第85話(4-4-1)
白いカーテンから漏れる朝陽が眩しい。
昨夜はとにかく凄かった。あんなやかましくウノやトランプをやったのは初めてだ。歓迎会が始まってからしばらくすると、くだんのトワイスやモアを始めとする沢山の『罹人』の人がどこからともなく集まってきて文字通りドンチャン騒ぎになった。クッションは飛び交い、飲み物の入った瓶やグラスが割れる割れる。その度に『魔法』で誰かがそれを手早く片付ける。『テンプル騎士団』の歓迎会も中々無法地帯だと思ったが、全然昨日のアレに比べれば大人しいものだった。最後は酔っぱらってしまったフランとくすぐり合いになった。もう本当にカオスだった。
でも、楽しかったのは確かだ。
というか、ここはどこだ。
何で私は病室のベッドの上にいる。全部、夢だったのか。
そんな馬鹿な。だったら、どこまでが________。
「あっ」
ベッドの横の椅子に座っているボスと目が合った。
「起きたか、エンジェル。時間がないから出来るだけ手短に説明するぞ。お前は急性虫垂炎になってここに病院にいた。いいな。もうここの連中に教会に連絡はさせた。そうだな、帰り道で突然お腹が痛くなった。教会の連中には自分でそう言うんだぞ」
「あっ、あのっ・・・・」
「心配ない。ここの院長は俺様のグルだからな」
「エンジェル、それとこれはもうひとつ大事な事だが。お前は〝まだ〟何もしなくていい。無理に内情をこっちに伝えるような事も、無理に和解を促すような事もだ。必ずタイミングは来る。だが、今じゃない。分かったか?」
「えっ、あっ、・・・・はっ、はい!!」
「それじゃあ、俺様は行くからな。お前は急性虫垂炎で倒れて入院してた。忘れるなよ!」
ボスはそう言って、席を立って病室から去ろうとした。
「あっ、あの、ぼっ、ボス!」
扉に手を掛けたボスを私は呼び止めた。
「ふっ、ふっ、フランをお願いします!」
そう言って、頭を下げた。よく考えればどの立場で言ってるんだって感じだが、ただ言いたくなってしまった。あそこにいればきっとこの前みたいな悲劇は起きないで済む。
「任せとけ」
ボスは親指を立ててから颯爽と病室から出て行った。多分、地肌に直でスーツを着ているのはこの世でボスくらいだろう。変わった人だ。でも、きっと、多分、良い人なのだ。
「あー良かった。お前も『魔人』に襲われたかと_____」
教会に戻るといの一番に出迎えてくれたルミナスがそう言って、私に抱きついた。
「お腹、もう大丈夫?」
後からひょっこり顔を出したミーミルがそう聞いてきた。
「えっ、あっ、えっと、うっ、うん、もっ、もう大丈び」
噛んだ。というか〝も〟とはどういう事だ。
「そっ、それより、なっ、何かあったの!?」
「それが何かあったどころの騒ぎじゃねぇんだ。ブレイズさんが『魔人』と戦って大怪我した。おまけに北の審問官が2人行方不明になってる」
いつになく真剣な面持ちでルミナスが話した。ブレイズさんが『魔人』と戦って大怪我も当然大変な事だが、私の耳により留ったのは行方不明の審問官二人だった。血の気がサッーと引いて行く。
「そうなんだよ、これはかなりヤバイ事なんだよ。ラヴィの知っての通り審問官って言うのは剣聖様の次に強い人たち。ラヴィの直属の上司のSクラスのノクターンさんと同じレベルの人たちなわけ。そんな人たちがもし素力で負けていたとしたら・・・・」
私が顔を青くした理由を勝手に汲み取ってミーミルが言った。
多分だ、多分。この行方不明の二人こそ、フランを襲った二人なのだ。無実のフランを襲った二人、憎いがきっと彼らも誰かの大切な人でもしかしたらルミナスやミーミル と交流があったかもしれない。そう思うと、また胸が張り裂けそうに痛む。フランが『ヴァルプルギスの夜』に加わった事で、目下は大丈夫だと思うが『罹人』と『テンプル騎士団』の両者が手を取り合わなければ、きっと同じ事はまたすぐに起きてしまう。でも、今の私には何もできない。それがとてももどかしかった。
「ほいじゃ、ラヴィは6階にも行くよね。私もそっちに用事あるから、またね、ルミナス。昨日も言ったけど、あんまり無茶な特訓は控えてね」
それから少し3人で話した後、ミーミルがそう言って突然会話を切って、私をエレベーターの方に連れ出した。まあ6階には行くが、どうしたのだろう。
「あのね、ラヴィ。これは教会全体にとっても大事件だけどね、ルミナスにとってはもっと重要で大変な事なんだよ」
エレベーターフロアにつくと、ミーミルはエレベーターを呼ぶことなく私に語りかけた。
「さっきも言ったけど、審問官が負けたって事になれば、その敵の強さは剣聖様や役職なしでその力に匹敵するビゴさんやキュウさんと同じくらいだと考えられるわけ」
「つっ、つまり?」
「嫌でもルミナスは剣聖になるはずだったパパの、つまり、アポロさんの仇を想像しちゃうわけ。歴代最強と謳われたアポロさんを打ち倒すような敵がそんなゴロゴロいるとは考えづらいし、そう考えちゃうのは無理もない。だから、ルミナスは今とっても穏やかじゃないんだ。もしかしたら、ラヴィにきつく当たってしまう事があるかもしれないけど、優しく受け止めてあげて」
「うっ、うん。分かった」
「それで、それとは別件なんだけどさ」
「?」
「ラヴィ。昨晩、誰とキスしたの?」
それを聞いた瞬間、背中から汗がブワっと吹き出し、多分目を丸くした。問い詰める様子も責めてるようにも見えない。でも、確かにそう言った。
そんな馬鹿な、こんなに早くバレてしまうなんて・・・・・・・そんな、馬鹿な。
「えっ、えっ・・・・・えっ!!!あっ、あっ、あっ、あっ、」
「あっ、ごめん。そうなるよね。今のは忘れて。やっぱり、何でもない」
「えっ、えっ、あっーーーーえっあっあっ、あっ、」
「まあお互い難しい立場だけど、頑張ろうね」
ミーミルはそう言って、何事もなかったかのように私の背中をバチンと叩いてからエレベーターのボタンを押した。みっ、見逃して貰った? いや、私がなんとなく浮かれた顔をしていたからそう思っただけ、そう信じたい。確かに、フランとキスをして心が少しも浮かれていないと言えば嘘になる。でも、いつもの茶化すようなトーンとは明らかに違った。ミーミルならきちんと話せば分かってくれるような気がしない事もないが、きっと今じゃない。多分。
「本当は快復のお祝いをしてあげたいけど、見ての通り皆ピリピリしてるからごめんね」
エレベーターの中でミーミルが言った。
「いっ、いいよ、そんな事」
「ラヴィ」
「なっ、何?」
「きっと、これから嵐が来る。でも、ラヴィは死んじゃ駄目だよ。何があっても。悲しむルミナスは見たくないから。それに_____」
「それに?」
私はミーミルの方を向いて言った。
「私も、家族を失うのは懲り懲りだからさ」
ミーミルが笑顔で言った。ミーミルが、ミーミルも私の事を『家族』と、嬉しくて泣きそうだ。
でも、ここで泣くのは変だ。歯を食いしばれ。




