25、歌うなり、踊るなり
伊達の軍団が海岸沿いを駆ける! ものすごい勢いで大砲を曳いているではないか。
オランダ兵が城門の上から鉄砲を撃ちかけてきたが、諸葛銃とは射程距離が違う。
「ザクとは違うのだよ! ザクとは!」
陳博士が大喜びして叫んでいる。こんな陳博士を見るのは初めてだ。戸部典子のせいで壊れたのか?
伊達の大砲が火を噴いた。オランダ船のマストに命中だ。マストがめりめりと音を立てて倒れていく。第二射がオランダ船を炎上させた。
政宗君、陽動としては十分な成果だ!
袁崇煥の部隊が鉄砲を撃ちかける!
「味方にに当てるな!」
弧の狙撃は、主力軍を城門まで導くための援護なのだ。
日没が八時三十分頃、ここまでに一時間半以上がかっている。午前零時まで後、二時間強しかない。大丈夫か!
李博士の交渉が成功していればいいんだが、最悪の場合も考えなくてはならない。
そして井伊の赤備えに真田と島津、ドレークを加えた混成騎馬部隊が城門へ押し寄せた。
手筈どおりならば、反乱を起こしたシラヤ族が城門を内側から開くことになっている。しかし、城門が開かないのだ。
城内ではシラヤ族の反乱に気づいたオランダ人たちが銃を構えて制圧しようとしていたのだ。シラヤ族たちは武器を取り上げられているところだった。オランダ人たちも必死だ。海側と山側から攻撃され、シラヤ族が反乱を起こせば皆殺しにされかねない。もはや神の加護を信じるばかりなのだ。
「大砲を、前へ!」
井伊の大砲が城門に向けて発射された。至近距離からの一撃で城門が破壊された。
オランダ人たちは見た。もうもうとした砲煙の中から赤い騎馬軍団が現れたのを。
シラヤ族たちが左右に分かれて道を作ると、赤備え軍団が突入した。
黒い甲冑の島津豊久が馬上躍り出た。馬から飛び降りた豊久が示現流でオランダ兵たちを斬り伏せていく。
真田信繁は馬上から諸葛銃を撃ちまくり、オランダ兵たちを狙撃している。
ドレークは右手に日本刀、左手に諸葛銃である。馬上から降り、島津豊久と背中合わせになって戦っている。
乱戦だ。効率のいい戦い方ではないが、城門を開けるまで城内の様子が分からなかったのだからしょうがない。
しかし、時間が! もう三十分を切ったぞ。
「大丈夫なり、もう終わるなり。」
おまえ、冷静だな。
「あとは、三成君に狼煙で合図を送るだけなり。」
狼煙? そんなこと誰も言ってなかったぞ。
「直政君、狼煙を忘れてるなり!」
戸部典子が青くなった。
井伊の陣に戻ってみると、赤い発煙筒が置きぱなしになっているではないか。
これ、自衛隊の持ってた発煙筒か?
「そうなり、夜でも見える赤い煙が出るなり!」
わたしたちは発煙筒を抱えてゼーランディア城へ走った。
走った、走った、はしっ、息が切れる。
「えい! えい! おー!」
ゼーランディア城の中では赤備え軍団が時の声をあげていた。
「狼煙を忘れてるなりー!」
戸部典子が息を切らしながら発煙筒を差し出した。
「かたじけない! 戸部殿!」
真田信繁が発煙筒を抱えて海の見える城壁に駆けあがった。
ぼん! 赤い煙が夜空を染めた。
「ポーン! 午前零時をお知らせします。」
何かと思ったら、戸部典子のスマホの音だ。機械的な女の声。
間に合ったか?
しかし、玄徳丸の砲門が開かれていくではないか。
ぎりぎりだが、間に合ったはずだ。
「やめるなり、三成君! 城は落ちたなり!」
諸葛砲は完全にゼーランディア城に向けられている。
李博士、失敗したのか?
「宰相様、刻限ですわ。」
「軍師殿、ここは派手にやらせていただこう。」
撃て! 三成の号令とともに諸葛砲が火を噴いた。
砲弾は夜空に向けて飛んだ。高く、高く、どこまでも高く。
「なんなりか!」
私たちが大口を開けて、砲弾の行方を見守った。
ドーン!
砲弾は空中で炸裂して、大輪の花を咲かせた。
「花火なりぃ!」
赤い花火が戸部典子のにまにま顔を染めていく。
二つ目の砲弾は青い花火、三つ目はしだれ柳だ! これも諸葛超明の発明品か?
「三成君、冗談キツイなり。」
やってくれる石田三成! いや、李博士! 最高のネゴシエーターだ。
午前零時に砲撃開始。
石田三成に二言は無い。だがどうだ、李博士は花火の砲撃に変えてしまったのだ。
花火が染める夜空の下、シラヤ族の女たち、子供たちが駆けてくる。傭兵だった男たちとの再会だ。誰もが涙を流して抱き合っている。武将たちが嬉しそうに見守っている。もらい泣きしている者もいるではないか。
これは名誉ある戦いだったのだ。
夜空には次々に花火が打ち上げられている。赤い花、青い花。
荘厳である。荘厳とは花を飾ることだ。
この戦いでたくさんの血が流された。今はただ、花を手向けよう。
城壁の上に戸部典子がいる。
「皆の者、お祝いなり! 歌うのだ、踊るのだ!」
歌うなり! 踊るなり! 踊るなり! 歌うなり!
戸部典子が変な歌を歌い始めた。
それから、いつもの両手をカクカク動かす奇妙なダンスを始めたのだ。
シラヤ族たちが笑っているではないか。
戸部典子の隣で、変なダンスを真似して踊りはじめた男がいる。
赤い鎧を着た真田信繁だ。
踊るナリ! 歌うナリ!
信繁も歌っている。
信繁の歌に合わせて、シラヤ族たちが踊り始めた。大地を踏み鳴らしリズムを刻んでいる。
シラヤ族たちも歌い始めた。
ウタウナリ! オドルナリ!
ちょっとしたお祭り騒ぎだ。
「伊達政宗君、ノリが悪いのだ! 歌うなり! 踊るなり!」
伊達軍団が踊りの輪に加わったではないか。盆踊りみたいだけど。
「井伊直政君、赤備え、前へ! 踊るなり! 歌うなり!」
井伊の赤備えも踊りの輪に入る。
「島津豊久君!」
「もう踊ってもんそ!」
「袁崇煥君、お澄まししてる場合じゃないなり!」
袁崇煥はすらりと剣を抜き、中国風の剣舞を始めたのだ。剣を振り回しながら跳んだかと思えばくるりと回る、見事なものだ。
ジェームス・ドレークがバイオリンを弾き始めた。ゼーランディア城からの略奪品だ。
歌うなり! 踊るなり! 踊るなり! 歌うなり!
玄徳丸から出た艀に載って、李博士が帰ってきた。石田三成も一緒である。
「三成君も踊るなりか?」
「わしか、わしは鼓を打つぞ!」
石田三成、鼓の乱れ打ちだ!
赤いチャイナドレスの李博士が踊りの輪の中に進み出た。
白いズボンをはいていない。おおー! 網タイツだ! 李博士の脚線美だ!
李博士が踊りはじめると、皆が拍手喝采だ!
上海のディスコ・クイーンの噂は本当だったんだな。この頃、世界中で七十年台ディスコ・ミュージックがリバイバルしていたのだ。
みるみるダンスが洗練されていくではないか。
城門の上に陳博士が姿を現した。戸部典子が靴を履き替えている。
何をするつもりだ。
戸部典子と陳博士が踊り始めた。タップダンスだ。
城門の石を蹴って、カカカン、カンと勢いよく響きを立てている。
二人して内緒でタップ・ダンスなんか習っていたのか。
シラヤ族の中から歓声が上がった。シラヤ族がタップのリズムを真似し始めた。
私はと言うと、そんな風景をぼーっと眺めていた。
かがり火に照らされた李博士の影が、優し気に揺れている。
戸部典子と陳博士のタップは最高潮である。
武将たちが踊り、シラヤ族が囃し立てる。
踊るなり、歌うなり。
ここにはシラヤ族も中国人も日本人もイギリス人もいるのだ。言葉を超えて分かりあうには音楽こそふさわしい。
愛と平和の使者は伊達じゃないな、戸部典子。
私は幸福な風景を見ているのかもしれない。世界が価値観の違いを超えてひとつになっていく。
ぼんやりしていると、李博士に腕をひっつかまれた。私を踊りの輪の中心に引っ張っていこうとしているみたいだ。
悪い気はしないが、ダンスは苦手だ!
李博士は、私の手を掴んだまま振り回し、私はひらひらと、ひらひらと踊ったのだった。