんかしないだろうし、親身になって答えてくれるかもしれない。僕は悩みを打ち明ける決意をすると、彰人の目をじっと見据える。すると彰人は驚いたような顔をして僕を見ていた。


 「圭一どうした? 俺の顔になんか付いてるのか?」


 「彰人⋯⋯、 実は僕には悩み事があるんだ」


 「何だって!? 誰かにイジメられたのか!? それとも何かの病気とかか!?」


 彰人はいきなり立ち上がると、食事の置いてあるテーブルをバンと叩きながらそう言った。


 「ちょっ、彰人!? 声が大きいって! それに目立ってるし!」


 僕は周囲を見回してみると、彰人に注目している人がほとんどで、これでまた彰人のファンが増えたかと思うと、僕の苦労が増えるなあと場違いな事を考えていた。


 僕は彰人の手を引っ張って無理やり席へ座らせる。


 「なら何だって言うんだよ、そんな真剣な顔されたら大変な悩みがあるのかと思うに決まってるだろ」


 「だから! 悩みって言うのはネガティヴな事じゃ無くて、どっちかって言うとポジティブな方なんだ!」


 「え、ポジティブ? 悪い事じゃないのか?」


 「もちろんだよ」


 僕はついに一番の親友に悩みを打ち明ける覚悟を固め、深呼吸をして少し落ち着いた後に話し始める。


 「実は好きな人が出来たんだ、僕の一目惚れなんだ」


 「好きな人だって? 圭一に好きな人が出来たのか!?」


 「そうなんだよ、一目惚れしたのは今朝ランニングしていた時に丘の上にいた女の子と今日クラスにいた女の子が同じ人だって気付いてからなんだ」


 「一目惚れねえ⋯⋯、 俺はしたこと無いんだけどその子かわいいのか?」


 「うん、僕が今まで会ってきた女の子の中で一番かわいいって言い切れると思う」


 僕は自分で言っていて恥ずかしくなり、顔に熱がこもり始める。誰かに見られて無いだろうか、前にいる彰人に気付かれていないだろうかと不安になってしまう。


 「こんな経験は初めてなんだ! 初恋なんだよ!」


 僕はテーブルの上に身を乗り出して、彰人へ顔を近づける。僕の古河さんへの想いを伝えたい。どれだけ語ろうとも語り尽くせない僕の情熱を知ってほしい。あの丘の上の衝撃と教室での感動を知ってほしい。僕の見える世界は薔薇色に染め上げられてしまったんだ。


 「お、おお、そうか⋯⋯、 なら親友の初恋を祝わないといけないよな、それでその女の子ってのは一体誰なんだよ?」


 彰人は頬をぽりぽりと掻きながら、カレーをひょいとすくって食べ始める。


 僕は息を吸い込んで一呼吸おきながら、僕をこんな風にしてしまった張本人の名前を告げる。


 「僕の初恋の人は古河葵さん、彼女は水河原中学出身で吹奏楽部に所属していて、麦わら帽子と白いワンピースで彼女の清潔感が水増しされていて、それでーー」


  「も、もう分かったから! お前の気持ちはよーく分かった!」


 まだまだ語り尽くせないのだが、彰人が分かったと言うので僕は喋るのを中断する。


 「俺はその古河さんって人が分からないんだが、教室のどの辺りにいるんだ?」


 「彼女は窓際の一番前の席に座ってるんだ、綺麗な黒髪が肩口までかかっていて、風が吹くとさらさらとなびく姿がとても魅力的なんだよ」


 「そ、そうか、ならその古河さんにはいつ声をかけるんだ? 今日の午後には部活動紹介があって、クラスでの活動は無いから話しかけるのは難しいかもしれないぞ」


 「チッチッチ、甘いね彰人、今日話すことは出来ないかもしれないけど、今後話題を作れるかもしれない絶好のチャンスがあるじゃないか」


 「チャンス? そんなもんあったか?」


 僕は珍しく自信たっぷりに、考えていることを伝える。話すきっかけを作れて、あわよくば今後も仲良くなれるかもしれない、今日にしか出来ないイベントがーー。


 「それは委員会を決める時だよ! その時に古河さんと同じ委員会に入ることが出来れば、話すきっかけを掴めるかもしれないし!」


 「おお、それなら可能性がありそうだな! でもどうやって同じ委員会に入るつもりなんだよ? 多分被る奴だって出てくるだろうし、ジャンケンで決めるのがお約束だろ?」


 「そこは乗り切ってみせるよ! 僕の愛の力で!」


 僕は絶対に古河さんと同じ班になってやると意気込んでいく。しかし、古河さんと同じ委員会になれなかったらどうしようかという不安が押し寄せて来て、僕の思考はポジティブからネガティヴの方向へ移り変わっていった。今の僕はちょっとテンションが上がってしまって強気に出ているが、本当は自信が無いのだ。彰人はそんな僕のことを分かってくれているのだろうか。


 時計を見ればもう直ぐ昼休みが終わりそうな時間になったため、僕たちは急いで食事をして、教室へと戻ることにした。



ーーーーーー


 僕たちは再び廊下に整列して、体育館へと向かうことになった。僕たちの教室は三階にあり、体育館までの距離は他の学年に比べて長い。階段の先を見ると、女子の列に並ぶ僕の想い人が友達と談笑しながら階段を下っていく。僕は何とか彼女の視界に入ろうとして、彼女の瞳を直視し続けるが、彼女が僕に視線を向けてくれることは無かった。


 また僕に微笑んでほしい風が吹く丘の上を二人で歩きたい、あの白いワンピースを着ながらいろんなことを話したい。彼女がどんなことが好きでどんなことが嫌いなのか、彼女のことをもっと分かりたいし、僕のことをもっと知ってほしい。彼女とたくさんのことを共有して、笑いあったり、悲しんだり、怒ったり、喜んだりしたい。


 クラスメイトたちの声が階段に響く中、僕の心にはそんな想いが溢れていた。



 体育館に着いた僕たちは、部活動紹介を見るために体育座りでステージに注目していた。体育館の中は暗闇に包まれていて、ステージを照らす照明だけが浮かび上がっているようにも思える。


 ステージから様々な部活動の生徒たちが、部活ならではの芸や機知に富んだ発想で全校生徒たちを笑わせていく。僕が中学生の時に所属していた陸上部も、ステージの上でクラウチングスタートを切るポーズを取っていた。


 そして古河さんが中学の時に所属していた吹奏楽部の演奏が始まる。顧問の先生が指揮を取って、生徒たちが奏でる演奏は様々でしっとりとした音色には、しんみりとした気分になったり、野球の応援を連想するような曲では、古河さんに話しかける勇気が湧いてくる。


 部活動紹介が終わる頃には、僕の気持ちはやる気に溢れていた。



ーーーーーー


 「じゃあ今から委員会を決める時間を与えるから、決まった奴から黒板の該当箇所に名前を書いてくれなー」


 とうとう始まった委員会決めに、僕と彰人は作戦会議をしていた。


 「じゃあ、古河さんが書いたところに素早く僕が名前を書けばいいんだね?」


 「ああ、先に埋められたらそこに入れようとする奴も少なくなるだろうしな、まあほとんどが男女で別れてるから、圭一は他の男に勝たなきゃいけないってことだ」


 彰人が椅子を僕の机のところまで持ってきて、話し合っている時に状況が動き始める。


 「あ! 古河さんは文化祭実行委員に行ったぞ、よりにもよって一番人気が高そうなところを⋯⋯ 」


 古河さんが書き終えたのを見計らい、僕はすぐさま行動に移すことにした。文化祭実行委員の男子のところに僕の名前を書き込み、素早く自分の席へ戻る。


 結果は女子の欄には古河さん一人だけで、男子の欄には僕以外の二人の男子が立候補していた。


 「ライバルが二人増えたな! 気合い入れていけよ圭一!」


 僕は腕をまくりながら気合いを充分に入れる。ここを逃してしまってはいつ古河さんと話が出来るか分かったもんじゃない。


 数人でジャンケンをする時、パーを出し続ければ勝ち残る可能性が高いらしい。


 「ジャンケン、ポン!」


 二人が出したのはパーとグーで、名前も知らない男子との一対一の対決となった。きっとこの二人も古河さんの可愛いさにやられて文化祭実行委員に立候補したのだろう。僕はライバルを倒すべく、いざ尋常に勝負!


 「ジャンケン、ポン!」


 僕はグーを出して、相手はパーを出したのでこの勝負は僕の勝ちだ。僕は急いで自分の席へ戻ると、親友の彰人に勝利の報告をした。


 「やったよ彰人! 文化祭実行委員になることが出来たんだ!」


 「良かったな圭一! きっと神様がお前の願いを叶えてくれたんだよ!」


 彰人はまるで自分のことのように喜んでくれている。これでやっと古河さんと話せる⋯⋯、 ん?何かおかしくないかな?


 僕は突然現れた違和感の正体を突き止めるべく、彰人へ質問する。


 「ね、ねえ彰人、僕はこの後どうやって古河さんに話しかければいいのかな⋯⋯? 」


 「え? そんなの同じ委員会なんだからそこで⋯⋯、 あれ?」


 この高校の文化祭って確か六月じゃなかったっけ⋯⋯


 僕は後先考えずに行動した結果、やってしまったと落ち込んでしまった。


 六月じゃ二カ月も接点が無いじゃないか⋯⋯、 その間に古河さんに彼氏が出来たら僕は悔やんでも悔やみきれない。


 「ま、まあ、焦ることは無いって! それに古河さんには彼氏はいないんだろ? だったら大丈夫さ!」


 「そういえば彼氏がいるのかも分からないや⋯⋯、 僕は古河さんの事何にも知らなかった⋯⋯ 」


 「ま、マジか⋯⋯ 」


 ジャンケンに勝って最高潮に達していた僕のテンションは、気づいてしまった新たな事実によりジェットコースターも真っ青な程の急降下を始める。僕はテンションが上がると、周りが見えなくなってしまう事に否応にも気が付かされてしまった。


 こうして僕の運命を賭けた委員会決めは幕を閉じたのである。



ーーーーーー


 帰りの会が終わり、僕は帰りの支度を始める。彰人はチャイムが鳴った途端に、荷物を持ってサッカー部に見学へ行ってしまった。僕は部活動を見学する気力も起きなかったので、このまま大人しく帰宅する事にした。


 仕方ないよね、こんな風に上手くいかない事だってあるさ。今朝の古河さんや教室での古河さんに会えただけで、今日の運勢はプラスに振り切っていると考える事にする。


 僕は昇降口へと向かい、生徒専用の駐輪場に向かう事にする。すでに太陽は傾いていて、オレンジ色の光が真っ白な校舎を赤く照らしている。運動場の方からは、野球部の準備体操の掛け声などが聞こえてきて、青春を満喫してるなあと思ってしまう。


 しかし駐輪場への階段を下っている時、僕は途中で机の中に忘れ物をしてしまった事に気付いた。僕は踵を返して昇降口へとダッシュするも、下校する生徒たちに訝しげな目で見られてしまい恥ずかしくなってしまった。やはり注目されるのはいつになっても慣れないもので、いつか彰人に人前で堂々と出来る方法を教えてもらおうと、僕は密かに決意した。


 下駄箱で革靴から制定の上履きに履き替えると、急いで階段を二段飛ばしで駆け上がる。今朝の久しぶりのランニングが脚に効いているのか、すぐに脚が重りをつけているようになって、上手く僕の言うことを聞いてくれない。


 呼吸は激しくなり、肺は必死に酸素を取り入れようとしている。まだ春だというのに、僕の額からはさらさらとした汗が頬へ伝っていく。汗がくすぐったく感じて、制服の袖で汗を拭いながら、三階の廊下へ到着する。


 荒い呼吸を抑えるために深呼吸をしながら、ゆっくりとした足取りで歩を進める。


 目的の教室へたどり着き、僕は教室の扉に手をかけるが、教室内に誰か残っている気配がした。


 こんな時間に教室に何の用があるんだろうと思いながらも、教室の扉を横へスライドさせていた。


 すると教室に射し込む夕陽が僕の目を直撃し、たまらず両腕で顔を覆ってしまう。僕は何とか教室の窓際に座っている人が女子生徒であることを確認するが、顔まで正確に判断することが出来ない。


 「そんなに眩しかった? ごめんね、私夕陽を見るのが好きなの」


 すると、そんな僕を見かねたのか、その女の子が僕に話しかけてくる。


 「あ、そういうことだったんですね⋯⋯、 僕のことは気になさらないでください」


 僕は顔を手のひらで覆いながら、自分の机の中に筆記用具があるのを確認する。


 すると、窓際の女子生徒がまた話しかけてきた。


 「入学初日から忘れ物? 意外とおっちょこちょいなんだね」


 「いえいえ、いつも忘れ物をするわけじゃ無いんですけど、今日は何故か忘れてしまって」


 机の上に座っていた女の子は、机の上に座るのをやめて、こちらに近づいてくる。相変わらず夕陽の逆光で、女の子の顔は確認出来ない。


 「敬語で話すのやめにしない? 一年生同士だし、同じクラスなんだからさ」


 「あ、そうですよね⋯⋯、 いやそうだね、ちょっとよそよそしかったかも」


 「うんうん、君とは同じ委員会だし、仲良くしてね」


 「え? 同じ委員会って⋯⋯ 」


 僕と同じ委員会って古河さんだから人違いじゃ⋯⋯


 すると、僕の視界を遮っていた夕陽が流れていく雲によって遮断された時、僕の目の前の女の子の顔が確認出来る。


 夕陽を見ていた女の子は、僕の想い人である古河葵さんその人だった。忘れるはずもない、その綺麗に切り揃えられた髪に、整った顔立ち、小ぶりな体格はそうーー。


 僕は突然の事に、呼吸が止まりそうになってしまい、慌てて息を吸い込もうとする。しかし、同時に唾が気管に入り込んでしまい僕は激しくむせてしまった。


 「ゲホッ、ゲホッ!」


 「ちょ、ちょっと大丈夫!? 背中さすってあげるからね!」


 古河さんは僕の後ろに回り、背中をさすったり、叩いたりしてくれていた。


 僕は好きな人に触れられているという事実と、自分がむせてしまって格好悪い姿を見せてしまっている事に対して、ひどく動揺してしまう。


 「う、うわあ!!」


 僕はとっさに横に飛び退くと同時に、机の角に腰をぶつけてしまう。僕が痛みに悶絶していると古河さんが心配そうな声音で僕に話しかけてくれる。


 「あの、どこか痛いところがあったかな? だったら勝手にさすっちゃってごめんね?」


 「い、いや、気にしないで」


 違うんです、そうじゃ無いんです。貴方に触れられた事に対する衝撃が、僕の中で大ききすぎただけなんです⋯⋯。


 僕は改めて古河さんを見ると、ホッとしたような表情をしながら、片腕を胸の前へ持ち上げていた。


 しかし間近で見れば見るほど、古河さんは端正な顔立ちをしていて、彼女の瞳はとても澄んでいる。


 僕が見惚れてぼーっとしていると、古河さんが僕へ話しかけてきていたのに気付いたのは少し後だった。


 「君って今朝、丘でランニングをしてた人だよね?」


 「あ、うん! てことは君は丘の上にいた白いワンピースの⋯⋯? 」


 「そうだよ! 今日は入学式でワクワクしてさ、早く起きちゃったから丘の上を散歩してたんだ」


 そういうことだったのか、僕も今日は早めに目覚ましをかけてランニングに出かけたけど、まさか同じ時間に丘の上で会うなんて⋯⋯


 「あ、じゃあどうして僕に笑いかけたの?」


 「あの丘の上から見ると結構遠くまで見渡せるんだよね、それで河原の方から誰かが走ってきているのが見えたから頑張ってるなーって思ってね」


 「そ、そういうことだったんだ」


 僕が運命的に感じたあの丘のことは、何てことはない普通の出来事だったのだ。僕がそれを勝手に運命だと決めつけて、理想を押し付けていたのかもしれない。


 だけど、この胸に芽生えてしまったこの気持ちを抑えるなんて、僕にはそんなこと出来ない。出来るはずが無いんだ。


 何故なら僕は真実を聞かされて、なお目の前の女の子にどうしようもないくらい恋をしてしまっているのだから。


 だから神様、僕にちょっとだけ。ほんのちょっとだけ勇気をください。僕が迷わずに、少しだけ前に進める勇気をーー。


 「あ、あの!」


 「ん? なに?」


 古河さんはこてんと首を傾げていて、思わぬ仕草にどきりとし、高鳴る鼓動を必死に抑えようとしながら、僕は意を決する。


 「ぼ、僕と、連絡先を交換してください!」


 僕は深くお辞儀をしながら、右手にスマートフォンが握りながら古河さんへ差し出す。


 しばらくしても返事が来ないので、もしかして断られるかもしれないという思いに不安になりながらも、僕に出来るのはひたすらに右手を差し出すことだけだった。


 「ふふっ」


 え? もしかして笑ってるの? 僕は何かおかしな事を言ってしまったのだろうか⋯⋯


 古河さんの顔を覗き見ると、古河さんはお腹を抑えながら前かがみになって肩を震わせていた。


 「あははははは!! 大袈裟すぎだよ〜! 連絡先くらい普通に交換するって〜!」


 古河さんはとても可笑しそうで、でも決して馬鹿にするような声音でも無くて、僕の頭は笑いを取れた事への安堵と、やってしまったという後悔でぐちゃぐちゃになってしまう。


 「君って面白いね! いいよ、連絡先交換してあげる、ラインでいい? それともメール?」


 「ど、どっちも! あと良ければ電話番号も教えて!」


 「ふふっ、いいよいいよ、スマホの電源入れるからちょっと待っててね」


 古河さんは制服のブレザーからスマートフォンを取り出す。


 や、や、やったああああ!! 遂に連絡先を手に入れることが出来たんだ!! 


 僕は内心テンションMAXになって浮かれながら、連絡先を交換していた。この時の僕は顔がにやけそうになる顔を必死に抑えるのが精一杯だった。


 「あ、ありがとう!! これからよろしくね!」


 「うん、よろしく! 清水くんはもう帰るよね? 私も帰るから途中まで一緒に帰らない?」


 は、初めて名前を呼ばれてしまった⋯⋯。


 普段なら名前を呼ばれることに何にも感じやしないのに、古河さんに呼ばれる僕の名前は特別な感じがした。


 「ぜ、是非!」


 「うん、じゃあ行こっか」


 僕たちはすっかり日が暮れてしまった太陽が照らす廊下をゆっくりと、でも確実に一歩を踏みしめながら進んでいく。僕は古河さんに気になることを質問することにした。


 「今朝丘の上に居たってことは、古河さんの家はあの近くにあるの?」


 「うん、私が高校生になってから引っ越して来たんだよね、それまでは県外の水河原中学にいたから知り合いがいなくて不安だったんだー」


 古河さんは両手を重ねながら背伸びをする。そんな古河さんの動きに、僕は魅入ってしまいそうになる。


 「でも引っ越してからあの丘を見つけてね、あそこから見える街の景色がお気に入りになっちゃったんだ。 たまに早く起きた朝は、あの丘の上で散歩してるんだよ」


 「ぼ、僕も!」


 言ってしまった、もう引き返すことは出来ない、僕はこのまま嘘を本当にすることにした。


 「僕も最近になってあの丘の上までランニングをしてるんだ! 中学の時は陸上部で今はしばらく走っていなかったんだけど、運動不足を解消しようと思って⋯⋯ 」


 「そっか! 良い心がけだと思うよ、運動は大切だからね〜」


 「古河さんは何か運動はしてるの?」


 「私は全然だよ〜、運動らしい運動は中学の体育の時間が最後かな」


 僕たちがこうして会話していると、あっという間に昇降口へと着いてしまった。 僕は靴を履き替えて、昇降口の前で古河さんを待つ。


 しばらくすると、古河さんが昇降口から出て来ていた。辺りを見渡してみると、下校している生徒は僕たちだけのようで、残っている生徒は部活動に励んでいる生徒だけになった。

 

 すると突然、古河さんが下を向いて俯き始める。


 僕はどうしたらいいか分からずにおろおろしていると、古河さんは僕の目を真っ直ぐと見据える。


 一体何を、と思ったその時、古河さんから発せられたのはこの一言だった。


 「私ーー恋というものが分からないの。 ねえ、恋ってなんだろう?」


 僕は一瞬、古河さんの言っていることを理解することが出来なかった。

ここまで読んでくださりありがとうございます!!


ここが良かったとか、この表現はダメだとか、色々と私に教えてください!!


感想待っています!!(^O^☆♪

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