第86話(4-5-1)
「きょっ、今日、ライバルのローレライちゃんが、『マグ・メル』に出るって、そのっ、前、言ってたけど、みっ、観なくていいの? もっ、もうすぐ始まっちゃうよ・・・」
「いいよ、別に。気にせず『世界の猫ライフ』観てくれよ」
「でっ、でも・・・・・」
「これからは、俺の事なんか気にせず、『世界の猫ライフ』楽しんでくれよ。今までずっとこの時間のテレビ独占してて悪かったな」
「・・・・・・・とっ、とりあえず、『マグ・メル』は録画しておくね」
「録画もしなくていいよ」
「・・・・・」
「熱っ!」
「るっ、ルミナス大丈夫!?!!」
「悪い、ボーっとしてた。駄目だな、俺。はい、ドライヤー」
「・・・・・」
「るっ、ルミナス・・・・・・・そのっ、きょっ、今日はおやすみのお歌は歌わないの?」
「悪い。今、そういう気分じゃないから。それに毎晩俺の歌聞かされてお前も迷惑だったろ。ずっと変な事に付き合わせて悪かったな」
「そっ、そんな事____」
「俺、疲れたから寝るから。お前もあんまし夜更かしすんなよな。おやすみ」
「・・・・・」
「はい、プリン」
「あザまぁーす♥」
ルミナスは横に立って手を受け皿にしていたオコジョに朝食のデザートを手渡してしまった。ありえない。いつもなら、なんとか言いくるめて私の分のデザートも貰おうとするのに。しかも、プリンだ。ルミナスの大好物のプリンを・・・むざむざ、オコジョに!!!しかも、オコジョのあの感じだと、きっと今日が初めてじゃない。駄目だ。耐えられない。もうモヤモヤが限界だ。
こんなの、ルミナスじゃない!!!!
「駄目!」
私はそう大声で叫び、自分のテーブルへ戻ろうとするオコジョの腕を引き止めた。
「ほよ?」
オコジョが不思議そうな顔で私を見た。
「私のプリンあげるから、そのプリンはルミナスに返して!」
私は自分のプリンを彼女に握らせ言った。
「おっ、おい、ラヴィ。お前、何怒ってんだ?? 俺はいらないからいいんだよ」
ルミナスが言った。
「よくない!!」
私はそう言って、力づくでオコジョの手からルミナスのプリンを奪い取りルミナスのテーブルに戻した。
「おい、今日、お前、なんか変だぞ」
「変なのはルミナスだよ!!大好きな音楽番組は観ない、大事な髪をドライヤーでうっかり焦がしそうになる、夜に歌の練習しない、大好きなプリンはオコジョにあげちゃう!!変だよ!!!こんなの、ルミナスじゃないよ!!!」
「夜に歌の練習とか、クソ迷惑な奴だな・・・・」
「クズリは黙ってて!!!」
「はっ、はい、すいません」
「・・・・・・しょうがねぇだろ!!!!お前は『魔女』か『罹人』に親殺された事あんのかよ!!!!ないだろ!!!だったら、黙ってろよ!!!親の仇が現れたかもしれないのにお気楽に過ごしてなんかられねぇよ。そんな事も分からねぇのか!?」
「るっ、ルミナス、落ち着いて落ち着いて」
「落ち着いてなんかいられるかよ!!!付き合ってまだ一年も経ってないやつが知った様な口で好きかっていいやがって!!!!」
「ちょっと、ちょっと、それは言い過ぎ!!!」
「いっ、いいよ、オコジョ・・・・その通りだよ。私にはルミナスの気持ちなんて分からないよ。でも、これだけは分かるよ・・・・・・今の焦ってるルミナスじゃ絶対パパの仇に敵いっこない!!!!今のルミナスなら私でも勝てる!!!!!」
私は泣きそうになりながら、いやもう泣いている。泣きながら感情のまま叫んだ。自分でもどうしてそんな事を言ったかよく分らない。でも、今の彼女を変えるにはそれしかないと思った。
「てめぇ、言いやがったな!!!だったら、今すぐ勝負しろ!!!勝てるんだろ、ここまで全戦全敗のお前が!!!同期の中じゃポイント上位の、この俺に!!!」
ルミナスは席を立ち私に向かって大声で言った。
「そっ、そうだよ!!!今やろうよ!!!その代り、プリンは食べて!!!」
「いいだろう。皆の前で大見得切った事、後悔させてやる!!!」
「ねぇ、あなた。何か勝算はあるのかしら?」
更衣室で動きやすい服に着替えてると、カスケードが横から声を掛けてきた。
「なっ、ない・・・・・・」
私は正直に言った。
「はぁ。だと思った。でも、きっとあなたの言う通り今のあの子は冷静さを欠いてるわ。だから、いつもより勝機はあるかもしれない。あの子はお行儀も口も悪くて鬱陶しいけど、お行儀よくしてるのはもっと鬱陶しいから必ず鼻を明かしてやって」
カスケードは私の両手をしっかりと握りしめ、言った。
「あくまでも、あなたは冷静に」
そして、自分のオデコを私のオデコにコツンとぶつけた。
私は涙を拭い、拳を握りしめる。
これは私だけの戦いじゃない。きっと、カスケードだけじゃない。他の同期の皆も思っているはずだ。でも、私なんかよりずっと深く事情をしっているから誰も咎められないんだ。私がやるしかない、最弱だからこそ説得力が出せる。私にしか出来ない。『家族』が復讐に囚われ心を閉ざしたままなんて耐えられない。
「吸ってー、吐いてー。はい、もう一度。吸ってー、吐いてー」
シュミレーションルームに向かう直前。リヴァイアが私に向かってそう声をかけてくれた。水泳の前に必ずやった深呼吸だ。その声は優しくていつも心が和らいだ。今回もそうだ。
「ありがとう、リヴァイア。私、勝つよ!!」
「ふっ、別に勝たなくていいわよ。あなたが負けたら『最弱に勝ったくらいでイキらないで』って言って私が無限に痛めつけて、分からせてあげるから。今のルミナスには微塵も負ける気がしない」
「そっ、そう言って貰えて、きっ、気持ちが、すっ、少し楽になったよ。じゃあ、行ってくるね」
私はそうリヴァイアとカスケードに別れを告げ、更衣室を後にした。
転送された仮想空間はショッピングモールのエントランスのような場所だった。特にソファや机がある訳でもなく。ただのだだっ広いお洒落なエントランスだ。あるのは上のベランダ(?)のような場所を支えるいくつかの太い柱くらいだ。パッと見、投げてめくらまし出来そうなものはない。一応、入り口付近に植木鉢があるが果たして使えるかどうか・・・・・・・小細工できそうなものも特にない。はっきり言って場所は悪い。あんな大見得を切ってしまったが、全く勝てるヴィジョンが見えない。
でも、冷静でいよう。あくまでも冷静に。
負けてもリヴァイアがなんとかしてくれる。
だから、大丈夫。私はベストを尽くすだけ。それだけ。
「行くぞ、ラヴィ。お前に、お前なんかに、俺の怒り、憎悪、受け止めきれるか!?」
ルミナスはそう叫び、派手に天装を展開し、無意味に床を力一杯切りつけた。いくつかの破片が当たりに飛び散る。使えるかもしれない。そしてなにより、食堂の時より更に怒っている様に見える。もしかしたら、向こうのセコンドさんが私の勝率を少しでもあげるため敢えて彼女を焚き付けたのかもしれない。
真っ暗闇に少しだけ光が差した気がした。




