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歴史改変戦記 「信長、中国を攻めるってよ」  作者: 高木一優
第三部 最後の聖戦なり
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21、ブラウン・シュガー

 トランザムはジョージア州に入った。もはやアメリカ南部である。

 戸部典子は後部座席で横になっている。相も変らぬ風景に飽きも飽いたという風である。

 大丈夫か? と言うと、「大丈夫なり」と旗を上げて応えた。

 その旗、どうしたんだ。

 「さっき、水を買った売店で売ってたなり。珍しい旗だったので買ったのだ。」

 それ、南軍旗レベル・フラッグだぞ。赤字に青のバッテン、青地の上に七つの星が斜めに並んでいる。南北戦争で南軍に加わった七つの州を表したものだ。

 「戸部、そんな旗は捨てろ!」

 天野女史はいつになく強い語調だ。

 そうだ、それは黒人種差別と白人至上主義の象徴だ。

 典子が天野女史に南軍旗を手渡すと、天野女史はライターで南軍旗に火をつけて窓の外に放り出した。なんとも、やることが過激だ。

 しかし、こういう物が売店で土産物に並んで売られているとは。

 「先生。今日は日曜日です。教会のミサに行きましょうか。」

 天野女史は煙草に火をつけた。


 アトランタ、アメリカ南部の中心都市である。その郊外に巨大なスタジアムのような建物があった。

 これが教会ですか? 

 「メガ・チャーチというやつですよ。」

 トランザムを駐車場に止めると、あいかわらず「ダーク・ライダーだ」という声がかかる。トランザムに人だかりができているではないか。

 教会の内部は、まるっきりスタジアムである。正面奥に舞台が据え付けられ、数万の観客席が並ぶ。私たちが入った時は、ちょうど牧師の説教が終わりかけ、聴衆が神の恩寵に熱狂していた。日本で言うならドームでのコンサートさながらである。驚いたことに牧師の後にはデス・メタルのバンドが登場した。戸部典子に彼らの歌詞の内容を訊いた。

 おれは神様愛してる、妊娠中絶反対だ、ゲイとレズビアンは地獄に落ちろ!

 「って、歌ってるなりよ。」

 デス・メタルの後はカントリー・ウエスタン、その後にはマジック・ショーが始まった。この様子はケーブル・テレビで全国の信者に配信されているという。何万人もの聴衆が「お布施」をし、なんとクレジット・カードでの支払いも可能であるという。これが毎日曜日に開催されている。アメリカ国内に千以上のメガ・チャーチがあるという。そうだ、この資金力が政治さえも動かしているのだ。


 トランザムはアトランタ市内を走っている。今ではニュー・ヨークと何ら変わりのない大都市だが、この街の歴史はアメリカ南部のものである。

 「『風と共に去りぬ』の舞台なりね。」

 古き良き南部などというが、主人公スカーレット・オハラは奴隷農場の娘である。

 工業化が進む北部アメリカに対し、南部は黒人奴隷によるプランテーションを産業の基盤としていた。大統領エイブラハム・リンカンは黒人奴隷の解放を南部の各州に勧告するが、奴隷を失って南部の産業は成立しない。この対立が南北戦争を誘発する。南部七州はアメリカ連合国を名乗り北軍と激突するのだ。南北戦争は一八六一年から、足掛け五年続く。南北戦争後、不要になった銃が日本に輸入され、戊辰戦争で使用されるのである。こういうふうに考えると、アメリカ史と日本史が連続したものであることがわかるのだ。

 「風と共に去りぬ」は南北戦争に敗北した南部から、白人農園主の貴族的な文化が失われていく様子を情感を込めて描いている。そのため、白人奴隷農園主を擁護し、黒人奴隷制度を肯定する作品として非難されることも多い。

 これに対して、黒人奴隷の真の歴史を描いた作品は少ない。アメリカの黒歴史だからだ。十六世紀から十九世紀にかけて、アフリカから拉致同然に連れて来られた黒人奴隷たちは、綿栽培などのプランテーションの労働力となっていった。十九世紀の初頭に奴隷貿易が禁止されると、奴隷は国内で賄わなければならなかった。奴隷だけでなく奴隷の子供たちも売買された。奴隷の値段は今でいう高級車一台分くらいしたと言われる。奴隷は高級品だったのだ。奴隷主の白人男性は、女奴隷に性的暴行を加え、その生まれた子も奴隷として販売された。

 「自分の子供を売っちゃうなりか?」

 戸部典子が「信じられない」という顔をしている。そうだろうな。こういうのはアメリカ映画でもあまり描かれることはない。南部では黒人の血が一滴でも入っていれば奴隷とみなされたのだ。

 「戸部、『ブラウン・シュガー』を知っているか?」

 「ローリング・ストーンズの『ブラウン・シュガー』なりか?」

 「そうだ。あの歌詞はな、旦那が黒人の女奴隷に夢中になって、奥さんは嫉妬するという内容だ。思い出してみろ。」

 戸部典子は「ブラウン・シュガー」を口ずさんだ。これまでは歌詞の意味になんて注意を払うことはなかったのだろう。

 南北戦争は終わり、黒人奴隷は解放された。だが差別は続いた。公共の場は白人専用と黒人専用に分けられた。レストランでもトイレでも、黒人が白人専用に入るとリンチを受けた。

 選挙権はあったが投票権はなかった。選挙に黒人が行こうものなら、木に吊るされ殺された。これを「奇妙な果実」という。木に吊るされた黒人が、果実のようにうなだれ、垂れ下がっているからだ。ビリー・ホリディの名曲「奇妙な果実」は人種差別を告発する歌である。

 「南北戦争の後でも黒人は人間扱いされてなかったなりね。黒人が人権を取り戻すのは公民権運動なり。一九六〇年代のことなりよ。百年近くもこの状態だったなりか?」

 公民権運動の指導者キング牧師もアトランタを活動の拠点としている。アメリカ公民権法が成立したのは一九六四年のことだ。長い歴史から考えてみれば、ついこの間まで非人間的な差別がまかり通っていたのだ。


 私たちはアトランタの街を歩いた。今では「白人専用」などという看板を見かけることはない。これは進歩だ。黒人解放を進歩でないという者がいれば、そいつは差別主義者でしかない。

 今でも完全に黒人差別が無くなったわけではないが、黒人の中から政治家や学者や経営者が誕生している。彼らは能力によって社会的地位を上昇させた。逆に能力に恵まれなかった白人たちの社会的地位は下降する。このプア・ホワイトと呼ばれる層がトランク大統領候補を支持しているのだ。

 これは差別ではない。競争のスタートが同じなら、その結果に貧富の差が生じても問題ない。これがアメリカン・ドリームであり、アメリカの基本的な考え方なのだ。

 競争のスタート地点を、できる限りフラットにしておくのは社会的な正義だ。私はその正義を実現する素晴らしい政策を持っている。「相続税、百パーセント政策」だ。親が金持ちなら子供はいい教育を受けて、社会的に高い立場に立つのは不公平だ。親が死ねば、財産は全て税金となって政府の金庫へ入る。赤字の国家財政も立て直すワンダフルな政策だ。

 国会議員諸君、ぜひ検討して欲しい。まっ、政治家は金持ちだから誰も賛成しないだろうけど。だからお前らはダメなんだ。


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