ある女の置き手紙
礼司くんへ
こんな置き手紙ではなく、ちゃんとした形でお別れをしたかった。
いえ、それ以前に――せめてあなただけには、はっきりと全てを打ち明けてしまうべきだった。
だって、私があなた達と違うということなんて、もちろんあなただって気付いていたはずなのだから。
それでいながらあなたは、何も聞かず、私をずっと愛してくれた。
私は、甘えていたのね。
あなたの優しさに。
穏やかで素敵な時間、その一瞬一瞬に。
私が全て打ち明けたとしても、あなたは決して変わらない。――それは、あなたが幼いときから傍にいて、面倒を見ていた私自身が、一番分かっていたはずなのに。
おかしな話ね。
大きな歯車を外れ、本来いるべきでないこの場所に迷い込んだ私は、孤独だったわ。
全てが私を置いて去ってゆく。
誰もが私を受け入れず、壁を作る。
そうして気の遠くなるような時が過ぎていった。
でも、その長い旅の終わりに、私はとても素敵な時間を過ごすことが出来た。
全てを覚えてる。
何も言わずに私を受け入れてくれた、あなたのご両親。
生まれたばかりのあなたが、私の腕の中で見せた、天使みたいな笑顔。
心の弱い私を、幼い頃からいつも懸命に守ってくれたあなた。
年が過ぎるにつれて背が伸びて、私を追い越してしまったときの、あなたの照れた顔。
私を愛してくれた、あなたの暖かな腕。
あなたの妻となれて、私は幸せだったわ。
あなたがいて、坊やがいて。本当に――こんな、夢のような時を過ごせるなんて、願いもしなかった。
でも、もう残された時間がないみたい。
突然でごめんなさい。
私のことを忘れてほしいなんて、心にもないことは言えないけれど――あなたがこれから先、もし誰か別の女性を愛したとしたら、その時は私に気兼ねなどせず、ちゃんと愛してあげてください。
あなたと坊やの幸せが、私の願いです。
あなたが好きよ、礼司くん。
ずっと一緒に生きていたかった。
今までありがとう。
淋より