13、梵天丸、強襲
攻城戦の開始である。
袁崇煥の作戦どおり、まずは山側からの攻撃が始まった。。
小高い丘の上に布陣した井伊の鉄砲隊が諸葛銃をぶっ放したのが、戦いの狼煙となった。
ゼーランディア城の鉄砲が応戦しようにも弾丸の届かない距離である。
オランダ人たちはこの新兵器に驚いたことだろう。
井伊の鉄砲隊は敵の銃弾の届かない安全な場所から、城壁の兵たちを狙撃していく。
これが面白いように命中するのだ。
「ひとーつ!」「ふたーつ!」
などと、狙撃した人数を数えながら、まるでゲーム感覚である。
諸葛銃の回転する弾丸は、真っすぐに飛ぶ。誰が使っても命中率が高くなるのだ。
戦国期にいたという鉄砲の名手などというものさえ、もう必要が無いのかも知れない。
あまりの一方的な戦いに、オランダ兵たちは誰も城壁に姿を現さなくなってしまった。
「ちと、やりすぎたか!」
井伊直政が苦い顔をしている。
さて、その井伊直政が赤備えの騎馬武者を引き連れて、海岸線を駆けていく。
「勇壮なり! 赤備え!」
井伊直政のフィギュアをにぎりしめた戸部典子は「必勝!」のハチマキをまいて応援だ。
海側から攻めると見せかけての陽動である。
「早く出てくるなり。ピーテルスゾーン、伊達水軍の餌食になるなり!」
戸部典子がほくそ笑んでいる。
ピーテルスゾーンがさまよえるオランダ人号で出航した。三隻がこれに続く。
前回と同じように四隻で艦砲射撃を加えて、井伊の赤備え軍団を葬ろうというのだ。
戦場から少し離れた丘の上に、二人の編笠をかぶった侍がいる。木場三尉と相場三尉だ。
今回は二人ともシーガルを操る。
いつでも飛燕、どこでも飛燕、という人民解放軍と違って、自衛隊はシチュエーションに合わせてドローンを使い分けるのだ。日本人らしい細やかさだ。
上空には人民解放軍の飛燕が十数機飛んでいる。遠距離からの撮影は人民解放軍、近距離からの撮影は自衛隊という役割分担だ。
相場三尉のシーガルが急降下し、さまよえるオランダ人号に並走して飛んでいる。ピーテルスゾーンの表情までがわかる。血の色にも似た赤いコートを風にはためかせて、笑っていやがる。
岬の向こうから伊達水軍の船影が現れた。
旗艦、梵天丸の甲板ではナイキの兜をかぶった伊達政宗が仁王立ちだ。
「政宗君、まだそれ持ってたなりか。」
戸部典子がもの欲しそうにしている。
そういえば、伊達水軍って戦ったことあったけ?
「海賊退治くらいで、本格的な海上戦闘は初めてなり。」
それで、大丈夫なのか?
「ちょっと不安になってきたなり。」
木場三位のシーガルが梵天丸に寄り添っている。
マストを背に仁王立ちの政宗は、不敵な笑いを浮かべている。
伊達水軍もオランダ水軍も、船団を一列に並べた縦列隊形をとっている。
梵天丸とさまよえるオランダ人号は真向勝負をかける気らしい。
「そこ退け! そこ退け!」
ピーテルスゾーンが甲板で叫んでいる。
もう両船の舳先がすぐそばまで接近しているではないか。
伊達政宗が自分の体をマストに縛り付けた。
伊達政宗! まさか特攻をかけるつもりか?
「政宗君!あぶないなりぃぃぃぃぃぃ!」
さすがの戸部典子も慌てふためいている。
政宗とピーテルスゾーン、もはやお互いの顔が確認できる位置まで近づいた。
そのとき、ピーテルスゾーンは政宗の中に狂気を見た。
この男は、死など恐れてはいない! いや死ぬつもりだ。
一瞬にして血の気が引いたピーテルスゾーンは、舳先が衝突する寸前に面舵を切った。
急な進路変更にさまよえるオランダ人号のコントロールが不安定になった。
政宗は船のすれ違いざまにフランキー砲をぶっ放したのだ。
梵天丸の左舷、フランキー法が次々に火を吹いた。
至近距離からの砲弾が、さまよえるオランダ人号を木端微塵にしていく。
なんぼなんでも無茶苦茶だぞ、政宗君! 海の戦いにそんな戦法は無いぞ!
「この戦、臆した方が負けよ! わっはっははー!」」
甲板での政宗の高笑いを木場三尉のシーガルが捉えた。
戸部典子もへたり込んでいる。
「心臓に悪いなりー。」
続く二隻目のオランダ船も同じく、舳先を背けた瞬間、伊達水軍の砲撃の餌食となった。
三隻目はかろうじて進路変更に成功したが、既に伊達艦隊の射程内にあった。すれ違いざまに一斉砲撃をくらった。
「戦国武将の意地、見せたなり、政宗君!」
無茶苦茶だが、一瞬にして三隻のオランダ船を撃破したのだ。
「でも、よく考えたら、真っすぐ進んで大砲を撃っただけなり。」
それを言っちゃぁ、おしまいよー!
四隻目はゼーランディア城に逃げ帰ろうとしている。
虎の子の船をこれ以上失うわけにはいかないのだ。
それに、三隻を撃破して海岸から遠ざかる伊達水軍が戻ってくる前に、海沿いにゼーランディア城を攻める井伊の赤備え軍団に艦砲射撃をくらわそうとしているのだ。
井伊の赤備え軍団は、海上での伊達水軍の戦いに血をたぎらせたのか、遮二無二ゼーランディア城を攻めている。まぁ、あんな爽快な海の戦いを見せつけられたら武将たちの血も沸騰するのだろう。
しかし、突出しすぎだ。囮だったことを忘れているのだ。これでは袁崇煥の伏兵の出る幕がない。
袁崇煥はあくまで冷静である。状況に合わせて戦略を変え、諸葛銃の威力をもって井伊軍団の援護にまわったのだ。
赤備え軍団が破竹の勢いで突入した直後、ゼーランディア城に停泊していた船一隻が炎上した。
「えい、えい、おー!!」
赤備え部隊が、時の声をあげる。
そこに四隻目のオランダ船が近づきつつあるのだ。
「直政君! 逃げるのだ、危ないのだ!」
赤備え軍団がオランダ船の射程内に入る。オランダ船が砲門を開く!
その時だった。
帆をいっぱいに膨らませた真田丸が最大船速でオランダ船に向かっていたのだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー」
マストのてっぺんで鄭芝龍が叫んでいる。
「行けえええええええええー!」
真田信繁が叫び、大介も叫んだ。
眼前に、オランダ船の船体が恐ろしい勢いで接近してくる。
鄭芝龍がマストの上から水面に飛び降りた。海面に勢いの良い水柱が上った。
続いて、信繁が、大介が、佐助が海に身を投じた。
真田丸はその勢いのまま、オランダ船のどてっぱらに突っ込んだのだ。
真田丸の舳先がオランダ船の船体にめり込んでいく。
ぐっがががががが、という軋むような轟音が波の音を打ち消した。
真っ二つに割れた船体がゆっくりと崩壊し、真田丸もろとも海の中に消えて行く。
水面に顔を浮かべた真田信繁が放心したようにその光景を見ている。
「真田丸が、沈む。」
ただの船ではない。なにもかもが船とともにあり、そのひとつひとつを思い出すことができる。
真田信繁の胸中いかばかりだったろう。
伊達水軍が戻ってきて、真田信繁らを救出した。
信繁は梵天丸の甲板でへたりこんでいる。
涙をぼろぼろこぼしているではないか。
さすがの政宗も声をかけることすらできない。
ピーテルスゾーン以下、海に放り出されたオランダ人たちも伊達水軍によって船に引き上げられ捕虜とされた。
ゼーランディア城は五隻の船を失い孤立した。