第73話(4-1-6)
「・・・・・・・あっ?」
刃を引き抜かれ、ミーミルの身体が崩れ落ちた後、ペインはそんな素っ頓狂な声を出し、首に刺さった何かを抜き取った。それは注射器だった。空の注射器・・・・・・。
「こっ、こいつ_____ウ゛っ______あ゛っ_あ゛っ_あ゛っ」
彼女は急に口から泡を吹き出し、立ったまま悶え始めた。
「おッゴっプがっ___」
手首から生えていた真紅の刃が形を失い、溶けだし、血の様に地面に滴り落ちて行く。
そして、苦しそうに胸のあたりを抑える。毒だ。
ミーミルは毒を直接打ち込むために、わざわざ彼女を怒らせたんだ。
「あ゛―――――――あ゛――――――」
彼女は苦しそうに、膝を折る。
「あ゛―――――――あ゛――、ウェプ、お゛っ、お゛っ____はぁ、はぁ_____」
そして、蹲る。
本来ならいい気味だとなるべきところだろう。
でも、なぜか気持ちが晴れない。なぜだ。
これだけ酷い事をした奴なのに。
「そうか____あ゛っ、あ゛っっ、分かったよ、ウェゲゲっガッ___あんたが怒った理由。ほんと、あ゛っかっ____せっかち、なんだから___バカ、バカ・・・・」
彼女は蹲り苦しみながら、急に誰かに語りかける様にそんな事を口にした。
そんな彼女の目には涙が浮いていた。
もちろん、毒でやられたせいもあるだろう。
でも、確かに、ミーミルのおかげで彼女の中の何かが動いたようだった。
泣いている。毒で苦しんでいる。
それなのになぜか笑っている様に見えた。
何にせよ、今しかない。
ミーミルが最後にくれたチャンス。
悲しむのは、後だ。立て、立て、立て、立て、立て!!!!!!
彼女を終わらせるんだ!!!!
犠牲を無駄にするな、エーデル!!!!!!!
身体が二度と動かなくなろうとも、今だけ立つんだ!!!動け!!!動け!!
「ウヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
私は空間を覆い尽くすほどの甲高い雄叫びを上げ、ポーチのダガーナイフを持って苦しむ彼女に馬乗りになった。全身が焼ける様に痛い。これを突き刺して私も終わりだろう、でも、彼女だけは、ペインちゃんだけは今ここで終わらせる。
今ならこの刃が通る。分かる。分かるのだ。
彼女を殺すんだ、殺す________人を、『殺す』・・・・そう思った瞬間、手が震え、中々、ナイフを振り下ろせない。何をやってるんだ、やるんだ。終わらせるんだ!!
「おわっ_____」
「やり残したことがある!!!!!やっぱり、助けろ、クレッシェンド!!」
私が決意を固めた直後、彼女が最後の力を振り絞って天井に向けて叫んだ。
刹那、私の身体は誰かに突き飛ばされた。
「惜しいところ悪いね。こいつにはこれを見せてくれた貸しがあるからさ。頼まれちゃ、見捨てる訳には行かないんだ」
私を突き飛ばしたのは、私たちと同じくらいの年の、変わった髪型の金髪の少女だった。
聞くまでもなく彼女も『魔人』だと分かった。背中に大きな翼が生えている。
そして、服装を見て分かった。彼女は今、突然、現れたんじゃない。最初からずっといたのだ。彼女の服は何度も踏まないように気を付けていた同年代の少女の遺体だと思っていたものが着ていたものと同じだ。そして、今、その遺体はない。
もう少し、もう少し・・・・・・だったのに・・・・・・・・。
不意に涙が零れる。流石にもう体が全く云う事を聞かない。
逃げられる。これだけ人を殺した『魔人』に、私の大切な人を奪った『魔人』に・・・・・そんなの駄目なのに・・・・・・もう1ミリも身体に力が入らない。
もう意識も消えそうだ。情けない・・・・・情けない・・・・・・・・・。
「もしかして、今際になって、殺された理由が分かったとか?」
金髪の少女が呑気に言った。
「あっ゛あ゛っ____ああ。マヂで、げっ!クソっ、しょうもない理由だ、多分」
金髪の少女にお姫様だっこされながらペインが言った。
「あっそ。死ぬ前に分かって良かったね」
「あーーーーあ゛ー、それな」
ペインはそう言って目を閉じた。そのまま、半透明になり、蒼い光になり空へ昇ってくれればどんなに良かっただろう。しかし、そうはならなかった。優しくて、浅い眠り。アニメだったら、映画だったら、絶対、ここで彼女が天に昇って行く流れだったはずだ。でも、現実は非情だ。いつの間にか、乱れきった口調も元に戻り、きっと、彼女は間もなくミーミルの最後の毒すら克服してしまうのだろう。
あの時、一瞬躊躇わなければ、こんな事にはならなかったのだろうか。
分からない。
でも、出来ればそうでないで欲しい。どっちにしろ、彼女が助けに入り駄目だったと思いたい・・・・・。でも、それは違うのだろう。ペインは『やっぱり、助けろ』と言った。つまり、多分、『手を出すな』と彼女に事前に伝えていたのだろう。だから、彼女はずっと死体のフリをしていた。だから、彼女が声を出せるように戻る前に、迷わず刺すべきだったのだ。
全部、全部・・・・・・・・全部、私のせいだ。
「ねぇ、あんた。今、凄い怒ってるでしょ。もっと、怒る事、教えてあげる。こうしてくれって頼んだのは私。作曲のために本物の『惨劇』が欲しかった。だから、彼女に頼んだ。私に『惨劇』を見せてくれってね。そして、彼女は見ての通り私の願いを叶えてくれた。帰ったら良い曲ができそうだよ」
「あー、それで、次の曲のテーマは『復讐』にしようと思うんだ。君に協力して欲しい。次に会う時まで精一杯私を憎んで待っていて欲しい。もう一度言うよ、この『惨劇』は私が注文したもの。私が、黒幕。さぁ、楽しみに待ってるよ」
金髪の少女は悪びれる素振りもなく淡々と私に告げ、自ら作った大きな光の輪をくぐりどこかへ消えてしまった。駄目だ・・・・・・怒らなきゃいけないのに、何も感じない。いや、ただ、悲しい・・・・・・・ミーミルが、ルミナスが________何が、次のテーマは『復讐』だ。私に『次』なんてない。2人のいない未来なんて、ないのと同じだ。彼女が黒幕だとか、もうどうでもいい。たとえ奇跡が起きて彼女を倒せても2人は戻らない。
もういい。
このまま死んだ方が幸せだ。
ごめんない、ごめんなさい・・・・・・・・・・・・ごめんなさい。
生まれてきてごめんなさい・・・・・ママ、パパ、生まれてきたのが私でごめんなさい。
何も見えない。何も感じない。
誰も救えない私なんて、このままなくなってしまえばいい。
最後の最後でここにいる皆が、警官の人、機動隊の人も含めて皆で繋いでくれたバトンを私は台無しにしたのだ。もう誰にも合わせる顔なんてある訳ない。
終りだ。何もかも




