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歴史改変戦記 「信長、中国を攻めるってよ」  作者: 高木一優
番外編 戸部典子展へ、おこしやすなり
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2、募金ハンター

 開場とともに入ってきたのは、十数名のお付きを従えた伊波俊三だった。総理大臣であり、憲法改正を企てるタカ派の大物でもある。最近では様々な疑惑の渦中の人でもあるのだ。

 私はこのような人物を好まない。戸部典子には悪いが私は近づかないようにする。しかし、政治家にまで招待状をばらまいていたのか。

 おっ、伊波首相の後ろの青年は一人息子の伊波俊介君だ。防衛大学の制服が凛々しいではないか。

 俊介君は、戸部典子が参考人招致に呼ばれた時、彼女の発言に涙が出るほど感動してしまった。

 「高貴なる者の義務、それは真っ先に戦場にはせ参じることなり。それがノブリス・オブリージュなり!」

 俊介君は感動のあまり東京大学法学部を辞めて、防衛大学に入りなおした。

 東大からエリート官僚、やがて父の地盤を継いで政治家にする。伊波首相の将来計画はめちゃめちゃになった。ファースト・レディー昭子さんは二週間寝込んだという。

 会場のスタッフやマスコミ陣も朝一の総理来場に驚いているようだ。

 戸部典子が俊介君に近づいていく。防衛大学の制服に見惚れているようだ。

 「この制服、カッコいいなりな。」

 俊介君は戸部典子に会って感激しているではないか。

 「ノブリス・オブリージュなり!」

 「ノブリス・オブリージュです。典子さん。」

 二人は固い握手を交わした。

 妙なものだ、このような若者が改憲論者の息子なのだ。そして、なぜか戸部典子に共感しているのだ。

この事件が戸部典子を自衛隊のアイドルに押し上げた一因でもある。自衛隊員は総理大臣の長男、伊波俊介君という貴公子が防衛大学に入学したことを誇りとしたのだ。

 後の事になるが伊波俊介はエリート自衛官となり、自ら進んでPKO任務に志願した。その際、一発の砲弾が彼の部隊を壊滅させた。流れ弾だったのだ。生き残った伊波俊介は自らの使命に目覚め、自衛隊を退官し、政治家に転身する。その時、彼は誰よりも激しい平和主義者として発言をすることになるのだ。


 伊波首相が戸部典子に握手を求めている。あの参考人招致の一件以来、永田町では戸部典子に「卑怯なり」と言われれば、政治生命を失うと囁かれるようになった。また、碧海作戦での活躍と、チベット問題に抗議する形で中国政府に辞表を叩きつけたことによって、愛国英雄になっていたのだ。

 戸部典子とのツーショットは政治家にとって格好の宣伝材料になるのだ。だが、戸部典子は簡単に政治家におもねったりはしないし、握手もしないのだ。彼女はそういう軽薄さを直感的に「気持ち悪い」と感じているようだ。以前、首相官邸からの晩餐会のお誘いもあったそうだが、「見たいアニメがあるから」という理由で断ってしまった。

 改憲を目指す伊波首相にとしては、ぜひとも戸部典子と握手を交わしたいところなのだ。わざわざ京都まで来たのも、それが目的なのだろう。

 戸部典子は募金箱を差し出している。伊波総理は懐から一万円札を取り出して募金箱に入れた。

 「一国の総理が一万円ぽっちなりか?」

 戸部典子が募金箱を揺すると、カサカサと音がした。

 伊波首相の額に汗がにじんだ。お付きの秘書に命じて財布を取ってこさせたのだ。財布はお札で膨らんでいる。戸部典子の目がギラリと光った。

 伊波首相は財布から十万円を取り出し募金した。

 気まずい沈黙が二人の間に生じた。

 その沈黙を破ったのは戸部典子だった。

 「財布の中にはもっとあったなりよ。」

 戸部典子がにまにま笑っている。

 伊波首相は顔を引きつらせながら、財布の中の全ての紙幣を募金箱の中に投げ入れた。

 これでは恐喝ではないか!

 その後は、伊波首相と戸部典子、それに俊介君も加わってスリー・ショットだ。待ち構えていたマスコミがフラッシュを焚いた。


 伊波首相が帰った後で戸部典子とマスコミの諸君が談笑している。戸部典子が考えた見出しにマスコミの諸君が大笑いしている。

 その日の夕刊、ゲンダイ・スクープは一面トップに、このスリーショットを使った。

 「もうチキン・ホークとは呼ばせない」

 これが戸部典子が考えた見出しである。

 チキン・ホーク、臆病なタカ派、つまりは戦争を推し進めようとするのに、自分は戦争には行かない卑怯者のことである。

 「しかし大丈夫なりか、伊波ちゃん、あんな程度のプレッシャーで、財布のお金を全部寄付したなり。外交交渉が不安なり。」

 もう遅い、伊波首相の外交はばら撒き外交と言われている。この間も、ロシアに五十億円の経済協力金を約束してしまったのだ。

 この戸部典子の発言にもマスコミは食いついた。

「伊波ちゃん、外交交渉、不安なり!」

 メディアはこの発言を書き立てた。

 伊波ちゃん、散々ではないか。


 その後も政治家の戸部典子詣では続いた。京都府知事、京都市長、国会議員、府会議員に市会議員だ。戸部典子は募金箱を持って走り回っている。政治家たちは戸部典子とのツーショットを撮ろうとの魂胆だ。なかには選挙用のポスターにツーショット写真を使わせてほしいと言う輩までが現れた。

 「ここに一千万円入れてくれたら考えるなりよ!」

 吹っ掛けたものである。

 展覧会場の壁には政治家の名前と寄付金の額が貼りだされた。誰がいくら寄付したかがランク付けされている。

 純真なボランティアたちも戸部典子に影響されたようだ。

 「ええー、国会議員の先生が千円ですか!」

 ボランティアの女の子が、驚いたふうに大きな声で叫んだ。議員は会場の注目の的となった。千円議員の汚名をはらすべく、議員は再び財布を取り出したのだ。

 ボランティアたちは、誰もが戸部典子の「がっぽり作戦」を実行しはじめたのだ。

 「典子さん、がっぽりです!」

 目を輝かせたボランティアの男の子が。戸部典子に向かってガッツポーズだ。どこかの政治家から大枚をせしめたのだろう。

 戸部典子がそれに応えて「がっぽりなりよ!」とエールを送っている。

 「典子さん、こっちもがっぽりです。」

 爽やかな笑顔の女の子がピース・サインだ。

 「がっぽりなりよ!」

 がっぽり、がっぽり。

 これは果たしてチャリティーなのだろうか? 

 まあ、普段エラソーな政治家から金をふんだくるのも悪くはないがな。

 しかし、このボランティアに参加した学生たちの多くが、やがて優秀な営業マン、営業レディーに成長していくことになるのだ。


 昼過ぎには募金箱はお札で重くなっていた。

 「売り上げ目標を大きく上回りそうなり。」

 売上ではない、募金だ!

 ディップが募金箱を覗き込んで信じられないという顔をしている。

 「ノリコさん、これだけあったら新校舎が建つよー、しばらく給食代に困らないよー。」

 「ノブリス・オブリージュなりよ。」

 戸部典子のにまにま笑いが止まらない。

 昼からは財界の方々が多く来場されるようだ。まだまだ戸部典子は稼ぎそうである。


 戸部典子が桜色の着物を着ている。いつ着替えたんだ、と思ったら妹の戸部京子君ではないか。姉妹だから似ているのはしょうがないが、中身は全然違う。戸部京子君は素直で少し気が弱いところがある。

 お弁当を持ってきてくれたみたいだ。なんとも嬉しい配慮だ。控室へ行ってお弁当だ。戸部典子も誘ったのだが、接客で忙しいようだ。彼女は既に募金ハンター、いや、チャリティーの鬼と化しているのだ。


 控室の壁面には何台ものモニターが取り付けられている。会場のあらゆる場所がモニターできるのだ。こういう部屋にいると碧海作戦を思い出す。

 メイン・モニター、オープン! 懐かしい日々だ。

 「先生、お茶なのだよ。」

 戸部京子君がお茶を入れてくれた。彼女が差し出したのは「一保堂」のほうじ茶ではないか。夏の厚い日には胃に優しく沁み込むようだ。こういう気の利かせ方は戸部典子には絶対に真似できなところだ。

 弁当は広沢亭特製の松花堂弁当である。なかなか贅沢ではないか。

 弁当を食べながらモニターを見ている。お披露目は盛況のようだ。街のギャラリーでやるはずだった展覧会を無理矢理引き延ばして大きく見せたような展覧会ではあるが、まずは成功といったところか。何よりである。


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