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Magia Lost in Nightmare  作者: 宇治村茶々
第4章 落日の哀歌
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第76話(4-3-1)

あれから2ヶ月半経ち、私はやっと病院を退院した。

もう5月になってしまった。


今、私はルミナスとミーミルと一緒にあのゲームセンターに向かっている。あの日、犠牲になった警察の人や機動隊の人に花を手向けに行くためだ。5月なのにまだ肌寒く、大粒の雨が何度も私たちの傘をうち、音を鳴らす。


当然、口数は少ない。



それから、殆ど会話する事なくゲームセンター内の献花台の前に付いた。

ゲームセンター内と言っても今動いているゲームやアトラクションはひとつもなく、献花台のあるロビー以外は黄色いテープで立ち入り禁止にされている。


献花台の前で泣いている大人の女性。備えられた写真に向かって話しかける老齢の男性。黙ってママの脚にしがみついているワンパク盛りのはずの小さな女の子、花以外のお供え物を置く場所にビールの缶をソっと置く青年。


彼女は彼らの大切な人を奪った。

どんな理由があろうと、それは許せない。

こんな事、終わらせないといけない。



「なぁ、ミーミル・・・・・」


「大丈夫だよ、ルミナス。分かってるよ」


「なら、いいんだけど」


「分かってるよ。私の選択は間違ってなかった。破砕矢で2人を吹っ飛ばしたことも。彼を見捨てた事も、全部無駄じゃなかった。そんなの分かってるよ」


「その通り。分かってるならいいんだ。お前は、確かに正しかった。よく怖気づかずにやってくれた。お前はすげぇよ。流石、由緒正しきドラクロワ家の現当主様だ」

ルミナスはそう言って、ミーミルの肩を掴み、グっと自分の真横に抱き寄せた。

私は彼女の左手を握った。


そうだ。一番辛いのは彼女だ。今回、ミーミルが一番辛い役回りを演じた。それなのに今日まで全く動じず、私たちを励ますばかりで・・・彼女は強過ぎた。きっと、この前、紹介してくれたロッタちゃんの前でも気丈に振る舞っていたのだろう。


「ルミナス、ラヴィ・・・わたし、わたし・・・・・」

ミーミルがついに泣きそうな声で言う。


「ああ、お前は偉い。良く頑張った。よくやってくれた」

ルミナスはそんなミーミルを正面から抱きしめた。

私も横から彼女とミーミルを抱きしめる。


「・・・・・・わたし、わたし、しっかりしなきゃ駄目なのに・・・・・ごめんね、ルミナス。ごめんね、ラヴィ・・・・・」


「それでいいんだよ。俺たちの前では強がらなくていいんだ」


「あーー~ああああああーーーー」


「あーよしよし。偉かったよ。お前は偉かった」


「ああああああーーーー」


ミーミルは嗚咽を漏らしながら、私たちを強く抱き返した。

そうだ。完璧超人に見えてもミーミルも『人間』なのだ。

もう彼女にこんな辛い思いをさせてはいけない。


もっと、強くならないと。

もうこんなのは懲り懲りだ。






「それじゃあ、私は実家の仕事が結構滞っちゃってるから。帰れる目途が立ったらそっちに連絡いれるよ」

花を手向け終え、遊園地を出るとミーミルはそう言って微笑んでから、用意させた黒くて細長い車に乗り込み颯爽と走り去ってしまった。泣いていた痕跡はどこにも見当たらない。ミーミルは本当にすごい人だ。でも、それに甘えちゃ駄目だ。私もしっかりしないと。



「俺はさっき話した通り、トリトンさんのところに挨拶してくるから悪いけど1人で先に帰っててくれよな。夕飯までには戻るから」

ルミナスはそう言って、私たちが来た駅とは別の駅の方に歩いて行った。

トリトンさんとはミーミルのお父さんと同期の人で、ミーミルが小さい頃、大変お世話になった人らしい。今は西のフランクフルトの教会にいる。あっちに行くには路線が違うから仕方がない。



2人を見送った私は雨の中、1人でトボトボ帰り道を歩き始めた。

1人だと余計に空気が冷たく感じられる。その冷たさが、なんとなく鼻と頬の傷口をなぞる。とうに抜糸も済み、今ではただの薄ピンクの線になっているが、こうして寒さに当てられると未だにキッーンと痛むのだ。


特に一人になると。


いや、ときどき痛むだけで済んでいるのだから私は恵まれている。正直、自分でも鼻は駄目かと思っていた。綺麗に切り裂かれ完全に鼻の穴がひとつなくなっていたのに、よくくっついたものだ。生まれた時代が今で良かった。


腕も、脚も動くようになった。

私はまだ戦える。きっと、私にはまだやるべき事がある。

だから、ここまで回復出来たんだ。


ペインを抱えて行ったあの子が言った。私を待っていると、私が『復讐』しに来るのを待っていると・・・・ミーミルとルミナスは無事だった。だから、『復讐』しようとは思わない。でも、この悲劇は私が頼んだものとも言っていた。本当なら、今度は自分の手で同じ事をしてしまうかもしれない。それならやはり誰かが止めないといけない。


そして、多分、今、彼女に遭遇する確率が一番高いのが『私』なんだ。

彼女が望んだシュチュエーションにはならなかったが、彼女は確かに私が来るのを待っていると言ったから。1人でも『魔人』に勝てるくらい。もっと、もっと、強くならないと。





「___ッ」

そう心に決めた瞬間、誰かに左目を斬られた。

痛い・・・・・誰が・・・・そう思いながら斬られた瞼を指で触れると、傷が通った感触も、血が付く感触もなかった。あれ、おかしい。確かに、斬られた様な痛みが。


それならばと、左目で瞬きを試みると普通に瞬きできた。

きっ・・・・斬られてない?


普通に目を開けられた。

当たりを見渡すと、突然立ち止まった私を不思議がる人がいるだけで、特に異常はない。

もう私の中にマルグリットはいないはずなのに。

何だ、あの痛みは・・・・また別の誰かに憑りつかれて________。




「アガメムノン、逃がすな!」


「分ってる。今ここで仕留める」




突然、頭がクラっと来て、こことは全く違う場所の映像が見えた。紫の空に、水色に光るギリシャ風の大きな建物、そんな幻想的な街並みの中、金色の剣を持ち黒いマントを着た女性が、白いローブで銃を構える男性に叫んでいた。


これは、これは・・・・・・・・。



フランが危ない。フランは約束通り逃げようとしている。

なぜ、視点の主がフランだと分かったかは上手く説明できない。

でも、分かるのだ。左目を斬られたのはフラン。


一瞬、見えたのはフランの視点だ。行かないと。




「あのっ、大丈夫?」

顔を上げると、スーツ姿の女性が心配して私に声を掛けてくれていた。



「あっ、はい。そのっ、大丈夫でひ!! ごっ、ご心配ありがとうございます。イっ、いっ、急いでるので、すみません!!」


私は噛みながらも女性にそう伝え、走り出した。

私との約束のせいでフランが、そんなの駄目だ。駄目に決まっている。

走らないと、フランを助けるんだ。


彼女には何度も助けられた。

今度は私が彼女を助ける番なんだ。





ルミナス、ミーミル、ごめんなさい。私は行くよ。



フラン〝も〟私の大切な、大切な人だから。

彼女は『罹人』、そして、今、彼女を襲っているのは多分『テンプル騎士団』。

それでも、私は行くよ。



どこへ行けばいいか分かる。心が導いてくれる。




待ってて、フラン!!


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