第一部 ローウェル子爵領 平穏な?日々 05
父の消極的な賛成と、なにより次期ローウェル子爵、つまり俺の一番上の兄が賛成してくれたことで、俺の王立学校魔法科行きが決まった。
父が消極的なのはまだ母が納得しきっていないせいだ。
ウチの父は恐……いや愛妻家だからね。
入学は三ヶ月後。
期間二年間。
一月後には誕生日がくるから、入学する頃には俺は11才になっている。
過去をやり直してから、もうすぐ一年が経とうとしてしているのか。
時間を意識しているからか、ずいぶん過ぎるのが早く感じる。
王立学校への入学が決まってから、俺は馬での外出が禁止された。入学までの期間は出来るだけ家に、というか母のそばに居てあげるように、という父からのお達しで。
なので俺は朝夕の日課と食事以外は自室に込もっている。
……我が母上さまは俺から寄ってかなくても向こうから来てくれるからね。
毎日なんだかんだ持って来ては「ねえ、アイクちゃん。やっぱりやめておいた方がいいんじゃないかしら?」攻撃を仕掛けてくるのだ。
「やめておいた方が」というわりには持ってくるものは寮生活できっと必要なもの(母いわく)なんだけど。
おかげさまで自室の一角には母が持ち込んだティーセット(お友だちを招く時のため)だの寒い夜のためのカーディガン(複数枚)だのが小山を作っている。
……はあ、今日もそろそろ来る頃かな?
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昼を過ぎたのに、珍しく母が顔を見せない。
あれ?
どうしたのかな?
いつもならすでに三回は突入してきている時間なのに。
今日はまだ一度も来てないぞ?
食事にも来なかったし、具合でも悪いのだろうか。
でも昨日は元気だったんだけどね?
一度気になるとそわそわしてくる。
せっかく指先に集めた魔力も気が散って拡散してしまった。
外に出て『鑑定』を鍛えられない分、このところの俺は自室に込もっては魔力量を増加させるための訓練を行っている。
この世界では聖霊に力を借りて魔法を行使するが、聖霊に力を借りるにはまず聖霊の存在を感じ取り認識しないといけない。
人によって感じ方は様々だし、聖霊の種族によっても相性がある。
俺の場合は風と火、そして闇の聖霊との相性がいい。
どれだけ集中しても水や土、光の聖霊は希薄にしか感じ取れない、比べて風の聖霊の場合は空気のなかに常にいくつもの小さな存在が感じられる。
風が吹くと、時折フワリと髪にいたずらしていく小さな手の感触と、楽しげな笑い声が聞こえたりする。
魔法はまず聖霊の存在を感じ取り、ほんの少し自分の魔力をその存在に与えるということを意識することから始まる。
聖霊が受け取ってくれたら、そこで聖霊とのリンクができる。
リンクを通して聖霊にこうしてほしい、といったイメージを送る。聖霊の存在をしっかりと感じられているほど、そしてイメージがしっかりしているほど魔法の精度は上がるし威力も上がる。
そこに聖霊がいるという認識や、伝えるイメージを明確にするために詠唱という形で言葉にする人も多い。
逆に言うと認識とイメージさえしっかりしていれば言葉に出す必要はない。
俺なんかはちょっと恥ずかしいので無詠唱派だ。
では認識とイメージさえ出来ていればどんな魔法でも使えるのか?といえば残念ながらそうではなく、聖霊はより精度の高い強力な魔法をイメージするほど魔力という糧を喰う。
それも大量に。
認識とイメージがしっかりしていても与える魔力が足りなければ結局ガス欠で魔法は発動しない。
しかも相性の悪い聖霊ほどより魔力を要求するから、相性の悪い聖霊の魔法ほど使用が難しくなる。
おなじ生活魔法でも俺だと水を出そうとしても一回でせいぜいコップ一杯が限度。
洗濯物を乾かす程度の熱風を吹かすのならたぶん一時間以上持続が可能だろう。
したことないけど。
魔力というのは世界に満ちる魔素を人間が呼吸によって酸素と共に体内に取り入れ変換しているもの。
取り入れられる魔素の量も、変換できる魔力の量も、対内に溜め込める量も人によって違う。
魔力量とは主にそのうちの体内に溜め込める量のことだ。
魔力は意識して制御しないと自然と体外に洩れ出てしまう。
自身の体内にある魔力を認識して制御することで体外に洩れ出る魔力を体内に引き留める。
それが魔力量を増やすコツだそうな。
体内に溜め込む量が増えると取り入れられる魔素の量も変換できる量も相対的に増えるらしい。
俺がこの知識を知ったのはダンジョンコアに教えられたから。
この世界に住む人間のほとんどは知らないし、魔力量は身体の成長や経験を経ることによって増加していくものだと思っている。
実際には成長や経験を経ることで自然と魔力の認識や制御ができていくんだけどね。
俺は体内の魔力を一点に集中させることで、魔力の認識と制御を高める訓練をしていたのだけど。
失敗した。
結構な集中力がいるので、しばらく休憩かな。
さてこれからどうしようか。
母上さまの様子を見に行く?
う~ん、気にはなるがそれもちょっと……。
床に座り込んでうんうん言っていると、何やら外で騒がしい物音と話し声が。
「……なんだ?」
玄関の方のようだが。
誰か客が来る予定だったっけ?
そうこういううちにバタバタと小走りの足音がこの部屋に近付いてくる。
俺はドアに近付いて、そっと隙間を開けて廊下を覗いた。
そして廊下の向こうから駆け寄ってくる淡いプラチナブロンドの髪と薄桃色の瞳の人物を見付けて、そのまま閉めた。
なんで!
どうしよう。
逃げ出したい。