第79話(4-3-4)
青い芝生の匂いが鼻を伝う。
大きな木の木陰、優しく暖かい木漏れ日。
そして、そして______沢山の猫ちゃん。
マンチカン、ミヌエット、スコテッィシュフォールド、メイクイーン、シャルトリュー、サイベリア、シャム、その他にも可愛いミックスの子がいっぱい。そんな錚々たる顔ぶれの子たちが、私の周りで眠ったり、じゃれ合ったり、私に甘えたり、思い思いに伸び伸びと過ごしている。
皆ふわふわでシャンプーをした後の様に良い匂いがする。
それなのに、こんな幸せなシチュエーションなのに、私の心は沈んだままだ。
だって、・・・・結局、フランが、大切なフランがどうなったか分からないのだ。
私は、死んだ。
胸と肩を吹っ飛ばされたのだから当たり前だ。それはいい。
ただ、フランだけは、フランは生きてあの場を切り抜けていて欲しい。
あの2人が憎い。フランが一体何をしたというんだ。
優しいフランがどうして生きているだけで命を狙われなきゃいけないんだ。
こんなのおかしい。やっぱり、テンプル騎士団は間違ってる。
でも、ここからでは何も出来ない。
可愛い猫ちゃんと、美味しい空気、穏やかな草木、ここにはそれしかない。
他には誰もいない。
きっと、ここは私だけの、私のための天国なのだろう。
こんなに猫ちゃんがいっぱいなのに、心が全く満たされない。
でも、どうしようもない。どうしようもないんだ。もう私は終わったんだ。私は何も出来なかった。どうするのが正解だったのかも分からない。考えれば考えるほど、胸が苦しくなる。
歌でも歌いながら気を紛らわそう。
どうせ、時間はきっと無限にある。
「木陰でみゃんみゃん 皆でお昼寝みゃんみゃんみゃお 私は自由よ、ミャンミャンニャー 皆で幸せみゃんみゃ__________」
呑気にド下手な『野良猫の讃美歌』を歌っていると、途中で誰かの泣く声が聞こえた。
私はすぐに歌を止め、膝の上のスコティッシュを芝生に置き立ち上がった。
誰かが泣いている。
微かに私を呼ぶ声が聞こえる。
駄目だ。まだ終われない。
誰かが泣いている。誰かが私を呼んでいる。
行かないと。
気付いた時には猫たちを背に走り出していた。
声がどこから聞こえるのかもわからない。それでもがむしゃらに走る。
だんだんと息が苦しくなる。でも、誰かが泣いているんだ。
可愛い猫ちゃんたち、美味しい空気、穏やかな草木、優しい優しい私だけの場所。
そんなのいらない。誰かが泣いているんだ。
誰かがまだ私を必要としてくれている。
どれだけ走る事になっても、戻らないと。
まだ・・・・・・・まだ、ここに留まる訳には行かない。
深い霧を抜け、曇天の浜辺へ、砂に足を取られながらも、それでも真っ直ぐ。
人の形をした眩い光たちが私を連れ戻そうと手を伸ばす。その手を振り切り私は進む。
真っ暗な黒い海へ。あの黒い海の中で誰かが泣いているんだ。
光りを背に、黒い海へ。
冷たい、臭い。苦しい。
足が、すねが、膝が、進む度に黒い海へ沈んでいく。それでも、行くんだ。行かなきゃいけないんだ。こんな私を待ってくれている人がいるんだ。彼女をこれ以上悲しませる訳にはいかない。
黒い海に肩まで浸かる。全身が引き裂かれる様に痛い。猫たちと一緒にいればこんな思いはせずに済んだのだろう。でも、こんな痛み、身体の痛みなど、心に比べればなんて事ない。私はまだ死ねない。彼女が私を呼ぶから。
黒い海など怖くない。
フラン、フラン・・・・今、行くよ!!




