プロローグ
真っ白な天井も壁もない空間に無数の椅子が無造作に並んでいる。それらは見るからにふかふかなソファだったりどっかの社長室に置かれていそうな革張りのデスクチェアーだったり木製のベンチだったりと様々だ。
椅子にはそれぞれ姿かたちどころか種族すら違う神や聖獣等と呼ばれる者たちが座る。
俺はその一番中心に近い丸椅子に腰かけていた。
まったく椅子の種類からして明確な差別だ。
すぐ隣の蜥蜴だってやたら豪奢なリクライニングチェアだっていうのに。
ま、あちらは大会三連勝中だったどこぞの世界の魔王らしいから、ポッと出のダンジョンマスターとでは扱いが違っていて当然か。
「それでは第3252356回全世界ダンジョンコンクールの表彰式を執り行う」
髭もじゃないかにも神様っぽい神々しくピカピカな後光を放つジジイが厳かに言い、一人立ち上がった。
拍手とかはなし。
まあ一人を除いて誰も得をしない結果だったし?仕方ないか。
優勝をかけたトトカルチョは見事に一人勝ちだったんだし。
その一人は周りの氷の視線に小さな背をブルブル震わせて白いテーブルチェアーの上で何故か正座している。
もともと白い顔色は完全に血の気が引いて、頭の猫耳がぴたんと頭に張り付いていた。
うーむ、ちょっとかわいそうなことをしたかな?
いや、俺としてはそんな困らせるつもりはなかったんだが。
ただ誰に賭けるべきか悩んでたみたいだから、「だったら俺のに賭けといたら?最下位ってことはないと思うし、かと言って優勝ってこともないだろうしさ」なんてことをポロっと口走っただけだ。
この大会、最下位に賭けた者は莫大な全参加者の賭け金全てを支払うか、次回大会までの期間全参加者の下僕にならなくてはならないらしい。優勝に賭けた者には参加者が賭けた金が人数分に分割されて支払われ、残りの参加者は賭け金がそのまま戻ってくるか、ちょっとばかりからかって遊ぶ下僕を得られる。
最下位を選ばない限り損はない。
そんな仕様になっている。
にもかかわらず三回も連続で最下位を引いて下僕化していた神が彼女だ。
まだ幼い雰囲気の小柄な肢体に、薄いエメラルドグリーンの瞳とくるくる巻き毛の短い黒髪。
顔立ちはキレイとか可愛いってよりは愛嬌があるって感じかな?
まあ、曲がりなりにも神様なだけあって普通の世間一般の基準からすれば充分絶世の美少女なんだけど、周りがそれ以上の美形で囲まれてる環境だから、完全に埋もれてる感じ。
そんな彼女はこの大会期間中ずっとバタバタと走り回っていた。
あっちでお茶を出しこっちで肩を揉み大会スケジュールを確認して回ってはあちこちに報告して回る。
うん、下僕というより雑用係りと言った方があってるんじゃないかな?
ずいぶんと忙しそうだった。
それこそ食事をする時以外ほとんど与えられた部屋で地球産のゲームを楽しんでいた俺の目に何度も入ってきたくらいだから。
大会トトカルチョにはいくつかルールがあって、その一つに優勝候補10組にはそれぞれ10人までしか賭けることができないというのがある。無制限にしたら皆一番人気や二番人気辺りに票が集まるから、防止策というわけだろう。
ちなみに早い者勝ち、という体にはなっているのだが。
どうやら神様の世間にも優劣というものはしっかりとあって。
実際には優勝候補たちの票は毎回ほぼ同じ顔ぶれが並ぶらしい。
その優劣の最下層に位置する彼女が賭けることができるのは「ちょっと今回頑張ったみたいよ?」なんて噂になるダンジョンでもなく「たぶん最下位争いでない?」なんて言われてしまうようなダンジョンがゴロゴロ転がっている有象無象か、俺のようなポッと出のよく分からない新米マスターが造ったものか。
バタバタ走り回っている内に周りは皆賭け終わった後。
期限ギリギリで万が一選ばなかった場合は強制的に最下位を選んだことにされる強制参加なルール。
ずっと参加者全員の下僕をしていた彼女に全部で200以上あるダンジョンの情報などろくにあるわけはなく。
誰かと同じものを選ぼうとすれば縁起が悪いと睨まれ。
頭を抱えていたところに俺が遭遇。
さすがに気の毒になって声をかけたのだった。
最下位というほど酷くはないだろう、たぶん。
そう思っていたからだ。
ところが蓋を開けてみると俺のダンジョンはアッサリと第一審査を突破。残り50組のなかに入った。
ここまでは彼女も歓喜していたし、感謝されもした。
この時点で最下位はなくなったのだから当然だろう。
彼女は長い下僕生活から抜け出したのだ。
だが俺のダンジョンは造った俺自身の予想以上に審査員ウケがすこぶる良かった。
第二審査を抜け、上位10組に入ったあたりから彼女の顔から笑顔が消え、焦りが浮かびだした。
第三審査。
大多数の予想を覆し、決定した最優秀ダンジョン、つまり優勝は誰も途中までは意識すらしていなかったポッと出新米のダンジョンであった。
『カルギ村のダンジョン』
つまり俺のダンジョンであり、唯一彼女一人が選らんでいたダンジョンである。
「今回はどのダンジョンも非常に優秀なものが多かった。が残念ながらここ数回どこか似通ったものが多いことも事実。前回、前々回に上位をとったものを参考にするのは良いが皆が皆流行りを追うのはどうかと思う!その点今回優勝した『カルギ村のダンジョン』はまさにシンプルかつオーソドックス。ワシはこれこそが本来のダンジョンのダンジョンたる姿だと確信した!」
おっと、髭ジジイがベタ誉めしてくれてる。
嫌でも耳にする噂によると、俺の造った『カルギ村のダンジョン』が優勝した理由は大会委員長である髭ジジイの権力と一部マニアの猛プッシュによる。
「まさにダンジョン!よくぞあそこまでワシが思い描くダンジョンを再現したものよ!!」
ジジイの思い描くダンジョン=ドラ〇エⅢのダンジョンなんだなー。
そう、俺はダンジョンを造る際に日本にいた頃にやり込み捲った某国民的RPGゲームを参考にした。というか、パクりまくった。
我ながらなかなかの出来だと自画自賛だったし、神が色んな世界のゲームやマンガを娯楽にしていてかつ地球の、そのなかでも日本のゲームは特に一部から絶大な人気があると聞いて、一定の支持は得られると踏んでもいた。
だから彼女に最下位はないって言ったんだけど。
さすがに優勝はないと思ってた。
二位の隣の蜥蜴。
連勝中だっただけあって凄かったし。
ダンジョンのなかに自然を完全に再現して、崖に隠れていく夕日は圧巻だった。
次の機会があれば俺も造ってみたい。
髭ジジイ話に三位から順に呼ばれて、その前に造り出された壇上に上がってゆく。
三位は好きな願いを一つ叶えられる。
二位は好きな願いを二つ。
一位は好きな願いを三つ。
願いか、なら決まっている。
「我等神の矜持においてどんな願いでも叶えてみせよう」
髭ジジイは俺に「何を願う?」と問う。
元の世界への帰還か。
強大な力か。
富か。
権力か。
あるいは神の末席に座ることか。
「時間を」
俺は答える。
「記憶と、いくつかのスキルかアイテム、それを持ったまま過去へと戻りたい」
やり直したい。
大事なものを次こそはちゃんとこの手で守るために。
「記憶」「スキルにアイテム」「時間逆流」
「了承した」
厳かな声が頭のなかでぐわんぐわん反響した。
「戻りたい時間。持ちたいスキルにアイテム。それを思い描きながら目を閉じるとよい」
言われるがまま目を閉じると、世界が闇に閉ざされる。
意識が途切れる寸前、笑い含みの声が。
「本来ならスキルかアイテムどちらか一つで一つの願い」
「だが良いものを見せてもらった礼に一つずつ持たせてやろう」
それはありがたい。
存分に活用させてもらおう。
「ああ、次回作を楽しみにしておるからの?」
ハハハ、連勝は厳しそうだけどな。
ま、いいか。
せいぜい楽しみにしておけばいいさ。