十一章エピローグ/十章二幕プロローグ
【再突入―― re-enter the battlefield!! ――】
夜々は大輝の手を握り、淋しげな口調で語る。
「今日は楽しかった。君は迷惑だっただろうが、私はとても楽しかったよ」
そこは駅ビルの屋上だった。
空は夜の闇に染まり始め、頭上には大売出しのバルーンが揺れている。
ベンチに座っているのは、大輝と、夜々と、アヒルの縫いぐるみ。
夜々は続ける。
「君との恋愛は経験できなかったが、デートの真似事が出来ただけで、私は満足することにしよう。最後の最後に、思いがけない優しい言葉と、不思議な気持ちも貰うことができたしね。今日一日は私の宝物になった」
ふう、と息をつく。
「時が来たようだ――」
溜息のように。
「母様には会えなかったな」
夜々は立ち上がり、繋いでいた手を離そうとする。
だが、大輝は、今度はその手を離さなかった。
夜々の手を握ったまま、その男を見据えていた。
男は――宮琵は、時計台の下に立ちつくしていた。
「……馬鹿な」
宮琵は片手で額を押さえる。
「何だ……これは? この世界は何だ? 貴様――は、一体何を」
「大輝くん――?」
夜々は、向こうに立って狼狽する宮琵と、何も言わずに立ち上がる大輝を見比べる。
夕闇と冷めた風。
宮琵は、どうや理解したらしく、狂ったように笑った。
「……! そうか……、ふ、ははッ!」
ぐしゃりと自らの前髪を掴む。
「そういうことか……。馬鹿げている……極限までバカげている! 三次元を構成する全ての物質を――この宇宙全てを巻き戻したのか、殿山大輝!」
「巻き戻した?」夜々は戸惑った声で問う。「お前は一体何を言っている?」
「未来に起きたことを知らない奴は黙っていろ!」
夜々を怒鳴りつけ、血走った眼で大輝を睨む。
「全く、無駄なことをしてくれる……。ならば俺は何度でも同じことを行うまでだ。結局お前はそれを止められないのだからな」
片手を突き出す。
「俺はただ、繰り返すだけだ!」
その手が光る。
轟音が轟き、同時に閃光と衝撃が屋上を揺るがした。
――落雷。
ベンチが弾け飛ぶ。
アヒルの縫いぐるみが燃えて宙を舞う。
夜々の――悲鳴。
「きゃあっ!」
「夜々さん下がって!」
「馬鹿な」
宮琵の狼狽。
「回避しただと? そんなわけが」
「ああっ!」
既に大輝は走り込んでいた。
その右拳が、宮琵の頬を打つ。
宮琵はよろめいた。
「……、な……ッ」
「ここで終わらせてやる!」
振り上げられる拳。
時計台の示す時刻は、午後六時九分。
時は既に分岐していた。