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第一部 ローウェル子爵領 平穏な?日々 06

 5才の春。


 俺は失恋した。


 相手は一つ年上の母方の従姉妹でアンネローゼ・ゴルディア。

 母の実家であるゴルディア伯爵の嫡男の三女であり、伯爵の孫である。

 俺も一応は伯爵の娘の息子であり同じ孫だが、嫁に出した娘の息子しかも格下の子爵家の五男と後継ぎである嫡男の娘。

 同じ孫でも扱いも立場も違う。

 たとえ本人がお付き合いをOKしたとしても結果的には成就しない。周りが許さないからだ。

 子供同士の戯れ言とはいえ、相手は伯爵家令嬢。

 おかしな噂でも流れてはたまらないとすぐに無情にも引き裂かれていただろう。

 現実は周りが引き裂く必要もなく、あっさりフラレたんだけど。

 あの頃の俺にとっては渾身の作であり、後から振り替えって見ると恥ずかしすぎる恋文の返事は「ご免なさい。アイクのことはそういう意味では好きじゃないから」だった。

 しかも「だって、デブだし頼りないし、顔もなんだかぼんやりしててカッコよくないもの」だと。

 なんで?と理由を聞いたらこう答えられた。

 子供っていうのは素直だ。

 大人だったら思っていてもオブラートで包む本音を悪気なく口にしちゃうんだから。

 少しばかり素直過ぎる気もするけど。


 6才のアンネローゼは見た目フワフワした印象の小さな少女だった。

 目立って可愛いとか美少女とかいうわけではなかったけど、なんていうかな?儚げで弱々しくて守ってあげたくなる雰囲気みたいのがあって。

 もともと病弱が原因で空気がよいウチ(田舎)に療養に来ていただけあって白い肌に細い手足をしていた。

 綿毛のようにフワフワとしたプラチナブロンドとその頃好んで着ていた裾の広がった白いワンピースの印象からか、俺の中ではフワフワした妖精みたいな女の子、だった。

 中身は……うん、どっちかっていうと妖精よりは姉のミニチュア版って感じだった。

 実際後で聞いたことによるとウチの姉はアンネローゼの憧れの女性なんだそうな。


 8才の冬まではいつも冬から春にかけての二ヶ月ほどと、たまに夏の暑い年も、アンネローゼはウチに滞在していたが、年を経るごとにどんどん健康になって、それ以降は来ていない。


 そう。

 過去の世界ではアンネローゼは俺が10才の時にウチに来ていない。彼女がウチに来たのは8才以降だと13才の時の数日間。彼女の憧れの女性である姉の輿入れの時。

 それと彼女が16、俺が15の春。


 だが俺が彼女を見間違うはずがない。

 初恋の女性(ひと)でトラウマを植え付けてくれた女性(ひと)で命の恩人でもある彼女を。


「アイク、いるんでしょ?入るわよ」


 ドアごしの、聞き覚えのある少し高めの声。


「……なんで?」


 俺は答えるのを忘れて頭を悩ませる。


 ーー過去が変わってる?


 これまでは以前と変わらない時間だった。

 変わったのは俺の行動だけ。

 周りの様子や起こる出来事に違和感や気になる違いはなかった。


 何が原因だ?


 以前との違い。

 すぐに思い付くのはやはり学校に通うことか?


 過去では、俺は学校に通っていない。

 15才までずっとこの土地でダラダラと過ごしていた。

 その差異が過去を変えた?


「……早すぎる」


 ドアの外に聞こえないように小さく呟く。


 学校に通うことで、過去との歴史の差異が生まれるだろうことは当然予想していた。

 だけどまだ通うことが決まっただけ。

 それだけで来るはずのない人間が訪れるほど大きく変わってしまうのか。


「気をつけないと……」

「何を?」


 ……しまった。

 考え込み過ぎて、ドアが開けられたのに気づかなかった。

 目の前に首を傾げたアンネローゼの顔がある。


「なんでもないよ!ってアンネローゼ!どうしてここに?」

「フフフ、びっくりした?おば様たちに内緒にしててもらったのよ?」


 それでか。

 朝から母上さまが突入して来なかったのはアンネローゼの出迎えがあったからだ。

 俺には内緒で。


「アイクが王立学校の魔法科に来るっていうから、先輩として顔を見に来たのよ。ちょうど冬季休校だったし。おば様は「アイクちゃんがおかしくなったの!」って手紙をくれたしミリアお姉さまからもアイクがスッゴク痩せたって聞いてたからもう気になっちゃって!」

「母さん……」


 いったい何を言いふらしてるんだよ。

 普通息子のことをいくら姪だからって「おかしくなった」とか言っちゃう?


 ……ん?


「先輩?」

「そうよ?私は王立学校の二年生だもの。貴族科だけどね」


 えへん、みたいに胸を反らしてアンネローゼは笑う。

 ああ、フワフワなのは髪やワンピースだけじゃなかった。

 昔と同じフワフワな飾り気のない笑顔。


 ヤバイ。

 やっぱり可愛い。

 どうしよう。

 怒られるよな、やっぱり。

 いきなり抱き締めたりしたら。


 けど抱き締めたい。

 確かめたい。

 彼女の温もりを。

 彼女が確かに生きていることを。


 自分の背中をコッソリと指でつねって、沸き上がる衝動を抑え込んだ。


「でもホントびっくりだわ!痩せちゃって別人みたい。……でも痩せてもあなたの顔はやっぱりぼんやりして特徴がないままね」


 ああ、中身も変わってないね。







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